第40話 新計画
「アリア、説明をはじめてくれ」
「喜んで! まずはねー、計画変更に至るまでの経緯を話していきたいと思いまーす。きっかけはね、タッくんとレアくんの話なのよん。君たちは、エクシスを使ってマクスウェルの悪魔を倒す事を、いたちごっこと言い表した」
そうなの? とレアが小声で聞いてくる。そうか、レアにはその会話をした記憶が無いんだ。
ああ、そうだ、と囁くように返す。こういう時はサラッと何でもない風に話すのがマナーだ。
「廻るんだ。記憶は廻る。ウロボロス。循環……」
「待ってくれアリア、抽象的過ぎてよく分からない」
「今から具体的に言うとこだったの! つまりね、エクシスに捧げられた記憶こそ、新たに生まれてくるマクスウェルの悪魔の材料ってコト」
「っ! そんな、そんなバカな」
身体がその事実に拒否反応を起こす。正直、信じたくない。だが、悪魔研究の第一人者のアリアが力強く言うのだから、本当の事なのだろう。
俺の横で聞いているレアの様子を窺う。普段通りの無表情で動揺している様子は無い。流石だ。
俺は、震え出しそうになる手を押さえるのに必死だ。
誰よりもエクシスに記憶を捧げ、悪魔と戦ったという自信があった。
その分、俺の記憶は悪魔を作り出していた。アリアが言った事は、そういう事なのだ。
顔色が悪くなっているだろう俺を見て、アリアが慌ててフォローするかのように話しはじめた。
「タッくん、そう落ち込むことはないよ。この循環は大昔から続けられてきた事なんだから。人類はずっと繰り返してるんだ。悪魔が出現する。神楽石を使って倒す。悪魔が出現する……それが一定周期でこの世界を廻る。今現れている悪魔は過去の人間の記憶、現代の人間の記憶から生まれているんだ」
全くフォローになってない。
が、そんな事は関係無く、いつまでも動揺している訳にはいかない。アリアが解明した事すべてを、知りたい。知らなければ。
「なんで、そんな事が分かったんだ」
「決め手はタッくんに起こった記憶の逆流現象だよ。何度もエクシスに記憶を捧げ、何度も悪魔に記憶を奪われているタッくんだからこそ、いつかは起こるんじゃないかと思っていた。それでも起こる確率は限りなく0に近かったんだけどね」
「俺だからこそ?」
「そうさ。エクシスに捧げている記憶の量が多いタッくんは、それだけ多くの悪魔を生み出している。その分、タッくんの記憶によって生み出された悪魔が戦場でタッくんと遭遇しやすくなる。記憶は持ち主に還りたがるというボクの仮説は正しかった!」
テンションが上がり、イスに乗ってクルクルし出すアリア。
「エクシスから捧げられた記憶が悪魔に……そしてその悪魔を構成している記憶の持ち主と接触した場合、記憶の逆流が起こる……記憶を取り戻す方法が判明した、という事なのか?」
「残念ながらそうじゃないのよん。どの悪魔が誰の記憶からできているか解明する事は今の技術じゃ不可能。そんな技術が完成した頃にはもう全人類の記憶は奪われた後だろうねー。自分の記憶を求めて悪魔に突っ込んでも回帰しちゃうのがオチ。日々悪魔は生まれ続けているから、自分の記憶と出会う事はほぼ無いね。エクシスによって倒された悪魔の中にあった記憶は消えちゃうし」
マクスウェルの悪魔とエクシス、想起兵との関係。
思いもよらなかった事実に、頭を棍棒で殴られたかのような衝撃を受けた。
今も脳みそが沸騰しているかのような、はたまた氷漬けにでもされているかのような感覚に襲われていて吐きそうだ。
動揺を押し殺してアリアの話を聞こうとしたが、考えないようにすればするほどソレは頭に浮かんでくる。
俺は世界を救いたくて、その一心で誰よりも懸命に戦い続けてきた。本能に従うように、ただそれだけに集中してきた。
そんな俺が、誰よりも多く悪魔を生み出していた。
動機が激しくなり、呼吸が荒くなっていく。
その時、隣から伸びてきたほっそりとした腕が、手が、俺の背中を優しく撫でてくれた。
大丈夫。
そう一言、ギリギリ聞き取れるくらいの声量で俺の耳に届いた言葉が、動悸と荒い呼吸を鎮めてくれた。
ありがとう。もう平気だ。そう答え、深呼吸を一つ。
レアの今後に関わる計画についての話がもうすぐはじまるはずなんだ。自分の事ばかりに囚われるな。言い聞かせて心の波を穏やかにしていく。
もう平気だと言ったのに、まだレアは背中をさすってくれていた。摩擦熱だけではない温もりを感じ、落ち着きを取り戻していく。
アリアを見据えて、俺が思った事、感じた事を口に出す。
「……それじゃあ、ジリ貧じゃないか。奪われた記憶を取り戻す事もできず、エクシスで悪魔を倒してもそのエクシスがまた悪魔を生む……ゆっくり、確実に世界は蝕まれていくだけじゃないか」
俺がそうこぼした瞬間、クルクル回っていたアリアは急に足を力強く床に叩きつけて立ち上がり、右手でパチンと指を鳴らしながらウインクをしてきた。
「そう! ボクたち人類はゆるやかな死、繰り返される悲劇をただ受け入れるしかないように思われた……が、しかーし! このボクが! 君たち二人の力を借りて! 人類を救済する計画を実行する! 待たせたね! 今から計画の概要を説明する!」
無駄に白衣を翻しながら、アリアは机の上を何やら操作し、俺たちの前に空中投影ディスプレイを出現させた。これを使って説明するのだろう。
そこに映し出されたのは、殺風景な山岳地帯。
「ここはね、神奈川県の厚木市にある山岳地帯でねー、以前から異常に悪魔出現率が高かったんだよ。だからこそ住居が一つも無い訳ね。ボクはそこにマクスウェルの悪魔の巣みたいなものがあると断定した」
「巣? ただ山があるようにしか見えないが。もしかして地下、あるいは空中にあるとか?」
「ぶっぶー、ざんねーん。ディスプレイに映っているまさにそこにあるのでーす。唐突に出現し、忽然と消える悪魔の居場所。それはこの山岳地帯の、別空間にあるんだよ! 別次元、異世界、同じ座標に存在するこことは違う世界が!」
「にわかには信じ難い」
「だろうね。でもあるの! まあ実際に行ってみないと分からないけど、計測データ上では存在するの!」
「じゃあ存在すると仮定して、一体どうやってそこに行くんだ?」
そう質問すると、アリアは先ほどからのニヤつきをさらに広げて、指先でアリアの前に出現していた小型ディスプレイをなぞった。
次の瞬間、俺とレアの前にあるディスプレイで動画が再生される。
その動画は、俺が『福音』を投与してエクシスを使った実験だった。
「タッくんだよ。タッくんこそ異世界への扉を開く鍵なのさ。この実験はね、空間の膜、次元の膜を斬り裂く実験だったのさ」
「俺が、鍵?」
「そう! タッくんの、エクシスの斬れ味を通常有り得ない域まで到達させるっていう能力を、限界を超えて使用させる。すると、悪魔が住んでいる別次元、この世界のすぐ隣に存在するもう一つの世界と、ボクたちが存在しているこの世界とを隔てている膜を斬り裂き、一時的に二つの世界を繋げる事ができるんだ! これはもうすごい発見だよ! タッくん生まれてきてくれてありがとう!」
「……俺にはそんな事ができる能力が備わっていたのか」
実験の時に感じた、空間の揺れは、そういう事だったのか。きっとあの時ほんの少しだけ異世界への扉を叩いたんだ。
「でね! 記憶の逆流現象と過去の膨大な資料によって、特別な神楽石の存在が示唆されたのですよ! その神楽石は地球上に存在するどの神楽石よりも大きいものでね。便宜上『大神楽石』って呼ばせてもらうんだけど、その大神楽石こそ、エクシスに捧げられた記憶の行き着く先なんですよこれが! と、いうことはですね! 大神楽石こそマクスウェルの悪魔を遙か遠い昔から生み出し続けていた張本人なのだー!」
興奮気味に早口でまくしたてるアリアの話を頭の中で整理する。
神楽石からできているエクシスに記憶を捧げる。その記憶は別世界にあるという大神楽石に集められ、そこから悪魔が生み出される、と。
「もしかして悪魔の巣っていうのは、その大神楽石がある場所なのか?」
「ご明察ぅ! 悪魔の出現率が高いのはズバリそういう事! 大神楽石があると思われる座標を『マクスウェルの庭』って呼ぶことに今決定しました! 今回行う新計画はフェイズ1とフェイズ2に分けられる。フェイズ1は、タッくんが次元の膜を斬り裂き、そこから超強力な爆弾を積んだドローンを突入させて、大神楽石を破壊するというもの。大神楽石を破壊すれば、未来永劫、新たにマクスウェルの悪魔が生み出される事はなくなる! そう、この世界を蝕んでいる呪いを根本から断つ事ができるんだ!」
「それなら、レアが犠牲にならなくてもいいんじゃないか!?」
思わず大きな声を出しながら立ち上がってしまった。
流石アリアだ。やはり希望は残されていた。これでレアは助かる。残酷な運命から逃れられる。
カッと熱くなった俺を抑えたのは、アリアでは無く、レアだった。
いつも通り完璧な無表情で俺を見上げながら袖を引く。
「タクト、それは、無理」
「どうして?」
「新しく生まれる悪魔がなくなるだけで、既に今、別の世界にいる悪魔は消えない」
レアの澄み渡っているサファイアの瞳は一切揺れる事なく。
「レアくんの言う通りさ。供給が止まるだけで、製造された分は消えない。残った悪魔を掃討するのがフェイズ2。レアくんを別次元に送り込み、その記憶をもってして悪魔たちを討滅。これが新計画の全貌だよー」
俺はレアに袖を引かれるまま、イスに腰を降ろす。
どっちにしろレアは、この世界のために犠牲になってしまう。
この世界の未来を創るために。
計画改訂は、人類にとっては喜ばしい事なのだろう。
期待してしまったばかりに、ショックが大きい。
うなだれる俺の肩に、レアの手が乗せられる。
レアの方を向くと、先ほどと同じ瞳とぶつかった。
「いいの。タクトが悲しまなくて、いいの。わたしは悲しくないから」
なんだ、俺、悲しんでいるのか。
未だに他人のために悲しむ事ができるのに驚く。この悲しみは俺が勝手に感じているもので、レアにとっては迷惑かもしれないのに、鈍感になれない。
「アリア、どうしたってレアの記憶を使わなきゃならないのか?」
するとアリアはのんきな表情を引っ込めて、声音も低くし、目を眩しそうに細めた。
「……タッくん、変わったね。ここ三ヶ月間で急に。でも、そんな懇願するような目で見つめても、ボクは応えられないよ。レアくんは絶対に外せないピースだ。タッくん含む地球上の想起兵を全員集めても、残った悪魔は倒しきれない。物理的に不可能な量でね。レアくんには悪いけど、この世界のためなんだ。避けようがない事なんだ」
「……お前がそう言うんだから、その決定は、覆せないんだろうな」
「ちなみに言うとね、タッくんの記憶も大幅に失われちゃうんだ。次元の膜を斬り裂くほどにまで能力の強化を行うには多量の『福音』を摂取しなければならないから」
「それはかまわない。この世界を救うためなら本望だ」
本当は、失いたくない記憶もあるのだが、レアが覚悟を決めているのに俺だけそんな事は言い出せない。
「ボクだって心苦しい。できるならボク自身で終止符を打ちたかった。けれど実際問題それは不可能。だから、タッくんとレアくんの二人に協力してもらうしかないんだ。大丈夫、安心するといい。君たちが支払ったもので必ずこの世界を救ってみせる」
俺とレアの記憶で救済できるとしたら、地球規模で考えれば最善としか言いようがないだろう。
そうさ、悪魔を倒して世界を救うんだ。そうすればこの本能のような衝動も消える。
「これで、いいの」
隣でレアがそう呟くのが聞こえる。
「ああ、そうだな」
そう言うしか、なかった。
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