第32話 孤高の男
この一時は、ちょっとした羽休めのようなもんだ。
「――器というのは個人差があり、一概に言えるものではありません」
木の机を、ぼんやりと見ている。
「また、それ自体の後天的な強化は不可能」
昨日の反動で、体がちょっと重い。だるい。
前方のボードに、とても小さな【槍】で文字が書かれていった。書いているのは中背の眼鏡教師。真面目で良い先生なんだが、授業中に眠くなる時もある。
(……頭に入らない)
机に置かれた教科書とノートに、羽ペンで文字を書く。……やはり、鈍いぜ。
「しかし、【法則】はある程度分類することが可能で」
どうにも集中できないので、視点を移す。
「えー、それでは次の授業は……」
メガネの教師の言葉を聞きながら、最後尾の席に着く僕は、窓の外を眺めている。教室から見える景色は、風に揺られる草木一色だ。要するに、自然の息吹が感じられる。
個人的に、クソつまらない。
「なので、教科書を忘れずに」
僕の人生自体、糞みたいなもんかもしれない。そもそも人生って糞かもしんない。
そんな風に、考えながら。ある夢想を心に描く。
――世界、救ってみてぇ。
きっと、誰もが一度は考える妄想だろう。
光り輝く剣を片手に、お姫様を助け、悪の親玉を倒す旅へ。めちゃくちゃ、クールじゃね?
お供のさえない男や、黒髪の怪物や、赤いマスコットを従えて。
お姫様はもちろん美人で、巨乳で、性格良くて、ですわよ口調で。悪の親玉に捕まって、ピンチ!な所を、茶髪・深緑の瞳・の勇者。すなわち、僕が助ける……それから、なんか色々あって恋に落ちる二人!
「……ふふ」
……まいったな。これ、もっと掘り下げれば、史上最高の冒険譚が生まれる気が。面倒だから、やらないけどな。
書き溜めは、一杯あるんだよなー。いつか、世界で語り継がれる時が来たりして……。
夢見すぎだな。僕には国レベルが限界だ。
(……現実は)
色々と、自分に都合の良い妄想をしてみても、僕の現実は変わらない。ヒーローにもなれないし、ハーレムも築けないし、なんにもできやしない。
ここにいるのは、超絶イケメンで頭脳明晰で隠された力を秘めている、ただの迷えし一匹オオカミだ。
「――空しいな」
窓から空を仰ぐ。
見えるは、微妙な曇り空。
それはまるで、僕の心を映し出す鏡のようであった。僕はますます、心をナイーブに染め上げていく。
「なにが、空しいのよ?ロイン」
そんな心を一気に浄化してくれる、救いの声が響いた。さながらそれは、全てを許す聖人が愛する男性だけに見せる一際の輝きッッ!!
「……もう、空しくなくなったぜ。お前のおかげでな。メイ」
席の右隣に立つ人物、金髪のショートヘアーを煌めかせる、幼馴染の女性。
名前をメイ。
身長は、175センチの僕より五センチ低い、170。
やや、痩せ型。胸は、残念ながら普通だが……。
(……可愛い!!可愛すぎる!!今日も、さいっこうッッ!!)
その、ぱっちりした瞳。柔らかそうな唇。色白の綺麗な肌。
紺色の制服に包まれた肢体からは、バランスとれたスタイルの良さがにじみまくっていやがる……!スカートからすらりと伸びた、綺麗な両足がたまらんっっ!
(……それは違うよな。僕)
たまらんのは、顔や足だけじゃない!全部だっ!
彼女の全てが、一種の至高の芸術であり、いくら眺めても飽きないことは明白だっ!!
「……なんでそんなに凝視してるの?体調悪いの?大丈夫?」
「大丈夫だっ!!僕はいつでもっ!!」
お前という、宝石がいるのだからっ!!僕が密かに作成している、美女ランキングでもトップクラスのサファイアがっ!!おおっ、ゴージャスっ!!
優等生美女や、超絶お嬢様などに引けを取らない!彼女等も魅力的だが、やっぱ僕の中での一番は。是非もなし。
「それなら良いんだけど、目が血走ってるわよ」
誰だってそうなるさ!お前という光を前にしたら!
(そんな光と)
幼馴染なのが僕です。
つまりどういうことかというとねそれはね……!!
「僕って勝ち組ィィィぃっ!!」
「わっ!ちょっと!びっくりさせないでよっ!」
天井に向けた僕の咆哮に、びくりと後ずさりするメイ。それすら愛おしい!
「……ごめん、悪かった。少し己のワールドを、オープンしすぎたYO!!」
「もー、相変わらず、テンション高いんだから」
誰のせいだと思ってるんだよ!
「ふざけてないで、移動教室なんだから早くいくわよ!」
「わかってる、わかってる。お前のことはなんでも分かってるさっ!」
移動教室?……クラスの皆、いなくなってるな。
そんなもんより、彼女の綺麗なオレンジ色の瞳を見ている方が……。
……彼女との輝かしい将来の為だ、仕方ない!幼馴染である時点で、ほぼ確定だけどなっ!!幼馴染で良かったっ!!
(僕らの絆に、入り込む邪魔者なんて……)
いる筈がない。ないのだ。
「もうっ、先に行ってるわよ!」
ぼうっとしてたら、とうとう見限られた。呆れ顔で、メイは言う。
「あっ、待ってくれよ!メイ!」
背を向け、席から歩き去っていく彼女。僕は慌てて立ち上がり、机の中から教科書を取り出し、その背中を追いかける。
眩い光は遠くて~♪離すまいと必死で~♪
(そうだ、いない。そんな存在)
この天上学院にも、アスカールにも。いる筈がない。
(外なら)
いるのだろうか。僕以上の、魅力あふれる雄が。
僕に匹敵するほどの、半端ねぇ男が。
(ジン太)
外というと、奴のことを思い出すな。海外から来た、僕の友人。今頃、何をしているのだか。
でも、奴はさえない系だよな。
ああいう暑苦しいのは、もてないだろ。どう考えてもよ。
うん、恐れることないZE!あんな奴!
僕は下らない心配を振り切って、晴れやかな気持ちで、教室後方の出入り口へと歩を進める。
(目指す場所は【天の頂】――分不相応な栄光)
引き戸を勢いよく開け放ち、廊下に出た。
【灼熱の男は・まだ見ぬ地獄へと踏み出した】
この天上学院は、王都にある才力(サイクロ)を専門に学ぶ場所。
国の方針としてサイクロの探求は基本なので、必然的にこういう学校も多くなる。
強国アスカールは、才力探求の過程で莫大な戦力を手にして、必要以上の軍を築き上げた。あくまで過程ではあるが、他国からは軍事強化に執心している国にも映るだろう。
その勢いは【スタルト】に迫るかもしれないもので、今日もまた、戦士達は未知の力を研磨し続ける――。
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