第20話 お掃除

「お掃除♪お掃除♪」

 船内二階の床を行ったり来たりする、一つの小さな人影。一つに束ねた赤い髪が白い服の上で揺れて、少女の背後で踊る。

「みんなのために、楽しいお掃除♪」

 マリンは、船内通路の雑巾がけをしていた。その動きは、少し危なっかしい部分もあるが、一生懸命さもある。

「ー♪」

 不器用ながらも、ぴかぴかに磨かれていく床。元気よく、掃除を進めていくマリン。

「?」

 そうして彼女はある部屋の前で、動きを止めた。


「努力っ!熱血ッ!青春ッ!!」


 部屋から聞こえてきた暑苦しい声。部屋のドアには、この船の船長の名前が。

「ふふ……船長頑張ってるなー」

 声に込められた熱を感じて、マリンの口元が自然と綻ぶ。ジン太が汗を流しながら、がむしゃらにトレーニングしている姿を想像できる。

(船長の部屋には、色々と珍しい物があったなぁ)

 ジン太の部屋には、様々なトレーニング器具が置いてあったことを思い出すマリン。彼女は時々、それを使って遊ぶ時がある。

(あと、怪しい物も……)

 同時に思い出すのは、船長が趣味で集めた怪しい品。見たことない生物の亡骸や、奇妙な形の壺など。


「この亡骸は、かつて世界を滅ぼした……」

 本当かどうか分からない話を、真面目かどうか分からない表情と声で、マリンに語っていたジン太。

「ふーん、そうなんだ」

 いくら人を信じやすいマリンでも、あまりに荒唐無稽すぎてスルーしてしまうレベルの話であった。

「この剣は、昔……」

 ベッドに腰を下ろしたマリンは、足をプラプラさせながら、話を聞いている。

 その彼女の前に取り出されたのは、ベッドの下に隠してあった、細長い灰色のケース。そこに入っていたのは一振りの剣。

 ある国で、友人と遺跡探索していた際、遺跡の奥で発見したらしい。

 マリンにはどこから見ても、ただの錆びた剣にしか見えない。


【僕の見立てによると……こりゃ、伝説として記された、全てを終わらせる剣だな。間違いない……!如何にも錆びていて、どう見てもただのガラクタですよアピールしてるけど、僕の観察眼は誤魔化ねぇよ?】

【……そう言われると、そんな気がしてきた。天才か】

【よせやい。大したことじゃないさ】


(うーん、船長って意外とああいうの好きなんだよね。わたしには、イマイチ良さが分からないなぁ……。フィルさんは、「阿呆二人ね。笑えるわ」って言ってたけど、言い過ぎだよね。ちょっと、夢見がちなだけだよ)

 あの日確かに、マリンの「船長の好きな物」リストが更新された。それが純粋に喜ばしいことかは置いておいて。

「次のは……ああいうので……でも、どこで手に入れれば……」

 ぶつぶつと呟きながら、マリンは掃除を再会する。

 船長の誕生日プレゼントに、思いを馳せながら。

「でも……合わせてくれただけとか……」

 再会したは良いが、頭の中は別のことで回っていて。そのまま雑巾がけを行った結果。


「あだっッ!?」


 勢いそのままに、廊下に置かれた台座にぶつかった。

 台座の上には、壺があり。

「あっ!!」

 台座が衝撃で揺れ、上の壺が傾き、そのまま床に向けて落下。

(しま――)

 その光景をスローモーションで見てるような錯覚を味わいながら、彼女は過去の事を一瞬、頭に過ぎらせる。


 がしゃあんと、音を立て、壺が砕けた。


「――」

 やってしまったと、マリンは放心状態になってしまう。

(みんなの、ために)

 役に立とうと勝手に行動して、勝手に失敗してしまった。その事は、彼女の心にかなりのダメージを与えて。目に、自然と浮かぶ涙。

「なんだ?なにがあった!」

 そんなマリンの背後から、ジン太の声が聞こえてきた。音を聞いて、部屋から出てきたよう。白シャツにズボン姿で、マリンの想像通り汗だくだ。

「マリン!どうした!?」

 自分を見るマリンの目が、涙で濡れていた。それを見たジン太は、慌てて彼女の元に駆け寄る。

「あ……船長……わたし」

 自分の傍まで来た船長に事情を話そうとするが、口は上手く動いてくれず。

「……ごめんなさい」

 ただ泣きながら、謝ることしかできない。

「マリン?……」

 ジン太は彼女から事情を聞くのを諦め、周りの状況を観察する。

「……」

 泣いているマリン、手に持った雑巾、目の前の台座、先程の音。

「掃除をしてて、台座にぶつかって、壺を落としてしまった……のか?」

 ジン太は、自らの推測を口にした。

「一応固定はしといたのになぁ……この(努力を重ねると、幸運が溜まっていくという謳い文句で買った)壺」

 彼女は数秒固まった後、その推測を頷きで肯定した。

「……そうか。それで?怪我はないのか?たんこぶとか出来てないか?」

「う、うん……」

「良かった。何事かと思っただろ!」 

 ジン太は安堵した表情を見せ、マリンの頭を優しく撫でる。

「次からは気をつけろよ?……今回は怪我しなくて済んだけど、な」

 彼の手から優しさや温もりが伝わってくるようで、マリンは更に涙を溢れさせた。

「うおおっ!?やっぱり何処か怪我したか!?」

「ち、違うの……これは……」

 船長の優しさと、それに報いれない自分、そして、過去の傷。様々な感情が混ざり合って、溶けていく。


(――もう、あの時のようなことは)

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