第55話 逃避時間

■自分の才能のなさを思い知らされた■

■ある過去の話■


 出会いは、良く晴れた日のこと。 

 暑苦しい声が、森をぶらついていた僕の耳に入った。


「なんだ……?」

 僕は声のする方へと、家周りの森を進む。足の動きは、自然と速くなっていった。

 動力源は、好奇心か。それとも別の何かか。なんにせよ、あの時の僕は急いていたと思う。

 土を頼りなく踏み、焦って歩いて、辿り着いたその場所で。


「百六十八ッ!!百六十九ッ!!」


 暑苦しく腕立て伏せを行っている、黒髪の男を見つけた。

「誰だよ、あいつ」

 森の中で体を鍛える、謎の人物。ひたすらに汗を流しながら、ただでさえ間に合っている暑さを増幅させる。


「まだやれるぞ俺ッ!!まだ限界じゃないだろッ!?行ける行けるッ!!諦めんなよッ!!」


(――関わりたくない)

 不審者だ。どう見ても。自分を鼓舞しちゃってるよ……あの熱血野郎。

(しかし、どう対処すっか)

 放って置いても別に良い。今の所は、ただのうるさい変人野郎だ。ていうか、正直スルーしたい。

(戦士団に任せるって方法もあんな。あんなの相手にするのは、気の毒だが)

 ま、そこまでする必要はねぇ。これ以上さわがしくなんなら、話は別だが。

「帰ろ。あほらし」

 こんなことで悩むなんて、無駄だ。ああ、無駄だとも。

「……」

 僕は、その場に背を向けた。

 

「うおおおおおッ!!まだまだッァ!!ファイトッ!!オーッ!!ラストスパートッ!!」


 ちらりと、背後を一度見。そこに映るのは、変わらぬ熱意。

「……ふん」

 何を必死になってんだか。そう思い、再び前を向き歩き出す。


「ラストォッ!!――!?ぐっあああああッ!!腕、つったぁああああああッ!!」


「くだらね」

 二度見しながら、僕は呟いた。

 もう一度、前を向き。

 進む足はさっきよりも。軽く、感じた。


 ●■▲


 スカイフィールドに関する話で、仲間割れの類を思い出した。

 一緒に入った仲間を、ミスや方針の違いを理由に殺めてしまった負債者の話。


 僕も、相手によってはそうなってたかもしれない。


「あああああぁぁアっ!!」

 夕陽を浴びながら、振り切るように僕は走っている。草原の上を、バカみたいに腕を振り乱してだ。

 何をって?全部だ。良かったこと、嫌なこと、人生の重荷すべてすべて、置き去りにする様に走っていた。

「ああアァッ!!ちくしょうッ!!クソ野郎がッ!!なんで、お前はッ!!そうなんだよッ!!」

 

 罵倒は、誰に対してだ。


「素晴らしい努力だ」


 あの熱血バカか?

 

「お節介野郎が」


 それとも、このポンコツバカにか。


「両方だァッッ!!ボケがアァッッ!!」


 足下の草がちくちくと、僕の足を突っつく。それがまるで自分を責めているように思えて、逃げるように足を速めた。

 どこに向かって走っているのかすら、分からないまま。

「アアああああァァッ――!!」

 畜生。なんにも分からねェよ。どうして、いつもこうなっちまうんだよ?いつになったら僕は、あの男のような人間になれるんだ。

 彼女に胸をはれる男に、足が届くんだよ。

「クソがアァッ!!どいつもッこいつもッ!!」

 クソは、テメェだ。どうしようもないガラクタは、唾をまき散らしながら無様な格好で走ってる男。

 

【待っててくれよ】


 身勝手な信頼を向けるな。そんなもん、僕は不愉快だ。ああ、ああ、まったく迷惑だぜ。落ちこぼれの僕に、なにを期待しちゃってんだよ。

「――だったらよォッ!!」

 そう思うんだったら、あんなこと言うべきじゃねぇだろ。自分で勝手に宣言しといて、なんで勝手に終わろうとしてんだ。身勝手野郎が。

「ッ!?」

 地面に躓き、そのまま草の上を転がる。土は柔らかい、痛くない。

 ごろごろと勢いよく行った先には、ひでぇ無様な顔があった。

「……水」

 うつぶせに倒れながら、それを凝視する。

 迷いや怒り、後ろ向きでしかない強い感情に満ちた目。土で汚れたぼさぼさの髪と、不格好に生えた髭。見るに堪えない、負け犬の面。

「泉か。これ……珍獣かよ」

 水面に映った、自分の顔だ。

 僕は、こんな人間だったのか。

「――クソォッ!!」

 水中に、顔を突っ込む。こんな負け犬野郎は、見ていたくない。直視したくない。

「……!!」

 少し冷たい水を纏って、水の世界に逃げ込んだ。

「ッ」

 苦しい。だけど、まだ。

 自らの息が溶けていくのを見ながら、認められない自分を消そうとする。

「ッッ」

 消えてくれ。変わってくれ。こんなんじゃ、駄目なんだ。届かないんだよっ。絶対によッ。

 自身を責めるように、苦しみを受ける。

「――ハアァッ!!」

 顔を上げ、酸素を取り入れる。

「ハァ!!ハァ……!」

 安堵すると同時に、戻ってきた事実に苛立つ。

「もう、一度ォッ!!」

 再びの、水の世界。もっと苦しめよ。てめぇみたいなクソ野郎には、それがお似合いだッ。

 さっきより長く、苦しめ。

「まだまだァッ!!」

 また戻り、三回目の挑戦。今度はもっと、罰を与えなければならないんだっ。

「うおおおォ!!」

 四回目っ。まだ甘い。僕は、自分に甘いッ!!そんなだから、乗り越えられないんだっ。

「おおおおッ!!」

 五回目!ここでッ!その甘ったれた精神をたたき直すッ!!

「――ォォォオオッ!!」

 六回目!七回目!八回目ッ!

 更にッ!高みへッ!十回目ッ――。


 

 ――――いつまで、逃げてるつもりだ?てめェ。



「――?」

 声が、ぽつりと頭の中に響いた。

 誰が、逃げてるって?立ち向かってるだろ。困難を、越える為に。


「それなら、さっさと戻れよ。そんなんより、もっと辛い修行に、な」


 戻る?戻るって、あの、戦いの日々にか。

 あの、気が狂いそうになる。いや、なった行いを。また。


「そうだよ。逃げ腰野郎」


 違う。逃げてなんかいない。僕はむしろ、逃げた自分に罰を、与えて。いるんだぜ?


「どこが罰だ。あほか」


 ちげぇよ。お前はなにも、わかってない。これは苦しい行いなんだ。本当にバカだな、お前は。


「違くねェよ。自分だから分かる。本心だから分かる。お前はただ逃げてるだけの」


 うるせェ。だまれ、くそが。


「逃げ腰ぽんこつクソ負け犬野郎――ロインだ」


「うるせエェッッ!!違うんだよォッ!!」

 誰が逃げてるってッ!?だれがッ!?だれがァッ!!ふざけやがってッッ!!

 そこまでいうんなら、やってやらァッ!!今すぐッ!!証明してやるッ!!そこで見てやがれッ!!


「行くぞォッ!!僕はッ」


 ●■▲

 

 立ち上がり、走り出すっ。その勢いは、誰にも止められず。疾風の如く。

「!?ロインッ!!戻ってきたのか!!」

 待たせたな。親友。世話かけちまった。無駄に時間を失った。これから挽回するぜッ。

 力を合わせて、ここを突破しよう。

「任せたぜ、ジン太ッ」

「ああ、行こうッ!!」

 僕達はドストーンと戦い、力を磨き続けた。

 更なるステージへ、止まることなく一直線。

「僕は」

 勘違いしていた。困難は、ただ自分を信じれば簡単に打破できるんだ。それを見失ったのが、間違いだったんだ。

 切り開く、今度こそ必ずッ!!

「これが、最後の壁だッ!!」


 ぐちゃぐちゃめちゃめちゃごりごりばきばき・ジン太の顔がひしゃげて中身とびでて・僕の右腕左腕が 変な方向にまがっていたたたた・くるしくつらく逃げられないまま僕は心も体もこわされて。


「いやだぁあああああッッ!!!」

 体をまるめ、頭をかかえる。震えががたがた、とまらねぇ。うごいてくれよ、たのむから。

 信じられたらいいだって?いけねぇんだよそこまで。

「なんでだよォッ……。なんでなんだァあぁあああああぁッ」

 涙と鼻水をあふれさせながら、前にすすめない僕はこうするしかない。


 ただむだに、逃げ続ける時間はすぎていく。

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