第38話 裏切り
■木造建築、二階建て。僕のマイホームさ■
煙が上がっていた。煙突から。
光がもれていた。窓から。
「嘘……だろ?」
家の前に立った僕は、目を見開いた。
瞬きして、その光景が現実かどうか確認作業に入る。
「現実だ」
確認終了!ありのままの光景です!大佐!異常はありません!
「あってくれよ!」
僕は、誰もいない空間にそう突っ込んだ。
突っ込みは、苦手だ。
(なんてこったい!予想的中とは!僕って、そんな才能あったのか!もっと早く、発揮してくれよ!)
誰もいない筈の家。
煙突から、煙が上がる理由は。
光がもれる、理由は。
(泥棒)
空き巣か……!?
この、人気のない場所に建つ、絶好の狩り場を選んだと……。
「んなわきゃ、ない。気付いてるんだろ」
既に分かってる。
家の中にいるのが、誰であるかを。
消去法で考えれば、簡単だ。
(鍵を渡したのは、三人)
メイとメリッサ。麗しい、幼馴染み。
そして、熱血野郎。腐れ縁の、友人。
(ハニーとメリッサなら、きちんと事前に言う筈だ。そもそもメリッサは、学院に……彼女なら、普通に追い越せそうだな)
とにかく、天使二人ではないだろう。
なら、お前しかいないよな。
「……まったく、なんて日だ」
僕はそうぼやきながら、歩を進める。
足取りは、軽いような重いような。不思議な、感じだ。
(きっと奴は、無礼にも人の家で、自由気ままにくつろいでいるのだろう)
ソファに寝転がってる姿……より、トレーニングしてる姿の方が、想像できるな。
そっちの方が、奴らしい。
無駄に汗かいて、熱血して、うんざりするほど、気力に満ちていて。
どうにも、そういうところが、僕とは違った。
「なのに、親友なんだな。これが」
初めて会った時から、どうにも近いもんを感じてはいたが。
(大会が近いから、寄った。なくはないが、違うんだろう)
かつて、夢を語り合った時がある。
その時に、スカイラウンドの事や、メイの事を語ったが、そっちではなく。
彼が語った、夢関連だろう。
(天才、か)
彼は、そういった存在になりたいと言っていたが。
(何の天才なのか)
天才とは言っても、種類があるだろう。
体力的な天才なのか、知能的な天才なのか、創作的な天才なのか。
更にその中でも、細かく分けられる。
(努力の天才って、言葉もある。……あんまりジン太は、好きじゃないみたいだが。その言葉)
とにかく、細かく見ていけば、誰でも天才的な何かを秘めている可能性があるかもな。
(本人が望む能力か、どうかと)
それが役に立つかどうかは、置いといて。
(今も奴は、自分が望む才能を探しているのか)
僕は、小さい石段を上がり、ドアノブを掴んだ。
(出来れば力になりたいが、僕は僕でやることがある)
ドアノブを回す。
家の中から聞こえてくる声は、複数。
その中に紛れる声は、間違いなく奴だ。
「まあ、ともかく」
僕は、ドアをゆっくり引いた。
「――ただいま」
「おう、おかえり。ダチ公」
●■▲
木の床をぎしりと鳴らして、僕は自宅に帰還した。
「……」
黒髪に、灰色の瞳。
黒い上着に、灰色のズボン。
見た感じ、大した特徴もない平凡な人物かもな。
僕も最初はそう思ってた。
「悪いな。急に。……まっ、自由にくつろいで良いって、お前言ってただろ?」
「ああ、別に構わねぇよ。……なんせ!」
ドアを閉じ、友との対面。
僕は、目の前に立つむさ苦しい野郎から目を逸らし、右に視線を向けた。
(そこにあるソファに眠るは、こちらに顔を向ける、小さな天使でした)
瞼を閉じた、無垢な顔。白き衣を纏いし、青い果実。
布団を掛けられ、すやすやお休み中か!!
「将来が、楽しみやで……!しかし、どういうことだ!?攫ってきたのか!?」
「なんでだよ!?仲間だ!旅の」
仲間だと!?
怯えるかわい子ちゃんを攫ってきたとなれば、天誅を下すところだったが……。
(それはそれで許すまじ!!)
あんな可愛い子と、旅だと!?
(船長命令で、あんなことやこんなことを……恥ずかしがる彼女を……この変態め)
ふむ、妄想がはかどるな!
「おい、あの子に変な目を向けるなよ。さもなくば、お前に未来はない」
それは、お前だろうが!!
「分かってるでござるよぉ……!ふひひ……!ところで、彼女の名前は? 身長体重好物は???」
「マリンだが。そのにやけ顔を止めろ」
怖い顔してやがる。これ以上は、喧嘩になりそうだ。
一度、戦ってみたいが、ここではまっずいぜ!
「……元気そうだな。相変わらず、暑苦しい波動を感じる」
「えっ、なにそれ」
「分かっちゃうんだよな……。お前の、オーラが」
「オーラってなんだッ!?」
僕の発言に、少し頭を抱えるジン太。
……そんなに熱血人間だと思われるのが、嫌なのかい。
(女性にもてないからなぁ……可愛そうに!)
同情しちゃうぜ!どんまい!ジン太。
きっとお前を好いてくれる女性が、一人はいるだろ。希望を捨てるな!!
「なんだ?その顔。凄い苛つくんだけど。殴って良い?めっちゃ、馬鹿にしてるよな?」
「ぷっ!くっくく……なになに、僕ならいつでも相談に乗ってやるぜ!」
「とてつもない勘違いしてんのは、分かった」
勘違い。なんのこっちゃ?
「お前も、変わらないな。ロイン。安心するよ」
「いや、変わっただろ。魅力が十倍は上がったはずだ!」
「すまないな。そういう事は、女性に聞いてくれ。……失笑されるだろうが」
「!!」
こやつ!笑っておる!
なにが、おかしいっ!!
「……ロイン。しばらく滞在することにしたんだが、大丈夫か?」
「うん?別に、構わねぇよ。飯とかは自分で用意だが。余裕があったら、あの子の分ぐらいは作るぜ!!」
「差別かよ」
「むしろ、お前は金を寄こせ!金ルビィ三枚なっ!」
可愛い子は、特別に決まってるだろうが!!
笑顔を想像するだけで、僕はッ!!
「僕も、忙しいんだい!!大会が近づいてくるんだよ!!ダッシュでな!!」
「……ああ、そうだな。悪い。気遣いが、足りなかった」
「そう思うんなら、稽古に付き合ってくれ!鍛えるんだよ!!それが、熱血だろ!?よく、分からんが!!」
「メイとメリッサは」
「二人も、多忙だ!!ジン太なら、どうせ修行すんだから良いだろ!!はい!!決定!!決まったよ!!今ッ!!」
手を叩いて、決定の合図。
よっしゃ!!丁度良い練習相手、ゲットやで!!
普段はへなちょこだが、ジン太には良く分からない力があるかんな!!
「今すぐにでも、始めていいんだがな。どうするよ!修行中毒!」
「それじゃ……一応、書き置き残して」
ジン太はソファに眠る天使を、天使をちらりと見遣った。
きゃわいいぜ。
「……だが、そろそろ」
ジン太は、僕の後ろのドアを見て。
「?」
「――ただいま。戻りました、船長」
ガチャリと、ドアの音。
僕は振り返る。その先には、読書と茶髪の男性が好みの、漆黒の女神が立っていた。
「あら、貴方はあの時の」
気付いた、彼女も。
見間違える筈がない、その気品ある美しさ。
何故、ここに!!
「ひょっ!!更なる、光がーッ!!」
いかん!!バリアを張らねば!!嬉しさで、気絶しかねん!!
……船長と、言いましたかな?そして、ただいま。
「――まさか」
この女性も、ジン太の。
「そうだぞ」
仲間。
【や、止めて下さい船長。こんな格好。恥ずかしいです!】
【船長命令だ。俺の決定は絶対だ。よく似合ってる】
【も、もうっ!!そんなこと言って!!】
(船の上、かわいい娘と、うっはうは。無垢な天使と、読書好き清楚系女子……いちゃいちゃいちゃいちゃ……船長には逆らえない……独裁船長……僕の物語にあった、シュチュエーション……タンスの奥……)
あってはならん。そんなこと。
ジン太は、もてない系の筈だ。僕は、そう信じてたのに。
僕より先に、夢の地へ?
「――裏切ったのかよぉぉぉぉぉっっっ!!」
「なにがッッ!?」
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