第31話 その先へ

 霧の海を進み、いよいよその時が来る。


 霧の海での航海は大したトラブルもなく、順調に進んでいった。……進んだよな?なんでか海での出来事を振り返ると、何かがすっぽぬけたような感覚が。

「わっわ!小さな島!」

 途中で、二十人が上陸できるかどうかといった大きさの島?があった。島にはヤシの木が生えていて、ベタな光景だと思う。

「霧カモメね。食べられるのかしら」

 食えない。ていうか、食いたくないだろ!霧の影響を受けずに飛び回れる、真っ白なカモメとか!

 こいつだったら、スーパージャンプでキャッチして、そのまま俺を下敷きに着地とかやりそうで怖い。

 もしくは石をぶん投げて、カモメを撃ち落とすか……。

 いや、何か得体の知れない力を……。

「震えてますね、船長。寒いんですか」

 怖いんだよっ!

「ああ……大したこともなかったか。ミスト・ガーデンと言っても、こんなものなんだな」

 地味に残念そうな表情を見せているのは、俺と同じ旅人属性のラルド。気持ちは分からないでもないが、俺は滅茶苦茶安心してるよ。理由不明。

「……おれの求める旅とは、違うな。やっぱり」

 冷たく吹く風に、今にもかき消えそうな程の呟きは、静かな悲しみがあった。

(ラルドの求める、旅)

 俺は、それを知っている。ラルドから話してくれたことはないが、見ていればなんとなく分かった。

 同類ゆえ、かもな。

 

 こいつにとっては、それすら邪魔なのかもしれないが。


「ラルド、スルメイカ食うか?」

「おっ、気が利くな。ありがとよ」

 スルメイカで、悲しみを封殺。

 できるわけはないが、少しでも減らせりゃもうけだ。今まで散々世話になったんだし、これぐらいはな。

「……そろそろ、おれは交代する。次に出てくるのは誰になるか」

 そういえば、そうだな。器の交代時期だ。

(才物に宿る器……)

 人が才力を扱う際に必要になる器。才力を受け入れ、使用するためのもの。

創作者(クリエイター)と呼ばれる才力を持つ者によって、その器は意図的に生み出すことが出来る。

(そうやって生まれた、器を宿す、意思無き物を才物と)

 呼ぶんだが、俺達のロード号は少し特殊な才物で、複数の器を持っている。

 詳しくは分からないけど、クリエイターが力を合わせることで、そういった才物を作ることが可能だとか。


「トンテンカン!トンテンカン!」

「俺達、凄腕船大工!」

「最高の船を――あっ!親方!釘が空にっ!」

「ばっきゃろう!ちゃんと補充しとけって言ったろうが!」


 ……変なイメージが浮かんだが、無視しよう。

 とにかく、その特殊な才物に宿ったのが船長ラルドで、交代とは使用する器を切り替え、休ませること。器が異なれば、才力の性質も差異が生まれるからな。

(交代……交代……ハッパーかリィンか。それとも……)

 困ったことに、船長の性格はばらばらだ。ラルドの様に大人しい奴もいれば、騒がしい奴もいる。

 なので、性格的に合わない奴も当然いる。俺にとってはハッパーがそれだ。

 性格は、クリエイターに影響されるらしいが……。随分と、幅が広いな!

(霧の海はもうすぐ抜けられるし、大丈夫の筈だ!)

 この場所を、ハッパーと航海はしたくない。運良くラルドが出てきてくれて、助かった!

 そうだ。それなりに不安だった霧の海は。


「……この渦を、越えれば」


 ――船の前方に発生している、巨大な白い渦。

 霧が渦巻き、船の最前線に立ち、進む俺達を正面から迎えようとしている。

「……中々、壮観だな」

 全てをのみ込むかのような威圧感、それによって発生する恐怖感を楽しむような口調で、ラルドは言った。

 子供のようにはしゃぐことはしないが、楽しそうな笑みは隠さない。

 俺も、同様。

「……マリン、怖かったら」

「大丈夫。ここにいるよ」

 そういう彼女の体に震えはなく、瞳は力強い。

「だから、ちゃんと握っててね」

 百。

 繋いだ手が、彼女の力になっていれば嬉しい。

「もちろんだ」

 五十。

 船は進み、渦が近づく。

「ここにも、怯えるか弱い美女がいるのに、スルーですか。薄情船長」

 三十。

 妄言を、スルーするー。

 ラルド以上だったよ。お前の落ち着きは。

「……いよいよだが、感想を。船長」

「感想?」

 十。

 ラルドに問われる。いきなり言われても……。そういうの苦手なんだが。


 ――零。視界が全て、白に染まる。


 霧。霧。霧。目の前には、それしか存在しない。握る手の力が、強まった気がした。絶対に、離さないさ。

 後方に流れていく霧、熱さも冷たさもないそれを身に浴びながら。

(感想か。旅のだよな)

 色々な事が、あった気がする。伝説の山の主・海賊達との戦い・マリンとの出会い・不思議な老人の島・盗賊団退治・リアメルでの騒動。

(楽しいことも、辛いことも)

 あった。

 どちらかといえば、辛いことの方が多いが。

 本当に、どうにも締まらない旅。どれだけ努力しても、無様を晒すことはあったし、失敗することもある。

 人生なんて、そんなもんなんだろう。予測しようがないことの連続、前が見えない不安、その中で必死に足掻くんだ。格好良く、行かなくても。

「それでも、良いもんだよな」


 ――霧が晴れ、光が見えた。

 ――それは、次の旅の始まり。

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