第39話 救世前夜
タクシーが到着し、荷物を後ろのトランクルームに積み込んで、今一度屋敷を振り返る。
ここで過ごした三ヶ月間。色々な事があった。それらが走馬燈のように脳裏に浮かぶ。
またここに戻ってくる事はできるだろうか。
なぜだろう、それは無いような気がした。
レアも俺と同じように感慨に浸っているのだろうかと横を見たら、そこには誰もいなかった。レアのやつ、荷物を積み込んでそのまま車に乗り込んだんだな。
レアはもうここに四年間も一人で過ごしてきたはず。
「レア、もう一度屋敷を見ておかなくてもいいのか?」
「いい。どうせ、明日には全部、忘れてる」
「……そうか」
悲観的になっている、という感じでもなさそうだ。
それが逆に、寂しい気持ちにさせた。
レアには執着が無い。この世界で生きる事を諦めてしまっている節は最初会った時からそんなに変わっていなかった。
だから、自分が生け贄になるような計画でも受け入れられたのだろう。
俺もきっと、マクスウェルの悪魔を倒すためだったら、この身を捧げられる。そういう意味で俺とレアはよく似ている。
ドライバーがいない車内で、俺とレアはそれぞれ流れゆく風景を眺めながら大半の時間を過ごした。たまに雑談まがいな事もしたが、いつも通りその時間は短かった。
そんな風にぼーっと時間を消費していたら、もうアリアの研究所に着いていた。
いつ悪魔に襲われても対処できるようにエクシスに手をかけていたが、悪魔は現れなかった。
荷物を輸送ロボットに預け、迷路のような研究所内をレアとはぐれないように進んでいく。
レアは花だけは自分で手渡すべく持ってきていた。何かのコードで転ばないように注意しなきゃな。
最短ルートをなぞりつつ歩く事数分。
アリアの書斎の前に着いた。
中からは音が聞こえない。部屋にいないのか、それとも何か悪巧みでもしているのか。
念のため片腕でレアを庇いながら、慎重にドアを開ける。
その瞬間、けたたましいクラッカーの音が耳に突き刺さった。
「ようこそ、救世主諸君! よく来てくれたー! 今日は救世前日! 派手にいこーう!」
「「…………」」
俺は無言で、ご丁寧にパーティ帽子まで被っていたアリアに近づいていき、帽子を外す。
「ちょ、何するのさー」
「そういうのはいいから、早く本題に入ってくれ」
正直、アリアが考えた新しい計画の概要を知りたくて仕方が無い。余裕がある時はこいつの茶番に付き合ってやれるのだが。
「冷めてるなー冷めてる若者だなー。もっとパッションを溢れさせていこうよーパッションをー」
「知るか」
「ん、レアくん、その手に持っているのは何だい?」
俺との会話に飽きたのかレアにターゲット替えをするアリア。
「花。パンジー。あなたに預かってもらいたくて」
「ボクがかい?」
「政府の人間はその義務があるはずだぞ。記憶消失した場合に引き渡す、荷物の預かり制度」
「ああ、そんなのもあったね。でも花なんてすぐ枯れてしまうだろう? それだったらドライフラワー、または押し花なんかにした方がよくないかい? どれだけ丁寧に世話しようと、この花をレアくんに渡す頃には枯れてしまっているかもしれない」
言われてみれば確かにそうだ。花にも寿命がある。それならずっと残しておける形態にした方が良いのかもしれない。
レアはどう答えるだろう。
「……ドライフラワーにも、押し花にも、しない」
「どうしてー?」
「ずっと残らないから、良いの」
「ふーん。そういうもんかねえ。うん、分かったよ。君の意思を尊重しよう。プラント保管エリアで厳重に管理するとしようかね」
「たまに日の光を浴びさせてあげてね」
「善処しよう」
ずっと残らないから良い、か。
有限だからこそ見いだせる価値。
終わりがあるからこそ、切なく、愛おしくなる。
ダメだ。どうも感傷的になっていけない。こんなんじゃ明日レアを送り出す事なんてできないぞ、俺。
「そういう事だ。頼んだぞ、アリア」
「おや、タッくんもこの花に思い入れが?」
「……まあな。さあ、そろそろお前が考案した新計画について、聞かせてくれ」
「そうだよそうだよ! 今日のメインディッシュ! ボクが考えた天才的な計画について説明しようじゃないか! いやー苦労したよ。上のやつらを納得させるのは。あ、この計画は他言無用でね。混乱させないように極一部の人間にしか知らされてないから」
「了解」
「……天才的な計画って?」
レアは計画の変更がある事を知らない。ここで今日この研究所に来た本当の理由を話しておかなければ。
「あのな、レア。実はこのアリアとかいう頭のイカれた研究者が新しい計画とやらを思いついたらしくてな。それを今から説明してくれるそうなんだ」
「そう。分かった」
「タッくん、なんだか発言にトゲを感じるよ。コホン。そんなワケで今から新計画について長々と話していきたいと思いまーす!」
「手短に頼む」
「しーかたがないなー。じゃあなるべく端折って話すね。なるべく」
アリアの端折るは端折ると呼べないレベルのものだろうから期待はしないでおこう。
「座ってもいいか?」
「おっと、これは失礼。そこのイスを使いたまえー」
話が長くなるなら座っておきたい。最悪俺はいいがレアを立ちっぱなしにさせておくのは気が引けた。
アリアの西洋風な自室にぴったりのイスに座る。
ニス塗りされて光沢のある、チョコレート色の木製部分。下半身がずっしりと沈み込む柔らかな赤いクッション。座り心地は抜群だ。
俺とレアはイスを並べて座り、対面にある大きな机を挟んでアリアと向かい合う。ようやく話す体勢が整った。
今から新計画の説明が行われる。
どうか、レアにとって救いのある計画でありますように。
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