第36話 理由はどうあれ

 

 ――ここは、どこだろう。


(膝よりちょっと上程度のスカートに、紺色のパンスト)

 戦う度に、彼女の輝きは増していく。動きの美しさが、それを増長させていた。僕はその動きに対処する為、つぶさに観察する。

 揺れるサイドテール。突き出される、木剣。

 あまりの輝きに魅了されて、ころっと負けてしまう奴がいても、おかしくない。

(普段の優しそうな目はどこへやら、厳しく鋭い、戦闘者の目)

 リンダ先生は、子供の頃に才獣に出会い、興味を持ったらしい。

 それから、アスカール戦士団の部隊の一つ、第五団に入り、才獣の対処を主とするそこで、戦い続けた。

(きっと、あの日のゴリラとは比較にならないレベルの、脅威才獣(グリフォン・サード)と何度も戦ってきたのだろう)

 僕が倒したのは、かなり弱い部類の筈。

 聞いた話だと、全長15メートル程の、大きな才獣に襲われた町もあるとか。

(そんな化け物と、戦ってきたのだからよ)

 僕が、手加減されても遠く及ばないのは、当然。

 繰り出される、凄まじい速度の攻撃。それをなんとか、さばく。

「ロイン君!!速度はどう!?大丈夫っ!?」

「ちょ、丁度いいですっ!!はいっ!!」

 調整の程を聞かれ、僕はそう答えた。かろうじて付いていけるレベルだが、これぐらいでなくては、意味がない。

「よかったっ!それじゃあ、ガンガン行くわよっ!!」

 先生の声には、熱がこもっている。

 割と熱血というか、スパルタというか、容赦がないのが彼女。

 一応、怪我人なので、これでも優しいぐらいだが。

「ふっ!!はっ!!やぁっ!!」

 気合いを込めた、一撃・一撃。

 こんなにも熱心に、僕の鍛錬に付き合ってくれるなんて……まさか、先生――!!

(そんなの駄目だっ!!僕には、メイがいるんだぜッ!?)

 いくら僕の魅力が凄まじいからって、そんなことって……ッ!!

 くそッ!!僕は、どうしたらッ!!


「えやぁっ!!」


 何言ってんだい、僕よ。

 答えは、決まってるじゃないか。

「ご、ごめんなさいっ!!強くやり過ぎたわっ!!」

 例え先生が、美人で、魅力あふれていて、おっぱいでかくて、優しい人だとしても。

「えっ、ぶつけたっ!?ど、どこをっ!?ここっ!?」

 ちょっと転倒した僕に、膝枕、頭撫で撫でを、とても心配そうな表情でしてくれる、そんな先生だとしても。


 それはそれとして、感触最高です。

 いやッ、ふうううううッー!!


「……大丈夫そうね。びっくりしちゃった」

 僕は、心臓バクバクですぜ。下から見るお山も、中々ではないですか。

 ある意味、大丈夫ではないな。

(良い香りがする……。辛抱、堪らん)

 ぼくぁ、いったい何をしているんだ。頭が、ぼやけてきたような。これだから、美女ってやつは。


「――ねぇ、ロイン君」

 

 ……静かで、真面目な声。

 なんだ?

「君を突き動かす原動力。それが何かは分からないけど……。私は、それを応援したいと思うわ」

 リンダ先生はとても真面目で、どこか悲しげな表情で、声を落とす。

「……後悔が、ないようにね。その選択に」

「……」

 言葉の意味は、よく分からない。なんでそんな事を、そんなにも悲しげな表情で言うのだろうか。

 ただ、返すべき言葉は分かっている。

「ないっすよ。やることは、決まっている」

 僕の愛。彼女に対する気持ち。とても綺麗で、魅力的な、メイに対する想い。

 それは強固なもので、他の選択など浮かばない。

 彼女と一緒に進む、その気持ちに後悔なんて。


(絶対に、あるものか)

 

 まっ、それはそれとして。

 ――ここは、ユートピアだ。


 ●■▲

 

「ユートピアは、いずれ終わるもの……。悲しいのう」

 僕は、壊れたユートピアから離れ、学校の校門を目指す。

 いずれまた、ああいった機会があるといいんだが。

 都合が良すぎるか。いくらなんでも。

「……さて、ささっと帰って、修行しないとな。もう、これ以上は……」

 今日は色々起こった日だが、流石に全てのイベントを消化しただろい。

(運動場にある、【実戦場】の方もちらりと見てみたが……)

 雷の盾と剣がぶつかり合い、波動を散らす光景があったものの、そんな【普通】は興味がない。しかもあれは【演劇部】の活動で、本格的な戦闘とは違う。


 少しでも大会における力になればと思ったがな……。

 

 もう、体力的に限界でありますよ?今日は中々、暑いし。これ以上は勘弁だわー!

「勘弁だわー。たとえ、美女と会えるイベントでも勘弁だわー」

 言い、立ち止まり、校門付近で視線をきょろきょろ動かす。

 下校する生徒。学校周りを囲む、石造の高い塀。鉄の門。石の門柱と、上に置かれた動物像(何かの才獣(グリフォン)を模していると聞くが、割と怖い)。

 ……変化ないか。セーフ。ちょっと、残念な気もする。

「馬鹿馬鹿しい。走って、帰宅ゴー!」

 僕は走り出し、校門に向かって急加速。これ以上なにかが起きる前に、去ってしまおう。

(ゴー!ゴー!)

 風を浴びながら、校門に近づいていく。

 風は生温く、爽快とはいかねぇが。

(この風を感じると、一日の終わりって感じだ)

 ゴンザレスに殴られるわ、美女二人に説教されるわ、美女に膝枕されるわ……あれ、最高の一日じゃ。

(終わらせたくない。この一日)

 というわけにも、行かない。早く帰宅して、才力の修行を。

 いつもの訓練場で、ブレードの性能を高めなければ。

「よーし、やったるぞー!!」

 心機一転、校門から一歩を踏み出し、外に出た――。


「君、可愛いねぇ!僕たちと、あっそばねぇ!?」


「……」

 出たところで、余計な声が入ってくる。

 聞くからに、ちんぴらといった台詞。

「やめてください。迷惑です」

 続けて聞こえてきた、女性の声。

 勘だが、これは美女の声だ。僕のハートが告げている。

(美女のピンチか。ならば、見捨てるわけにもいくまい……)

 我ながら、損な生き方だよ。

 そう思いながら、声のした方へ向いた。

「おひょ!」

 思わず、声が出てしまう。

 仕方ないだろう?だって……。

(黒髪ロング美女、来たこれ!!)

 塀を背にして、五人の男に囲まれている、赤い瞳の……巨乳キター!!

(綺麗な黒い髪。ちらりと覗く、ヘソ。短いズボンから見える、肉付きの良い両足)

 助けるっ!!

 絶対、助けちゃうよっ!!僕っ!!

 (限定的な)正義の心を、燃やし尽くせ!!

「いいじゃんよー!!ちょっと、くらい!!」

「嫌です。迷惑です」

「……おいおい、そんな我が儘言ってると……」

「やっちゃう?やっちゃう?」

 冷静に断り続ける美女様に対し、男達は雰囲気を変える。

(あいつ等、何を)

 危害を、加えるつもりか。

 看過できん!!

「我が儘言ってると――泣いちゃうぞぉ!!」

「てめぇらぁ!!そこまでだっ!!離れやがれっ!!」

 精一杯男らしく、声を張り上げる。

 まるで、ヒーローみたいだ。


(あの……貴方の名前は)

(名乗る程じゃ、ないさ)

(――素敵)


 誰もが描くであろう展開を、脳内で発生させた。

 やっぱり良いよな、こういうの!同士には不評だったけど、好きだ!

「ああっ!?誰だ、てめぇは!!」

「邪魔すんなら、泣く――」

 こちらを振り向いた、男達の顔が強張る。

「?」

 なんで、そんなに怯えた表情に。

 もしかして僕って、顔が知れてんのか?

「あ、あんたは……!!」


「――また、あなた達なのね。一度こらしめたぐらいじゃ、足りなかったのかなー?」


 僕の背後、そこからの声は。

「メリッサ!」

 風紀委員メリッサが、僕を通り過ぎ、不良達に近づいていく。

「その人から、離れなさい。早急に!」

 威勢の良い、警告。

 怒っているな。メリッサよ。

「うぐぐぐぐ!!」

「しかし、俺たちにもメンツがあんだよ!」

「抵抗せずに、やられるかー!!」

 一斉に、近づくメリッサに突撃する男達。

 彼女は、きびきびとした歩き方を乱すことなく。


 数秒後、男達の屍が築かれたとさ。


「死んでないわよ!失礼ね!」

 屍達の中心で振り返り、メリッサは言う。

「容赦ねぇな……相変わらず」

「手加減はしたわよ。……あんたの方こそ、またそういう人助け?」

 そういう人助けとは、あれのことだろう。

 もし、美女じゃなかったら、助けていたか。


「そういう、人助けだ」

 助けるわけねぇ。有り得ねぇ。

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