第5話 人形
道は三番・多くの店が並ぶ場。
「かわいいー!!いいなー!!その人形!!」
「でしょう!!」
賑やかな大通りで、二人の少女の声が重なり合う。二人の少女の視線は、一体の猫の人形へ注がれている。
「しかもただで貰っちゃったんだよ!いいでしょ!」
「ええッ!?」
自慢するように猫の人形を見せびらかせているのは、赤髪の少女、マリン。
「もらえた店ってどこなの?教えて!」
そして彼女に羨望の瞳を向けている、百四十ほどの、マリンと同程度の身長を持つ茶髪の少女は。
「どこだったかなぁ?うーん……ごめん少し思い出すね、マリーちゃん」
「お願い!」
マリーと呼ばれた少女は、マリンと並ぶ形で通りを歩いている。
「でも、お父さんはいいの?確かはぐれたって……」
「いいの、いいの、少し困らせてやるんだから!それより早く!」
「う、うん!分かったよ!……うんん」
勢いで気圧され、マリンの疑問はかき消されてしまう。仕方なく思考に没頭することになるが、どれだけ探っても思い出せない。
「……」
「そうだ!フィルさんなら分かるよね!」
マリンは後ろを振り返り、退屈そうに二人の少女を見守るフィルに問いかける。
「……忘れたわ。そんなことより早く船に戻らない?」
「だーめッ!!もっと見て回りたいし、マリーちゃんとも仲良くなったのに!船長にもらった銀貨もまだあるし……」
フィルの希望をマリンは断固拒否し、フィルは肩を少し落とした。
「……はあ」
ため息を一つ。どう見てもフィルは退屈しきっている。
「フィルさんも、もっと楽しもうよ!折角の新しい島なんだし!」
「……楽しむ?」
言われて彼女は、興味の光が失せた目で周りを見渡した。
彼女の目に映る、人々の様子、町の様子。
「楽しむ……」
どれだけ見ても、光が灯ることはない。
「無理ね」
「無理っ!?なんでっ!?」
マリンは、信じられないという風な声を出した。
「こんなに賑やかで、色々な物があるのにー!」
「貴方とは感性が違いすぎるのよ」
そう言うと隣の何もない空間を、横目で見るフィル。
「……ふう」
少し寂しげにため息をこぼし、彼女は目を伏せた。その様子から、マリンは心中を察した。
「……もしかして、キャプテンがいなくて寂しいの?」
「……退屈の方が近いわね」
「でも、寂しい気持ちもあるんだよね。ていうか、船長がいないから落ち込んでるんだよね?……ほうほう、なるほど」
マリンは若干、意地が悪い笑みを浮かべた。
「なんだ!フィルさん船長のこと好きなんだね!」
「好き……ね。どうかしら」
フィルは考える。自分の、あの船長に対する気持ちを。改めて考えてみる。
(いないと、退屈な気持ちが胸を満たす。それは間違いない。けれど、好きかと言われると)
どうなのだろう。自分自身にもよく分からない。そもそも好きだったとして、それは人間が抱くまっとうな好意なのだろうか。
(そう、例えば――)
フィルはマリンが持つ人形を見る。
(人形や玩具に向けるような好意)
「――それでね!!お父さんったら酷いんだよ!!」
「苦労してるんだねー、マリーちゃんも」
少女二人のトークは続く。話題はマリーの父親について。
「ふあぁあ……」
フィルは二人の後ろを歩きながら、退屈そうにあくびをした。
「いっつも、修行だ特訓だって言って、あんまり構ってくれないんだから!誕生日パーティーに遅れてきた時は、怒って顔面にジュースぶっかけちゃった!」
「酷いなー!あっ!もちろんお父さんがね!」
「そう思うでしょ!なんで遅れるかなッ!?鍛錬に熱中しすぎたってなにッ!?」
マリーは不満満々といった調子で、マリンに愚痴を聞いてもらっている。それに対するマリンの共感数値は急上昇中。
「……はあ、どうしてそんなに努力するのかな。それって家族との付き合いより大事なものなのかな」
肩を落とし、深いため息を吐くマリーの姿は、確かな悲嘆が表れていた。
「マリーちゃん……」
悲嘆が伝染するように、マリンの顔が曇る。
「……うーん」
どうにかできないかと。考えてはみても、そんな都合良く良い考えは浮かばない。
(わたしの頭じゃ……それなら)
そう思って、後方のフィルに目を向けようとしたその時、前方から声がかかった。
「おおーい。マリー!見つけたぞ!」
かけられた声は安堵と心配が混ざり合った、男性が発していると思われるものだ。
「げ!もう見つかった!」
マリーの表情は瞬時に苦い物に変わり、急いでマリンの後ろに退避した。
「え?なになに?なんなの?」
突然身を隠すように、自分の後ろに移動したマリーの行動に混乱するマリン。彼女はこの状況の原因であろう声の主を捜した。
「ここだよ!ここ!いやー、結構探したな!」
小走りで近づいてきたのは、がたいの良い中年男性。短髪の茶髪を風で揺らしながら、顔には少し汗が浮かんでいる。
「ぜー、はー、いやぁ……この程度で息切れを起こすとは!私も衰えたかぁ……」
少しとろそうな印象を受ける謎の男は、マリン達の目の前で両膝に手をつきながら、乱れた呼吸をととのえようとしている。
「あ、あのーどちらさまでしょうか?もしかして」
「あ、うん。そのもしかしてだと思うなぁ。……君達がマリーの面倒を見てくれたのかい」
男は息をある程度整え、マリーに付き添う二人を見た。
「えーと、君達は……ほう?」
男は値踏みをするように、マリン達を見た。正確には、フィル一人を。
「君は……中々、やるようだね。奴と同じ雰囲気を感じるよ」
ぽつりと、呟き。その目はとても真剣で、一人の武人のもの。
しかし、周りがどう捉えるかは別問題で。
「……最低」
「そういうのは駄目だよ!」
二人の少女の軽蔑の視線が、男を襲う。
「ええっ!?なんかぁ、勘違いしてないかい!」
男は両手を振り、否定の意志を必死に示した。
「浮気は駄目だよ!お父さん!」
マリンの肩から顔を出し、批判の言葉を放つマリー。
「浮気ッ!?違うって!私は妻一筋で!家族一筋だ!」
「……家族一筋?」
マリーの瞳に暗さが混じり、顔をマリンの背中に引っ込めた。
「ちょっと!?マリー!本当に違うんだよ!」
「うるさい!言いわけなんかしないでよ!」
「ちょちょっと!マリーちゃん!」
背中越しに言い合いが始まったことで、少し息苦しい状態になったマリンと、状況を関心のなさそうな目で見るフィル。通り過ぎる人々の微妙な視線が、それなりにあった。
「とにかく、落ち着いて!」
マリンは制止の声を上げた。
「あっああ、済まないね。……名乗りがまだだったね。それも済まない」
男は済まなそうに頭を下げ、それから背筋をきっちり伸ばし、遅れて名乗りをあげた。
「私の名前は、クリス。知っての通りマリーの父親で、この国で騎士をやらせてもらっている」
クリスは、誇らしげにそう言った。
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