第48話 リベンジ


 ギョロリと、そいつの赤い目玉はこちらを捉えた。


「一点特化型……大きい。三メートルはあんな」

 身体・知能・特性。果たして、どの項目が特化してるんだか。

 ……決めつけは、危険か。赤(レッド)だからといって、必ず一点特化型とは限らないのは困りもんだ。

「気を抜かないでね。ロイン君」

「……心配し過ぎだよ。リンダ先生」

 吹き抜ける風が、草の匂いを運んでくる。遠くに、目当ての細長い建物が見えた。

 外に出た僕達は、馬車の前方に立つ怪物と対峙する。距離は、十二メートルほど。

「……グルルッ」

 目的地に続く道を塞ぐように立ち塞がる、巨大トカゲの様な緑の才獣。

 体は、フィッシュリザードの中で大きい方だな。

「こわいべー。こりゃ、手こずりそうだぁ」

 僕の右に、中年ぐらいの小太りの男性。やれやれと頭を掻いて、馬車の持ち主は斧を構える。

 腰には袋をぶら下げていて、中に何かが入っているようだ。

(フィッシュリザード対策か)

 奴の対処法はいくつかあるが、その中の一つ。特殊な粉を使っての、弱体化が狙いだろう。

「やれるンすか?」

「当然だべぇ。自分で何とか出来る自信なかったらぁ、ここまで来ないべさ。ルビィも、たんまり貰ってるしなぁ」

 頼もしいおっさんだ。両腕はよく見れば筋肉むきむき。相当、鍛えてんな。

 もしや才力専門の学校に在籍していたとか、そんな過去があったりして。

(任せても、良いがよ……ていうか、そうした方が良いんだろう)

 こういう事態の対処を含めて、金を貰っているんだろうから。僕が余計な真似をすると不都合そうだ。


(なんだけどよ……この場は)

 

 相手は、フィッシュリザード。僕との因縁ありありの、クソッタレ才獣だ。

(泣いて逃げて、二人に助けられ……情けなさで、枕を濡らした、あの日)

 無駄にあった自信を砕かれる、守るべき二人に守られる、ダブルショックで屈辱デー。

(いつか、リベンジしてやるぜ。そう誓って、長い年月が経った)

 この時、この瞬間こそ、リベンジの時なのではないのか?スカイフィールド前に、過去の負の記憶を、清算すべきなのでは。

 そんな言葉が過ぎり、僕は口を動かしていた。

「……僕に、やらせてくれないっすか?」

「!ロイン君……」

「ほっ?お客さん、それは本気かい?」

 驚いた様子で、馬車のオッサンは聞き返してきた。そうしながらも、警戒を弱める様子がないのは、流石って感じだな。

「本気っすよ。詳しくは言えねぇが、奴とは因縁があるんで」

 因縁とか言っても、今まで放置していた程度のものだが。それでも、心のしこりになっているのは違いなく。

「メラメラ燃えてんだ……!柄にもなく……!」

 僕は、どうしてしまったんだ。練兵場に行く緊張で、気持ちが不安定なのか。

 もしや、自信を確固たるものにしたいと思っているのか。

「……良い目だべ。おいらの若い頃を、思い出すべさぁ」

 おっさんは真剣な顔で、僕の目を見ている。

「事情はよう分からんが、そこまでの気持ちなら、止める訳には行かないべぇ……精一杯やんな」

 僕の右肩に置かれる、たくましい手。戦いを託す意思を示した、おっさん。

 彼は、黄昏れるように微笑して。


「――おいらも、昔は」

 

「あ、興味ないっす」

「あ、そうだべか」

 長い過去回想が始まりそうだったので、全力で阻止した。おっさんの過去に興味はない、美女にはある。

「……残念だ」

 背後の馬車の方へと、とぼとぼと歩いていく。茶色いローブを纏った背中が、切ない……少し、言い方が悪かったかもな。

「戦うのね、ロイン君」

 僕とジン太の二人より一歩前に立って、庇うように剣を持つ先生は、尻目を向けて言う。

「イエス!僕が、やります!先生は、後ろで見ていて!」

 背負った鞘から引き抜かれ、僕の愛用の剣が刀身を見せる。

「頼むぜ、マイ・ソード!」

 特別長くも、短くもない、両刃の得物。

 円形の鍔から伸びる刃が、鋭さを誇示する。

「……そんなにやる気なら、退くしかないわね!これも、経験!ファイトよっ!!」

 先生は後ろ歩きで後退し、僕の背後まで退く。

「任せたっ!ロイン君!」 

 力強く、背中を叩かれる。痛いっす!リンダ先生!


「……任せてくださいっ!」


 力強く返事をして、僕は才獣に近づいていく。一歩、更に一歩、その姿が大きくなる度に、強く感じるプレッシャー。

「グルッ!!」

 フィッシュリザードは、まるで逃げる様子はなく、更に殺気を向けてくる。

 四本指の手。そこで輝く黒く鋭い爪が、僕の方に向けられた。


「行くぜ。トカゲ野郎ッ!!」


 一気に、ダッシュ。土を蹴り、剣を下に構えて、ブレードを発動する。

「リベンジ、開始だァッ!!」

 赤く輝く、僕の愛剣。同様に燃えさかる、闘志。

「グルガァッ!!」

 呼応するかの様に、獣も動き出す。一直線に、右の爪を振り上げながら。

「良い度胸ッ!!」

 攻撃範囲に入った、フィッシュリザード。

 

 僕は構えた剣を、思い切り振り上げた。

 奴は構えた右腕を、振り下ろす。


 ぶつかり合う、二つの攻撃。爪と剣が、鋭い音を響かせる。

 僕は、渾身の力で剣を振り抜く。

「!!グガッ!?」

 弾かれる才獣の腕。それに引っ張られるように、体全体が後方に向かう。

(よし!よし!)

 一撃の感触を、噛み締める。確かな手応えはあった。

 その証拠に、奴の爪は少し砕けている。

(このまま、押し切る!!)

 開いた距離を埋めるよう、再度突進してくる奴の動き。

 それを上回るのは僕の赤い剣閃。太陽の如き一筋。

 灼熱の刃が獣の爪を弾き、逆にその肌を斬りつけた。

 少し奴の速度にも慣れて来たぜ!

 

「おおおォッ!!」

「グルルアァッ!!」

 繰り返される、攻の乱舞。どちらも傷を負い、傷を負わせ、実力は拮抗しているように見える。

(拮抗――違う!!)

 僕の方が、僅かに上だっ!!やれているっ!僕はッ!!あの時に戦った奴より、強いと思える相手に!!


(あの時、流した涙。味わった、悔しさ)


 今度こそ、この壁を越えられる。それでもまだ、過程に過ぎない。だが、確実な前進だ。

 魔の練兵場に向かう前の試練としては、これ以上ない。

(勝てる、勝てる、勝てる!!)

 急く鼓動。速くなる刃の閃光。上がっていく、感情の波。

 もう少し、あと少しで、望む勝利が手に入る。

「!ググッ!!」

 奴を後退させる、僕の一刀。勢いそのままに、勝負を決める為に走る。

 野郎の肉体は、大分傷を負っていた。


(リベンジ、達成――!!)


【――退け】


「あ?」

 ずしりと、体にかかるプレッシャーが増大した。

 なんだ、これ。


【退かないと、まずい】


 冷や汗が、止まらない。動きが、止まってしまう。冷たく冷たく、凍ってしまったようだ。

「……ああ」

 原因が分かった。

 前方に立っているトカゲ野郎。奴から、尋常じゃない力を感じれるよう、な。

「まさか」

 奴の一点特化。それは、身体でも知能でもなく。

 才獣が持つ特性の一つ、「身体強化」。それを、研ぎ澄ませたものだとしたら。


【死・死・死】


 ――敵が、動き。

 ――黒い爪が、眼前に見えた。


「お、あ」 

 それから、ぐちゃっと、嫌な音が聞こえて。

 赤いものが、視界に入る。



「――ストップよ。ロイン君。これ以上は、ダメ」


 先生の声と、血に濡れたレイピア。

 彼女は、いつの間にか前に立ち。

 才獣は、いつの間にか吹き飛んでいた。

 四肢・心臓・頭を的確に貫かれ、獣は地に倒れる。どしんと、音が響いて。僕は、ようやく現実を認識した。

 負けたのか、僕は。続いて、続いて、勝ちたい勝負に負け続け。

「……また、か」

 呆然としながら、剣を手放してしまう。とても、持ってはいられなかった。

「ちくしょう」

 放してしまった、武器。地に落ちたのは、それだけではないのだろう。

 

 また、僕は敗北し、守られてしまった。

 何も、変わっていない。あの時から。

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