第47話 過程の過程
「……朝か」
部屋の窓からの光で僕は覚醒する。少しの気だるさを感じ、両手で頬を叩いた。
「よっしゃ、ばっちりだ」
体を起こしベッドを軋ませる。ぎしぎしと、内と外から聞こえてきた。
軋んでいるのは心の方もだ。
「頑張ってね……か……はは。そんな、ぎこちない表情で」
中々に堪えた一言。それによって、彼女に対して前々から感じていた疑念が顔を出した。
(彼女は、僕の優勝を望んでいない)
あの時、その気持ちが強く感じられた。おそらく、感じた事は間違っていないんだろう。
「嫌われてる……僕……実は……」
考えたくもない、恐怖の可能性を口に出す。それだけで吐き気がしてきた。
それじゃあ僕は、勝手にはしゃいで浮かれていただけの、ド阿呆じゃねぇか。
「……んな事はないよな」
彼女の真意は掴みづらいが、嫌われているということはないだろう。伊達に、長く付き合ってはいないんだ。
では、何で勝利を望んでいないのか。
(リィド・マルゴス)
あの男の顔が、自然と浮かんだ。
根拠は薄いが、あの天才野郎が関わっている気がした。
(まさか……まさかな……)
思考に発生した推測に頭を痛める。ずきずきと、否定したくてもしきれない思いが、駆け巡った。
「……やべぇな。よりによって、こんなタイミングで……」
心に鉛が詰まったかのように、重い。体は気怠く、気力が削がれているのが分かる。
「……行かねぇと。早く」
それでも前に進まないと。メイの想いは分からないが、やるしかない。
「――スカイ・フィールド」
身支度を調え、一階に下りた。
背負った剣の重みがいつもより感じる。
右手に持ったナップサックが、ずっしりと伝わってくる。
「あっ!?」
一階、出入り口の近く。そこでは二人の人物が会話をしていた。
「――準備は出来た。俺も、行くよ」
黒髪にいつもの服装の男。背中にリュックサックを背負い、出掛ける構えを見せている。
「本当に、行くのね。危険なのだけど……」
青髪にいつものスーツ姿。普段よりも雰囲気は刺々しい。まるで戦闘時の先生だ、と思った。
「だからこそだ。もしもの時は、力になれる……練兵場に出現する生物、練兵獣は、移動範囲が決まってる。近付きさえしなければ、なんとかなるだろ」
「……そうね。範囲は、頭に叩き込んだようだし。でも、戦闘を避けられない奴もいるわよ?」
「危険は承知だ……それだけって、訳でもない。俺の修行にもなる」
どうやら、今日向かう予定のスカイ・フィールドについて、話をしているようだ。
「ロイン君も認めたんでしょう?それなら、私に言えることはないわ!はいこれ、許可証!」
そう。僕はジン太が頼むので同行を認めた。
あいつなら言っても止めることはないだろう、そう思っていたが。まさか付いてくるとは。
僕がいれば大丈夫だがなっ。
「無理言って悪いな。リンダさん」
手に持った丸まった紙を、ジン太に渡す先生。紐で縛られたあれは……。
(スカイ・フィールドの利用許可証。それを渡す為に、わざわざ来てくれたんだな)
感謝の念を胸に抱く。先生の為にも、生きて帰ってこないとな。
「……二人共、おはよう!」
「!……ロイン、準備は良いみたいだな」
「ロイン君!おはよう!体調は、どう?お腹、痛くない?」
近づいて声を掛けた僕の方を向き、準備の程を聞いてくる二人。
(正直言って、ちょっときついがよ)
この程度なら問題ねぇ!全然、行けるぜ!
「問題、なっしっ!!準備万端っ!!元気マックスっ!!いつもの、最強ロイン様よっ!!」
どんと胸を叩き、僕は気合いを入れる。
「本当?ちょっと、沈んでるように見えるのだけど」
先生は僕に歩み寄り、顔をまじまじと見つめる。水平方向にある綺麗な瞳が、心配そうに輝く。
(――勝ったな。やれるぞ、これは)
輝きに浄化され、心が癒されていくような気がする。浄化の光やでぇ……これは……!
「目が……やっぱり……」
先生の光が強まった。僕の目が開いているのは、それの所為ですよ!
「大丈夫そうだな。いつもの、あほロインだ。……リンダさん、離れて。危険だ」
冷めたような目つきで、ばかジン太は言った。
●■▲
「……」
揺れが響く車内。窓を流れる景色は、自然の緑。空の青。
目的の場所を指し示す矢印が描かれた看板が、視界に映った。
「良い天気だ。……今日の俺達には、関係ないがな」
「今の内に拝んとかねぇと。もしかしたら、これが最後の景色になるやも」
僕達は王都を出て、箱馬車に乗り込み、アスカルド平野を進む。
馬車が目指すは、スカイフィールド・ルート。スカイフィールド前に繋がる、才物の道が存在する場所。
「縁起でもないこと言わないで。絶対、生きて帰ってきて。先生との約束よ」
対面で足を組んで座る、リンダ先生。レイピアは足の上に横置きで。
なんだかんだで、スカイフィールドまで付いてきてくれることになった。
「……冗談ッスよ。先生の美しい姿を見れなくなるのに、死ぬわけないじゃないですか!」
先生だけじゃない。メイ、メリッサ、マリンちゃん、フィルさん、……素晴らしい美女達。彼女達の為にも僕は死なんっ!
いつか、ハーレムを形成できるのではないかと僕はひそかに恐怖していた。
「いつもの世辞はともかく……その意気よ!何事も、気合が大事なんだから!青春の汗を、流しましょう!」
左拳を突き出し、メラメラと燃える、スイッチが入ったリンダ先生。なんだか既視感が。
「……!」
隣に座るジン太が、少しそわそわし始めた。
こ、これは!まさか!
「……うん、うん」
ジン太は呟き、「分かる分かる」と、僅かに頷いて表現する。
「……嬉しい。ジン太君」
先生も小声で言い、顔をにこにことさせる。
(熱血人間同士の、シンパシー!?)
気のせいか、車内の温度が上がったような。
この二人の、熱血オーラが燃えているような。
(暑苦しい……!これだから、熱血青春系は……!)
嫌だ。止めてくれ。僕までもてない系になったら、どう責任を取ってくれるんだ!?ジン太ぁあ!!
クールだ!クールになるんだ!僕!
「……フィルさん!」
何とか熱を回避しようと、クールな事を考えまくっていたら、自然と口に出てしまった。
クール系美女的な、フィルさんの名前が。
「?フィルが、どうかしたか。ロイン」
「あ、あ、いやぁ……ほら。スカイラウンドの事が、気になって」
適当に言ってみた。まあ、気になってるのは嘘じゃないが。
まだ始まる前だが、果たして一週間後の開会式までに間に合うか。
「ああ、そりゃそうか。……あいつなら、大丈夫だと思うぞ」
「強いっていうのは分かるが、外部枠に頼んだりして、本当は嫌だったとか……」
なにせ、大人しい感じの清楚系美女だ。ちょっとお茶目な所があるようだが、僕に気を遣って……。
「断れなかったって?ないない。あいつは、そんな奴じゃない。そもそも、話を聞いたフィルから提案したんじゃなかったか」
「そうだがよ……」
「……それが、不気味ではあるな。まさかとは思うが、あいつ……」
ジン太は顔をしかめて、何か思案しているようだ。
「……とにかく。あっちを心配するより、お前は自分の心配したらどうだ?無事に着けるかも、分からないだろう」
「はは、まさか。流石にスカイフィールドに着くぐらいは、簡単だろ」
才獣【ハイパーホース】の力で、この馬車は問題なく走行中。
トラブルなんて、そんなポンポン起こってたまるかよ。
「ゴリラ事件じゃ、あるまいし」
「ゴリ事件?」
「油断は禁物よ。この辺りは、フィッシュリザードが出没するかもしれないわ」
フィッシュリザードか。しかし、遭遇するのはそんな高い確率ではない筈だ。
「考え過ぎですよ。先生――」
言い終わる前に、鈴の音が車内に響いた。
これの、意味は。
「――!」
先生の顔が緊張で強張る。
「二人共」
「ああ」
「分かってる」
丁度良い、準備運動の相手だ。
そう思うことにしよう。
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