第4話 神聖なる場所

「……アァ」

 よろよろとした足取りで、男はその森に入ってきた。

「ァ」

 目は虚ろで、焦点が合っていない。

「……」

 入って数歩ほどで、男の体は力を失い、倒れる。

「……」

 自分と他人の血が付着した服は、悲惨さを物語り。

 さっきまで聞こえていた嫌な音は、もう聞こえない。


 ――遠くの方で、悲鳴と怒号が鳴り響いていた。


 ×××


「ここが、本来の目的地ってわけだ」

 町の端。少し草が生えているぐらいで、人気がない殺風景な場所。近くには森があり、そこに生息する猿は【才獣】になってしまう時がある。

 俺の目の前にはそれなりに大きな石造の建物。建物はコケや破損が目立ち、古い建物なのだと思わせた。

「入るぜ」

 俺は木のドアをノックして、金属製の丸いドアノブに手をかけた。

(神聖がどうので、本来なら入れない場所。……フィル達は置いてきたが……問題ないよな)

 ドアノブを回し、ドアを開け放つ。

「……やっ!ようやく来たかジン太っ!」

 ドアの向こうに広がる空間は、木のテーブルとセットで二脚の椅子が置いてある、簡素なもの。部屋の奥には、赤塗りの意味ありげな扉。

「待ちくたびれたよ!それじゃ、行こうか」

 そして、目の前に立ち気さくな表情を見せている男。なんともいえない奇妙な色合いをしてるローブを身にまとった、百七十程度の俺と並ぶと目立つ、長身で屈強な肉体を持つこの男こそが。……しかし本当に奇妙だな。昔からそうだが、俺の着ている普通の色合いのローブが無個性に見えてくる。

「【天の使い】様の所へ」

 ぼさぼさの黒髪を持つこの男こそが、リアメルでの俺の友人、レンドだ。


 彼との出会いは、数年前。

 妙に蒸し暑い島での事だ。森を歩いていた俺、十分ほど経った頃、宙に謎の物体を発見し。

 初めて見た奴は、太い木の枝に巻かれたロープで逆さづり状態だった。

「いやっ!たすかったっ!」

 とある島で冒険中に、その土地の住民に捕まって処刑されそうなレンドを、成り行きで助けた。……その時は気分が良くて、まっ、大丈夫だろうと調子に乗って、慣れない人助けをしてしまったんだ。まさかあんなことになるとはな……。

「いや、訳も分からず捕まってね。主への生け贄だとかなんとか」

 別に、悪いことをした訳ではなさそうだ。

「おれは旅が好きでさ」

 旅が好きだと語る男。気が合うなと思った。

 長期的な休みができたので、旅をしていたという。

「くそッ!しつこいなッ!」

 追いかけてきた。大量の島の住民。

 半裸で槍を持っているだと。普通に命の危機じゃん。

「やっぱ、助けなきゃ良かったァァァァッァ!!」

「ええぇぇ!?」

「そっちは、任せるっ!」

「……おう!!」 

 そして、俺も助けられた。俺達は、協力して危機を越えたんだ。

  

 何度かの交流を経て、今に至る。

「――ジーアか。あいつは……うん、悪い奴じゃないんだが。あんまり努力しないというか。そんなにしなくても、できちまうっていうか。割と遊んでる時が多いな」

「けっ!だろうと思ったぜ。正直、あんな天才様に平等とか言われてもな、って奴もいるよな、きっと」

 そうきっと、落ちこぼれを見下している。

 見下しながら、あのお決まりの言葉を口にするんだろう。

「……本当にああいう人種が嫌いなんだな」

 人気のない森で、俺は愚痴を吐いていた。

「でも本当に悪い奴じゃないんだぜ。荒れた川で溺れた子供を助けたり。お婆ちゃんの手助けしたりさ。義務関係なく、困ってる人を見ると助けたくなるみたいだ。それに騎士として、凶悪海賊団の討伐っていう大きな成果も残してるし。だから好いてる人は多いよ」

「典型的な善人だな。おい」

「元々はゲルバ家って貴族の館で、使用人として働いていたみたいだ。平民の両親に捨てられてとかなんとか聞いたから……苦労もあって、あんな性格なのかも」

 手助けはともかく、子供の救助はどうだろう。場合によっては、俺は動けないかもな。ま、別に善人って訳じゃないし。

「けど、優秀すぎるから嫉妬も多いし、よく思わない人もいる。いつも爽やかだが、結構溜めこんでると思うな」

「優秀すぎるから、ね」

 ……それでも俺は、凄い才能を持ってる方が良いと思う。

「……しっかし、いきなりは会えないか。この国は、本当に才力を神聖視してるな……」

 数百年前、この国に突如現れた凶暴な才獣。そいつを一人の才力者が退治し、国を守った。

 天の力が崇められている根本は、それらしい。最早、狂気すら感じるレベルだが。

「まあねー。毎日、英雄に感謝する習慣があるぐらいだし。関係を持つ国の、盗賊退治の功績が認められたとはいえ。……ついでにみたいな頼み事さ。成果報告は後でも良いらしい」

「才獣退治ね。大変そうだ」

「強くはないが、それなりに厄介な存在でね。作物を荒らされたり、民が怪我をしたり……」

 俺達は、建物近くの森を探索していた。理由は、【才獣を退治するため】。

(才獣……)

 才力が宿った獣。特殊な変化を起こした動物達。大体が元より強くなるが、今回は違うようだ。

「弱くなった猿ね。弱い物いじめは好きじゃねーんだよなー」

「はははは、油断は禁物さ」

「俺もさーそれなりに強くなったからなー」

 木々の間を歩きながら愚痴をこぼす。早く彼女に会いたいのに……。

「おーい早く出てきてくれー。さくっと瞬ゴロしてやんよ!」

 こんな事に使う体力が惜しい。ささっと終わらせたい。

「そんな事いってると……」

 なんだよ?

 ん?なんか上方でガサって、


「!上かっ!!」

 俺は即座に反応し、木の上から奇襲を仕掛ける猿に華麗にパンチをお見舞いして――。


「――どおッッ!?」

 奇襲を受ける体。

 夢想はバリンと壊れた。反応できるかぁっ!ちくしょうっ!

 背中にのしかかる、重圧。そのまま地面に押し倒される。

「なにィぃいい!?」

 小物くさいリアクションをしてしまった……!俺は俯せのまま、のしかかる何かを左腕で払いのけようとする。

「くそっ!」

 そのままもみ合い発展、俺は仰向け状態になり、のしかかる襲撃者の姿が視認できた。

「さるッ!?」

 襲撃者の顔は、赤い猿。小さいが、この力は……。

(赤い……赤(レッド)の猿獣(グノリタ)。【一点特化型】の才獣!やっぱり!)

 才獣にはいくつかの型があり、身体の色で、どの型か判断することができる。

 一点特化型は、いずれかの能力が突き出る代わりに、他の能力が落ちる……って分析してる場合じゃない!

(こいつか。しかし、弱くなったって)

 俺の左腕を掴む、猿の右手。

(いてえええええええッ!俺より力強いなッ!!舐めていたッ!!)

 普通に俺より強い。それが分かって俺の体は、どんどん冷たくなっていく。

「た、助けてくれェェェえええ!!」

 見事な救援要請!助けてくれ友よ!!

「瞬ゴロ」

「調子乗ってました!すいません!!助けをおお」

「……へたれ」

 レンドはそう呟くと、のしかかった猿を右足で蹴り飛ばした。

 見事な横蹴り。

「無事か?」

「いててて。一応な」

 俺は起き上がり、猿が吹き飛んだ方を向く。

「ぐぎいい……」

 警戒音らしき声をだし、いまにも突進してきそう。猿はどうやら警戒態勢、上等だ。

「やってくれたな……俺の隙をつくとは」

「隙だらけだったろ、君」

 突っ込み止めて!情けない気分に!

「それじゃ、覚悟しろよ!」

 俺は両拳を顎の前方に構え、戦闘態勢に入る。

 猿が襲いかかってきたのは、それと同時。

「きっきききー!!」

 山なりに、俺の方に飛びかかってくる猿。凄いな!跳躍力!

「もらった!」

 さっきは不意打ちでやられたが、まともに戦えばお前なんか。

(それに今は――)

 レンドがいる。何度かコンビで戦ったことがある友が。

「ふんっ!!」

 俺は上から襲い来る猿に向けて、右アッパーを放つ!

「ききぃいい!!」

「!?」

 それに両腕を絡めて、するりとすり抜けるように回避する敵。


 直後、敵の脳天に衝撃が走った。


「うぎゃや!?」

 見事な上段蹴りが、頭に直撃。

 猿は珍妙な声を上げて俺の腕から滑り落ち、地面に落下した。

 ここまで綺麗な蹴りは中々見ないな。鍛錬の跡が伺える。

 俺達のコンビネーション、中々だ。少し衰えたが、それでも満足な成果だった。 やはりこいつとは息が合うな。

「やったな!流石だぜ!」

「うん。嬉しいよ。本当に」

 レンドは、目を閉じながらそう言う。大袈裟だな。そんなに感激したのか。

「……かなり疲れてるなジン太。体力なくなった?……猿と争う前に、疲れてた様子だったが」

「わけないだろ。これは、別の修行の所為だ」

 俺は息を切らし、汗を流していた。いつもの癖で、平行してイレギュラーを鍛えていたためだ。

 

 壁を越えようと、何度も何度も挑む行為。心と体に、遠慮なく苦しみを与えていく。今では、それが当たり前になっている。


【――無駄なこと。ではない】


「だろうね。君がそれは、ないな……君と過ごした日々が、思い返せる」

 ぽつり、と。

「あの時、助けられ。おれは運が良かったのか」

 静かに。

「おれは、君に伝えたかったことがある」

 響いた。

「……なんだ?それ」

「……いや、事が終わったらね」

「そうか。まっ、期待しないで待つよ」

 なんだろな?金を貸してくれとかか?

 

「早く檻に入れよう……じゃ、今度こそ本当に向かおうか。天の使い様の元へ」

「おうよ。いよいよかっ」

 報われる時が来た。

 頑張った分、成果が出るんだ。

(泣きたくなる日々を越えて、笑顔の日に)


 ――無駄な努力なんかじゃ、ないよな?

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