第10話 選択不可
「取り逃がしたか……」
「はっ!!申し訳ありませんっ!!」
「分かった。もう良い。さがって、守備に戻れ」
三階、庭園上の部屋。
高貴な雰囲気が漂うその場所で、向かい合うのは。王と騎士。騎士は王の言によって、自らの持ち場へと戻る。
ばたんと、部屋に扉が閉まる音が響いた。
「ふう……」
ため息を吐きながら、赤いガウンを着た高齢の男が玉座に座る。
その周りには肖像画や、良く磨かれた、勇ましい戦士の像が存在していた。肖像画の人物と、勇ましい戦士、その二人の顔はとてもよく似ている。
それも当然、二人は同一人物。
かつてこの国の王族を救った、英雄であり、リアメルで天の力が崇められている理由。
「……大変ですわね。グスタ王」
玉座の左横に置かれた、高級そうな椅子に座るのは白く華やかなドレスを着た。
「天の使い……わたくしの所為で」
穏やかで温かな雰囲気が漂う女性、フィア。それとは真逆に、顔には悲しみの色が。
「君が悲しむのはおかしい。悪いのは、犯罪者達だ」
その悲しみを少しでも払うように、王は言った。逆効果かもしれない、とも思う。
「それは……」
「天に近づく愚者達に、情けは無用。……レンドとジン太には失望したよ。事前に防げたから、まだ良いが」
グスタは、歯ぎしりをしながら、玉座に置いた右手を握りしめた。
「貢献を積み重ね、結果がこれか。信用していただけに、がっかりだ」
「……ジン太様は」
フィアは、重々しく口を開いた。
「悪い方ではないと、思います。ですから、利用されただけの可能性も……」
酷く、弱弱しい言葉だ。
「……君は、そういう所がジーアに似ているな。自分の感情より、決まりを重視する」
「……」
言葉は途切れ、沈黙が続いた。
「なるべく、温情は与えよう。なるべくな」
「はい。お願いします」
グスタに向けて頭を下げる、フィア。体は震え、顔は俯き、崩れ落ちそうな雰囲気を漂わせている。
「やめないか。頭を下げる必要などない」
そうだ、自分は。
(昔から、そうしてきたのだよ)
天の力。
この国で、崇められる力。二百年前の英雄が、持っていた力。
(子供の頃から、そんな風に育ってきたのだから)
王も、当然ながら崇めている。そう教育されてきた。父も母も、熱狂的な心酔者だった。
それだけの理由なのかもしれないと、悩んだ時もある。あったが、結局のところ、人生に情熱を注げそうなものが其れだけだったのだ。
(英雄祭は今でも楽しい。……この輝きは、まだ)
天の力を授けるフィアは、グスタにとって輝かしいものに見えた。
(そうはいっても、彼女は)
自分をそんな大層な存在だとは、思っていないんだろう。高尚な存在として扱われることを、嫌っているのは分かっている。
(我儘でしかない)
自らの価値観を押し付けて、彼女の自由を奪って、それでもと。
(大事だと思っているから。全てを捧げよう君に)
王は静かに決意する。彼女の盾になることを。
(力は使えないが、【器】はある。天の力を使うための)
器。人間に存在する、力を使う為の土台となるもの。
(器さえあれば、【覇豪の剣】を使って、私もそれなりに戦える)
視界を暗闇で覆い、思考先はほの暗い地下に。
(その為にも、奴から情報を聞き出さなければな。……仲間を裏切った者が、仲間に裏切られて……皮肉な)
王城に聳え立つ見張り塔の、最下層。そこに響く音は、ただひたすら絶望しかない。
「ひっっ!!ひっっひ!!」
薄暗く腐臭が漂う地下室で、暗さを助長させるような不気味な声。
声は地下室にある檻の中から。感じられるのは、ただひたすらに恐怖の感情。
「ひひっっ!?」
後ろ手の状態で、ネズミの足音にすら怯える男。顔は赤く腫れ上がり、腕や足にも暴行を受けた跡。両手と両足を縄で縛られ、檻の中に転がされている。
誘拐計画の実行者、レンドの姿がそこにあった。彼は逃げられなかったのだ。
計画を持ち掛けた、町のならず者の密告によって。
骨は、何本か折られた。だが、それよりも。
体中が、ずきすきと痛む。気になることが。
涙が鼻水が、体の震えが止まらない。
(失敗したんだ。……友を裏切って、才力者にもなれず、何も得られない結果)
そう彼は失敗した。決して失敗してはならないことに、失敗してしまった。
結果、待ち受けるのは最悪の未来。
(拷問されて、公開処刑)
レンドはこの後、情報を吐かすために、拷問されるだろう。
その後は、見せしめのため、公開処刑されるだろう。
場所は、王都の刑罰台。
その時は、祭りになり。
子供好きの商人や。
【いやー!すかっとすんよな!ストレス解消!】
騎士を父に持つ、少女が。
【……の中に入れてね!ぼうぼう燃えて、面白い音!】
楽しそうに、笑っているかもしれない。
【悪の化身だもん!】
【成敗して当然!】
――だが、そんなことじゃない。恐れているのは。
(あの人が、あの人が)
今にもここに来るんじゃないかと。気が気じゃなくて。だからといって、舌を噛み切ることもできずに。
無様に怯えながら、地獄への足音を聞いて――。
「ひっ……?」
その音は確かに、レンドの耳に入り。
否定する思考が、働いて。
それを停止させる、声が入り込んだ。
「――ここ臭いなー!ようっ!レンド!元気にしてたか?飯は、ちゃんと食ってんのか?」
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