第53話 身勝手な信頼
「身勝手、だよな。そういうのって」
つくづく、そう思っちまう。今の状態だと。
「はッッ!!はッ!!……ッッ!!」
ずっしりと重い。
それは僕の右手にある、剣の重みだ。長い間、僕の相棒でいてくれた剣だが、ここまで重く感じることはなかった。精神の負担が、のしかかってやがるのだろうか。
一撃放つのが、こんなに辛いなんてよ。くそったれ。
顔から流れる嫌な汗が、岩の地面にぽたりと落ちた。ぎらぎらと輝く太陽が鬱陶しく、自分のブレードすら嫌に感じる。
「ぐッッは!?」
急、横腹からの衝撃が響いた。
(やべッッ!!ここで、倒れるとっ!!)
速、体勢を戻して状況確認を!
(――ジン太が、抑えていた敵!ドストーンが二体!?)
僕の視界には、人型の岩のような練兵獣が二体立っている。
この岩石エリアに出現する、ダッシュポーク以上の厄介野郎だ。ごつごつとした体の丈夫さが恨めしい……!
(あと……何撃攻撃すりゃ、倒れるんだ……!?一撃、二撃?五撃?六撃?十撃以上!?それが、二体って!?下手して、大けがを負うわけには行かない……ここじゃ、まともな治療が……ジン太の奴……!!くそッ!!)
剣が纏う炎が、不安定に揺らいだ。
(しかも、敵だってぼんやり突っ立っているわけじゃない……!!攻撃をかわし、攻撃を放ち、その中で攻撃を加えて……!?)
そんなの無茶だ。と、炎が更に揺らぐ。
無茶だと死ぬぞ。と、寒気が走る。
(どうすりゃ良い。答えは決まってる。冷静に頭を回し、全力で動き、最善を尽くす!!)
それしかないだろ。そうだ、そうすれば勝機はある。
(……そうすれば)
静止していたドストーンが、一気に動いた。
その、地面に拳を振り下ろす行動には覚えがあった。
(――これは――覚えが――対処――?)
冷静に、早く、考えろ、この行動の後、どんなことが、攻撃?防御?
(?、?????)
開かない。
記憶はあるのに、ちゃんと覚えた筈なのに、対処出来る筈なのに。
邪魔な扉が開いてくれない。積み重なった心の負債が、その前に立ち塞がっていた。
(なんだっけ?――これ?)
疑問を感じた瞬間、体が視界が世界が揺れる。
ぐらぐらと、揺さぶられる命と心。ぎしぎしと、悲鳴を上げる体。
「――ぐッッ!?ああァッあッッ!!」
衝撃が走り、地面が遠くに見える。浮遊感と痛みが同時に迫り、それらが完全に追いつく前に、背中に衝撃が走った。
「ごっひゃッッ!?」
固い感触。岩肌か。背中、いてぇ。ごきりとは、聞こえなかったが。
「がッッは……!!」
ずりずりと岩肌に沿って落ちていき、固い地面に戻ってきた。
剣を手放し、両手を地に着けた僕は、顔を上げることが出来ない。
(突き出た岩に……ちくしょう!!今のは、避けられた!!対処できた筈なんだっ!!なのにっ、なのによっ!!バカかっ!!僕はッ!!)
何のために覚えたんだか……!!肝心な時に使えなかったら意味がねェッ!!このアホがっ……!!
ジン太の奴は何してるんだよ更に勝機が遠のいてこのままじゃ勝てないどうすれば良いなんとか……!!
(落ち着け……!!冷静に……!!なって……!!)
――なれるわけ、ねぇだろうが……!!そんな、都合良く……!!
「ちくしょうゥ……がッ!!」
再び剣を取る。選択できる事なんて、これしかねぇ。だろうがよ……!!
「……ッ」
無言で向かってくる、石の怪物。見た目に似合わず、動きは速く、どんどんと迫ってくる。
僕のブレードが燃え上がるのと、戦闘の再開は、ほぼ同時だった。
「来いやッ!!岩野郎ッ!!」
右と左に、二体の敵。
「くおッ!!」
僅かに近い右。そこからの突進を、身を捻りながら横にかわす。
「からのッ!!」
更にぐるりと半回転、勢いを乗せた、燃える刃をくらいやがれッ!!
「おらァッ!!」
頭に向けて、背後から渾身の一打。
両手に響く感覚。手応えあり!!
「おおッッ!!」
そこから更に力を上乗せして、炎を迸らせる。
もっともっと、力を込めて――。
(重い――ごりごりと、音がする――)
脳が、右へ左へ、上から下へ、無遠慮に揺さぶられ続ける。力を抜いて楽になれと、必死で訴えてくる。
内から聞こえる苦悶の音を、必死に抑え込みながら。
全力で、振り抜くっ!!
「しゃァッ!!」
軽くなる両手の感覚。
石の体躯を、僅かに弾き飛ばした。
(が。仕留められない、か)
奴の体は健在。ただ、顔から地面に倒れただけ。直ぐに起き上がって、向かってくるだろう。
その前に、もう一体が向かってきてるが。
(迎撃を……!目眩と……吐き気が……!!肉体より……心が、折られる……!!舐めてたぜ……ッ)
焦燥感か。悲壮感か。絶望感か。全部か?超えて、全部だ。
折れかけた心で、ブレードの威力を維持する。それによって更に精神を削られ、それでも維持する。
延々と繰り返される、心を殺す行為。
それでも、戦い続けるしかない。生き延びるためには。
「くッそッ……!!」
右腕を引き、殴りかかろうと迫る敵。
ほら、次の試練が、苦痛がやってきたぞ。ちゃんと、受け止めろよ?じゃないと死ぬぞ?
それも、良いかもな。ロイン。
「……冗談、抜かすなっ」
近づき、大きくなる拳を、剣の腹で受けようと構えた。両腕を支えに、しっかりと。
しかしだ。今の武強では、折られるかもしれない。
(なら、もっと。強く、燃えて。苦しい、止めろ。これ以上は。……これ以上をッ!!)
応え、大きくなる僕のブレード。その火炎。
比例して、苦痛が一気に襲いかかってくる。視界がぶれ、冷や汗が止まらず、胃液を吐き出しそうになる。
器が、ぎしりと、音を立てたような。
「ッ!!」
石の拳が腹に直撃し、びりびりと衝撃が伝わり、精神負荷が牙をむく。
「おッッごあっ!!」
増大する、感情。苦しい、辛い、泣きそうだ、それでも、それでも、剣は、其処にあり。壊れてない。
攻撃を、凌ぎ。苦痛を、堪えた。
剣は完全に、盾の役割を果たしたんだ。
(心は、まもれない、が)
酷い拷問でも、受けたのか。なんでこんなに、焦燥してるんだ?無気力な感じが、止まらずに。
定まらない視界の中で、体だけは、次の行動を開始する。
「――」
攻撃後に、奴は隙を見せる。なので僕は、頭・腕・足・?・どれだ、どこに攻撃すれば有効なんだ。そもそも、もっと器の動力を上げた方が良いんじゃねぇか。今のブレードじゃ、大して効かないだろ。そんなんじゃ、駄目だ。せっかくの攻撃チャンスなんだぞ。
(一撃か?)
剣を振る。当たった。やったぜ。苦しい。
(二撃か?三撃か?)
もう一度、振る。今度は、外れた。悔しい。辛い。ふざけんな。
(四撃?五撃?)
右手が、向かってきた。必死に受ける。痛い。口から、なにかがもれた。
(それとも、十撃より多く?)
やり返す。また、当たった。いい加減、倒れろよ。頼むよ。もう、限界なんだよ。辛いんだよ。
(あと、何回)
倒れろ。終わらせてくれ。嫌だ。振りたくない。また、また、あの苦しみを?
(僕は、これを)
繰り返せば、終わるん、だ?
(否)
まだこれは、通過点、だ。嘘だろ。嘘じゃない。
僕はこの苦しみを、もっと、受けて。
(強くなるって、誓った、だろ)
そうだ。代償を払え。そうだ。代償を払え。劣ったお前が、優れた者に、勝利する為の。当然の、苦労・努力・絶望を。
目的を、達成する為に、――報われるのか、それ?
普通じゃ届かない、場所に、行く為に――届くのかよ。本当に?
(ああ、ああ、うるせぇ、そういうことじ、ゃなく、とにかく、すすんで、めざして)
狂って狂って――狂いながら、おちていけ。
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