第30話 青春
「……うん?」
気がつくと、そこは甲板室の中。壁に飾られた剣が、俺の視界に。俺は何で、こんな所で立ち尽くしているのか。
「……マリン」
そう、マリンだ。彼女の調子が悪いそうなので、様子を見に行こうと思って。
「なにやってんだ、俺……疲れてんのか」
ふむ、最近は一応、それなりに自重したトレーニングを行っていたが……もう少し、減らすか……いや、やっぱり嫌だ。
(青春とは、なんぞや)
青春は、俺達に甘くない。いつの間にか、どこかに飛び立ってしまうものなんだ!だから、情熱という檻に閉じこめておかなきゃならないんだっ!
俺は右手を空に突き上げ、熱き思いを滾らせる!燃え上がれ!俺の心ッ!!全てを焼き尽くすまでッ!!
「いつかっ!!青春の頂に登るまでッ!!」
「……なに、やってるの?キャプテン」
その姿を、いつの間にか甲板室に上がってきた、お馴染みの、白いワンピースを着た少女に見られた。階段の傍で、なんともいえない表情。
彼女の隣には、男性の姿。
何の変哲もない容姿と、服装の男。特徴を言うならば、頭に巻いたスカーフと、生気のない目。
この船の船員。船長が統率する、彼等と同種の存在。船(シップ)の才物、それに支えられた者。
船員に見られたのは、問題ないが……!もう一方は、対処せねばなるまい。
「これは、違う」
両手を開き、前に出し、否定のポーズ。俺の船長オーラを混ぜ、説得力補正を×2。さあ、俺の掌の上で踊るが良い。
「……違うんだよね。うん。わかってる。わかってるから、大丈夫だよ」
どこか見守るような目で、マリンは俺を理解している。
ふっ、他愛ない。
なんだか、泣きたくなってきた。今度はもっと、周りに気を配ろう。
「このことは」
「言わないよ。……多分ね」
多分って、言ったッ!?
「お菓子」
「やった!」
すかさず、満面の笑み。……マリンよ、俺は悲しいぞ。フィルのせいか。あいつに、悪影響を……!
「お菓子♪お菓子♪」
茶色の革靴で楽しそうにステップを踏みながら、こちらに近づいてくる。
「……もう、大丈夫なのか?」
近づいてきた彼女に、そう言った。元々、彼女が心配で顔を見に来たのだから。見た限り、元気そうではある。
「……元気だよ!もう、元気もりもり!」
ガッツポーズで、元気さをアピールする彼女。空元気とは、こういうことを言うのかと、思ってしまった。
(俺に、心配をかけないようにか。無理してんな)
体が、僅かに震えている。やっぱり怖いんだろうな。
(なら、せめて、傍にいないと)
彼女の震えが収まるまでは、一緒にいよう。
「外に行くのか。マリン」
「うん。せっかくの冒険なんだから、楽しまないとね!でしょ!キャプテン!」
「そうだな。それじゃ……?」
俺はふと、左手に持った水筒が気になった。意味も分からず、無性に気になる。頼りになるような、忌々しいような。
ここで飲んでおかなければ、やばいことになりそうな予感。それが頭の中を、走りまくっている。
変な予感すぎる。なんだよ、この感じ。……どうすっか。
俺は、少し悩んだ後に決めた。
「ちょっと、待っててくれ」
そう言って俺は水筒を口につけ、一気に水を流しこんだ!
豪快な、熱血飲み!
「おおー!豪快!」
ぱちぱちと、マリンからの拍手。
「……ぷはーっ!よし!おーけー」
空になった水筒を前のテーブルに置いて、マリンに向き直る。
「それじゃ、一緒に行くぞ!俺に、置いて行かれるなよ!青春は待ってくれない!」
俺は、マリンに右手を差し出した。
いつもより、素を見せて。今は、そうした方が良いと思ったから。
「えっ、あ、うん!」
少し固まった後、彼女はその手を元気よくとる。嬉しそうな笑顔が、眩しく見える。
小さく、温かい手。俺はその手を、安心させるようにしっかりと握った。
「フィルとラルドが船首にいるが、どうする?」
「とりあえず、行ってみよー!全速前進!」
「了解であります!マリン船長!」
ノリに合わせて、敬礼しながら全速歩行。二人並んで、元気よく進む。その歩みは、勇気があって。
彼女の震えは、収まったようだ。ラルドやフィルも加われば、もっと心強いだろう。
一緒に進む仲間っていうのは、こういう時の為にいるのかもな。
恐怖という壁を、一緒に乗り越える存在。
「……」
何故だが今は、余計にそう思える。
●■▲
無人の、甲板室。
静まりかえったそこに、存在するのは。
――ありがとう。ありがとう。
霧の人間。異様な存在。七不思議の一。
旅人惑わす、困った怪物。
――遊んでくれて、ありがとう。
それは子供のように笑う。遊びの後の余韻に浸る。
今回の遊びは、いつもよりも。なので余計に歪に。
――楽しい楽しい、追いかけっこ。
笑う。笑う。笑う。
どっちに転んでも、同じこと。
――また、会いたいな――さようなら。
右手を振って、さようなら。
次なる旅人を――。
ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
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