第21話 第一印象

 わたしのお父さんとお母さんは、幼い頃に死んでしまった。


「自慢の、ふたり」

 本当に優しくて、明るい両親。わたしはそんな両親を見て、育った。

 あまり裕福ではなかったけれど、わたしは恵まれているなと、思っていた。

「誕生日、おめでとう!」

 テーブルの上には、山盛りのお菓子。

 ケーキはちょっと高そうなもので、食べるのがもったいない。

「わあ、お菓子いっぱい!」

 誕生日には、盛大に祝ってくれて。

「あなたを、いつも見守っているわ」

「いつまでも、健やかに」

 抱きしめながら、言ってくれた。

「マリン、ちょっと」

 悩み事があると、言わなくても気付いてくれた。

「昔、昔あるところに……」

 寒い日に暖炉の傍で、わたしの好きな絵本を読んでくれたりした。


「見てないところで」

 

 どうやら二人は、誰かを助ける為に死んだらしい。

 話を聞くと、ナイフを持った怖い人から、子供を守る為にだそうだ。

「ちゃんと助けられた」

 子供を助けることは、できた。それは嬉しいことだし、とても素晴らしいことだけど……残された人間は悲しいよね。

 心にぽっかりと、穴が空いたような気がした。

「立派な人だよ。君の、両親は」

 そう言った、大人の人がいたけど。

 立派……か。

 わたしもそう思うけど、立派になるために死んだというのなら。

 立派になんて、なってほしくなかった。

 

 複雑な感情を抱き、どうにも苦しい。

 それからわたしは、ある家に使用人として引き取られた。


「よろしくお願いします」

 その豪邸の主人は、少しぽっちゃりしたおじさん。初めて見たときの印象は、人が良さそうで優しそう。

 だから、これから精一杯働いて、頑張らなきゃと思ったんだ。

 色々なことを勉強しながら、過ごす日々。

 それでもなんとか、善意で引き取ってくれた感謝を。


 ある日、掃除をしてて殴られる。


「ごめんなさい」

 どうやら掃除の仕方が悪く、埃がかなり残っていたようだ。わたしは不器用でどうにも物事が上手く行かないから、もっと頑張らないと。

「次こそは」

 ミスをしたわたしが悪いんだから、次はちゃんとやらないと。

 そう決意して、わたしは眠りに落ちた。殴られた右頬が、じんじんと痛む。

「よーし、頑張るぞ!」

 タンスの上を、拭き拭き。しっかり、隅々まで、丁寧に。

 棚の上を、拭き拭き。わっ!か、花瓶が倒れそうに……!危ない。

 テーブルの上を、拭き拭き。ぴかぴかになっていく表面を見ると、誇らしげな気持ちに!

「……できた!」

 自分の中では、上手くできたと思う。ぴかぴかに磨かれた部屋の中。床や家具の上。

 埃なんて、見当たらない。わたしは自慢げな顔で、主人を見る。


 今度は、蹴られた。


「ごめんなさい」

 掃除を済ませるのが遅い。という理由らしい。いつもと変わらないと思ったけど、どうやら遅かったみたい。

「もっと」

 うまく、やらないと。

 また、暴力を。

 わたしが悪いんだから。

 仕方ない。

 ……のかな?

「努力を」

 積み重ねて、日々を過ごし。それでもわたしは人より駄目だから、やっぱり小さなミスは起きてしまって。その度に、酷い目にあって。罵られ、殴られ、蹴られ、でもわたしがミスをするのが悪いんだから……。


 またある日、いきなり蹴り飛ばされた。


「なんで?」

 理由を聞いても、何も答えてくれない。無言だったり、足が滑ったとかだったり、邪魔だったとかだったり。

「クソッ!!あの野郎!!こっちがペコペコしてりゃあ、調子に乗りやがって!!」

 理由のない暴力をふるう時は、いつも機嫌が悪そうだった。


 小さなミスをしても駄目で。


 理由がなくても駄目で。


 この人は、暴力をふるいたいだけ?


 もし、そうなら。


 人って、みかけによらないんだね。


「なんだかな」

 どれだけ努力をしても、酷い目にあうのなら。努力することに、意味なんてあるのかな。わたしがやってきたことに、意味なんて。

 それでも、やらないと。もっと、酷い目にあうだろうから。

 わたしは無能だから、努力し続けないと、すぐにぽんこつになってしまう。

 すでに心は諦めかけていた、情熱を失っていた、後ろ向きな努力の連続だった。

「お腹すいた」

 腹の音がひびいた。今回は罰として、ご飯抜き。

 布団がないので、寒くて体が震えるけど、そちらも罰として没収された。

 でも、痛くないだけましだよね。とおもっていたら、音がうるさいと腹を蹴られた。

「……」

 わたしは、一体なんなんだろう。この場所にいる意味なんて、あるのかな?


 そんな思いを抱きつづけ、ある日わたしは出会った。


「はははっ!!良く来てくださいましたなっ!!」

 玄関で、にこにこしながら対応する主人。

 その日の主人は上機嫌、なんでも大事なお客様がくるらしい。そのせいか、わたしの服はいつものボロ布のような服じゃなく、普通のローブだ。

「――ああ、お邪魔します」

 そんなわたしの目の前には、大きな両開きの扉の前に立つ二人。

「……」

 ひとりは綺麗な女の人。もうひとりは……。

「それでは早速!あなたが持ってる天の武器を!俺達に見せてください!」


 灰色の瞳をもつ、ちょっと暑苦しそうなひとだった。


【この人は・違うなと思った】

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