第9話 大切
「成程、そんなことがあったのですか」
「そうなんです。だから、わざとじゃないんです。許してください」
がたがたと震えながら、今までに起きた事を説明する俺。俺を見るフィルの目は、なんだか怖い。俺の思い込みなら良いんだが、思い込みであってくれ。いくらお前でも俺をあんな事故を理由に殺そうとはしないと信じてるよああいやまじだよ。
「何を震えているんですか」
「ひえっ!?なんでもないんですよっ!!」
「怒ってないですよ。ええ、まったく。救援に来た仲間に鉄拳をぶつける、素晴らしい船長ですから」
声が普段より、やや冷たい気がする。五℃くらい。
やっぱり怒ってるよなこれ……。後で本でも買って、ご機嫌を取るしかないか。読みたい本があると、さりげなくアピールしてたな、そういや。
(……それにしても)
俺は自分を見る視線を辿って、フィルの斜め後ろの人物に視線を返す。
「……なかなか。でしょうか。変な力を感じますが、それを除くと正直……」
メイド服を着た、少し童顔の女性。彼女は、値踏みするように俺を見ている。気のせいか、がっかりしてないか?顔のせい?
(べっぴんさんだな)
やや切れ長の目に、輝くように綺麗な紫の髪。長身でスレンダー。顔も普通に美人。道を歩いていれば、自然と人の目を引くだろう。
話によると、あの【第零異海】の調査員らしいが……相当、強いんだろうな。
(メイド服の良さはよく分からないが……って、そうじゃないんだよ)
問題なのはこの女性が誰で、何故この場にいるのかだろ。
「私は、夫の友人であるフィル様を助けるためにここにいるのですよ」
考えを見透かされたような言葉を、にこりとした笑顔でかけられた。
なんでだろう。その笑みの奥に、とてつもない荒々しい性質が隠されているように錯覚してしまうのは。
「助ける……ね」
?、フィルの奴が目を少し細めて、ぽつりと呟いた。
「それに、ドルフと友人になった覚えはないわね」
「ご存知でしょうに。彼の友人の定義は、自分が思ったかどうか」
「……とにかく、早くこの場から離れないと」
……確かにその通りだ。べっぴんさんに見とれてる場合じゃない。
俺の周りには、倒れたイケメンと犬が四匹。俺は一応、誘拐の共犯者扱いになっているからな。早く逃げないと、ここにも人が来るだろう。
(マリンは船)
フィルの話によると、マリンは船に戻してきたらしいな。早急に対処しなければならない事態らしいし……船には【もう一人の船長】もいるし大丈夫だとは思うが。
(途中で)
レンドに会ったと言っていた。奴は俺に「すまない」と伝えてくれと言って、去って行ったらしい。話を聞く限り、誘拐には失敗したが、城から逃げることはできたようだ。
「……ところで」
ふと、メイド服の女性、……ウィルさんが。体が冷えるような声を出した。
「そこに倒れてる、イケメ……ンだと思われる方。かなりの使い手と見えますが……」
ウィルさんは仰向けで倒れてるジーアを、見ながら。凍ったような目で、見ながら。
「――ここで始末した方が良いですよね?念の為」
足に取り付けたナイフホルダーに触れ、楽しそうに言った。
そう、楽しそうなんだ。人を殺すことを、楽しそうに語る。常識から外れた、異常な笑み。今にもナイフを引き抜き、ジーアに突き刺すんじゃないかと、思ってしまう。
(怖い)
この人は、危険な人だ。フィルとは、別の方向に。背筋にぞくりと、寒気が走った。
「駄目だ。やめてくれ」
俺はきっぱりとそう言った。正直、怖いけど。
「駄目ですか?……その顔を見るに、かなりこっぴどく打ちのめされたみたいですが」
「これは俺が抵抗したからで……こいつさ、悪い奴じゃないんだよ。お婆ちゃんの手助けとか、する奴で……」
そうなんだよな。レンドの話によれば、困ってる人を放っておけない性格で……こんな俺より、よほど上等な人間だ。
そんな奴をここまでボコボコにしたのは、俺なんだけど。やり過ぎたな、必死だったとはいえ。
「おばあちゃん?」
「……とにかくさ!やめてくれ!頼むよ」
「むむむ……」
ウィルさんは、眉間に皺を寄せ、頬を少し膨らませ、子供のように不満を表した。
「頼む」
こいつも、直ぐには目を覚まさないだろう。と、考えて。
「……言い合ってる場合かしら?さっさと行くわよ」
フィルの助け船。……だよな?とにかくそれによって、ウィルさんは納得したようだ。かなり残念そうだけど。
「よし!行こう!!」
気が変わらないうちに、ささっとな。
ここは三階のようだから……庭園に出て、一階の屋根に飛び降りて……途中で敵に遭遇しても、この二人なら切り抜けられるだろう。
「……フィル」
背中を向け、俺の先を行くフィルに向けて、声をかけた。
「なんですか?」
フィルは、振り返りもしない。
「ありがとな。助けにきてくれて」
嬉しかったよ。
今は、特にな。
「……」
フィルの動きが、少しだけ止まった。
次の呟きは、その間に。
「当然でしょう。貴方は私にとって、大切な存在なんだから」
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