第46話 憧れの戦士

 リィド・マルゴス。

 あの人はオレの憧れだった。


「才獣だっ!!才獣が出たぞー!!」 

「大きい……なんなんだ?ありゃあ……!!」

 リィドさんとの出会いは、生まれ育った村にて。

 その日は、村の大人達が妙に騒がしい。鳴り響く鐘の音が、心を躍らせる。

「お前等も、早く避難するんだ!!避難所へ!!」

 大人の、必死な顔。あまり目にしないそれを見て、好奇心をくすぐられたのは否定できない。

「よーし!」

 オレは格好付けて、騒ぎの元へ。ヒーローにでも、なった気でいたのかもしれない。

 あわよくば、その才獣を退治して――。


「……」


 動けない。固まってしまった。恐怖という名の鎖で、がちがちに縛られている。

「あ……ああ……」

 巨大。それを見て抱いた印象が、それだったんだ。

 何も、単純な大きさだけの話じゃない。なんて言ったらいいのか……生物としての格?レベルが、段違いだった。

 その怪物の目が、こちらを見た。殺気が、体を貫く。

「た、助け……」

 救いを求める声も、まともに出てくれない。出たところで、周りの家々に人はいないだろうが。

「ひ」

 近づく足音を聞きながら、地面の揺れを感じながら、死を覚悟した。

 

 そんな時に、颯爽と現れた男。


「――君、大丈夫かい?」

 第一団の証である、青い衣。両腕で構えた、霧を纏いし長い槍。

 赤い髪が風に揺れ、大きな背中が揺るがず在る。

「え……あ……」

 純粋に、格好良いと思った。

 ただ、その姿を見ていて。


 そうしている間に、戦いは終わった。


「すげぇ……格好いい……」

 きらきらした瞳で、オレは彼を見ていたのだろう。リィドさんは、気恥ずかしそうにしていた。

「怪我はないか。良かった……」

 オレの行動を叱りながらも、案じる気持ちは大きく。

「……」

 完全に、リィドさんのファンになっていたオレ。

 口を、アホみたいに開けていたかもな。

「それじゃ、元気でな!」

 去っていく後ろ姿を見ながら、それを追いかけたいと思った。

 村で育ったオレにとって衝撃が走った出会い。村の外には、こんなにカッコいい男がいるのかと。


 両親の反対を押し切って、オレは第一団に入ることを決心した。

 村から出て幾度か見たリィドさんの姿は、やっぱりカッコいい。


「頑張れー!!リィドさんっ!!」

 誰かを助けたり、怪物を倒したり、普通に決闘したり。そのどれであっても、あの人は困難を軽々と乗り越え、踏破していった。

「おお」

 こっちの想定を超え。

「おおお」

 普通の人が一歩歩む度に、あの人は百歩行き。

「おおおお!」

 努力しなくても、高みにいるような人で。

 そう、いつだって。


「オレが目指す、あの人の姿は」


「――今日は、ここまでだな」

 天上学院、夜の運動場。その一角。

「もう、終わりなの?まだ、余裕がありそうだけど……」

 赤髪の男に背後から話しかける、大人の女性。声は拍子抜けたように感じられ、右手を愛用のレイピアに添えている。

「十分でしょう。オレは強いし。……どこかの落ちこぼれと、一緒にしないでくれよ。リンダ先生。アンタのスパルタには、応えられないぜ」

 鋼鉄の柵で囲まれた実戦場。

 主に、危険を伴う鍛錬の際に使われる場にて。木の剣を持つゴンザレスと、それに付き添うリンダが言葉を交わす。

「……馬鹿にするのは、駄目よ。ゴンザレス君」

「ふんっ、落ちこぼれなのは、事実だろ。……オレの実力なら、付き添いだっていらない」

 ゴンザレスは視線を下げながら言う。

 視線が向けられた場所には、鳥人間の様な異形の怪物が倒れていた。

「ホークヒューマンを相手に、そこまで言えるなんてね。でも、いけません。そういう決まりだから。……才獣を舐めたら、危険よ?」

「……先生に言われても、説得力が」

「何か」

 鋭い一言。ゴンザレスに寒気が襲い掛かる。

「言ってないッス」

 彼は言葉を誤魔化しながら、自らが持つ武器を見る。

(調子は、良い感じだ。これなら)

 彼が想うは近くに迫った一つの大会と。一人の落ちこぼれ。

「……あと、一か月。あのヤローは、必死こいてんだろうなぁ。無駄なのによ」

「どうかしら。やってみないと、分からないと思うな」

 リンダは、ロインを高く評価している。言葉を聞いたゴンザレスはそう感じた。

「分かるさ。どう頑張ったって、この差は縮まらねぇ。どうにもなんねぇよ、落ちこぼれ君じゃ!」

 ゴンザレスには確信があった。

 確信の元は、この前の校内決闘。あの戦いで実力を測ったのはロインだけではない。

(楽勝だ。あんな奴。絶対に勝てる!)

 あと一か月でどんな修行をしようと、結果は変わらない。

(……変わらない筈だが、もし、可能性があるとすれば)

 

 練兵場、スカイフィールド。


(多数の戦士を廃人に変えた、魔の練兵場。近年では、利用する奴がほぼ皆無だった筈……)

 その危険性から、利用するには申請書を提出して、許可を貰う必要がある。そんな、面倒な部分もあるもんだから。

 使う気はない。……単純な恐怖と、あと一つ。

(それを、アイツが利用する……いくら阿呆のロインでも、その危険がどれほどのモンか分かっている筈だが)

 それでも、挑もうとするんだろうか。


「……した所で、結果は変わらねぇ」


 勝ち続けて優勝する。あんな劣等生なんざ、恐れるに足らず。目指す場所はもっと高みに。

(恐れるとしたら、思わぬ伏兵だ……外部枠とかな)

 ゴンザレスはそう結論付けた。

 あくまでロインなど、取るに足りないと考えて。


 ●■▲


 帰宅途中の暗い森の中で、メイは一人溜息を吐いた。

「はぁ……」

 肩を落とし、とぼとぼと歩く彼女の背中は物悲しく、ここに彼がいれば、全力で元気を出させようと考えるだろう。

「やっちゃった……。ロイン……」.

 メイは後悔の念を口にして、ロインの顔を思い浮かべる。

 メイが放った一言。それを聞いた時の、反応。

 

 あの、悲しそうな顔を。

 なんともいえない、表情を。


(気まずいまま、別れちゃった……。嫌な気分。……ロインも同じだろうな)

 きっと彼は気付いたのだと、メイは思った。

 自分の本心。隠している気持ちに。

 ロインのことだから、前々から薄々気づいてはいたのかもしれない。

(わたし、どうしたら……)

 スカイ・ラウンドで優勝する。彼にその気持ちを抱かせたのは自分自身。昔、そう言ってしまった。

(なんで、そんなことを)

 強い人が好きだと言った、その気持ちに嘘はない。

 だって、あのリィドさんは強くて格好良かった。本当に見惚れてしまった。

(強さ……こそが)

 自分にとって価値のあるもの。そう感じたのは、いつの頃なのか。

 ロインが気付いたのは、いつなのか。

(だから、ロインは強くなろうと)

 頑張って、頑張って、かなりの実力になった。お世辞にも、才能があるとは言えないが。

「あの人には」

 リィドさんにはまだ遠く及ばないけれど。あの、天才的な強さには。

 

「……やっぱり駄目だよ、ロイン」


 あなたの気持ちは嬉しいけれど、わたしはどうしても。と、メイは思う。

「ふぅ……」

 再びの溜息。なんで、こんな事になってしまったのか。そんな気持ちが吐き出される。

 結局のところわたしの所為だ。あんなことを、言わなければ。

「あぁ……」

 憂鬱な気持ちになりながら、彼女は少しでも楽しいことを考えようとする。

 それで、少しでも気分を紛らわせることが出来れば。

「……」

 どうやら、逆効果になったようだ。メイの顔は更に暗くなり。夜と同化する。

 彼女はこのまま、薄れてしまいたいと思いながら。


「どうしたら良いのかな。リィドさん」


 弱弱しくメイは呟いた。

 ここにはいない者に助けを求めるように。夜空に浮かぶ、月を見ながら。


●■▲


「……」


■ジン太は夢を見ている■

■流れるような・滑稽なる自身の人生の夢だ■


「……」


■そして彼は思う■

■この世界には、無才に対する敵意があるのではないかと■


(俺も他者も、落ちこぼれは酷い目にあってきた)


 能力が低いから当たり前のことなのかもしれないが、それにしたってあまりにも不幸が偏り過ぎているというか、世界の意志を感じる瞬間があったのだ。

 

(あまりにも不運が重なり過ぎた死)


 そんな風に死んでいった劣等者の者達。

 才能のないものを排除するかのような働き。


(消えた劣等者)


■思い出す、いつのまにか行方不明になっていた落ちこぼれの誰か■

■世界が直接、その人物を消したかのような事件だった――■

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