第29話 質の良い記憶
※※※
「レア、俺がやつを受け止める! もうやつは軌道修正できないだろうから、できるだけ俺から離れろ!」
タクトにそう言われ、わたしは走り出した。
素直に指示に従わないと迷惑をかけてしまう。
わたしはハヤブサ型の攻撃が当たらない、且つ群からある程度離れた木陰に移動した。
様子をうかがうと今まさにタクトとハヤブサ型が交戦しているところだった。
苦戦している。どうやらいつもの力が発揮できていないようだ。
このままじゃ、地上から迫って来ている悪魔にタクトが喰い尽くされてしまう。
悪魔はわたしに誘引されているとは言え、近くの獲物を襲わないテは無い。
またわたしのせいで、大切な人の記憶が奪われる。
タクトがわたしと過ごした一ヶ月半を忘れてしまう。
そう考えた時にはもう身体が動きはじめていた。
走るのに邪魔だった長いスカートはエクシスで切断。
エクシスは警報が鳴った時、とっさに持ってきた。
戦い方は本で読んでいたから知っている。
血と記憶を捧げてエクシスを起動。
身体の中から記憶が引き抜かれる感覚とともに、能力が発現した。脳が自然にその能力を認識する。
運動神経が良いとは言えないわたし向けの能力だ。
これで戦える。タクトを助けられる。
タクトに群がっていた悪魔を一掃した後、共闘。
タクトを助けられる。一緒に戦う事ができる。それが楽しくて、嬉しくて、誇らしくて。
記憶を失い過ぎて感情の起伏が小さくなっていたはずなのに、タクトといるとこんなにも揺れる。
だから、タクトの後ろから迫ってくる悪魔が見えた時、躊躇無く突き飛ばすことができた。
マクスウェルの悪魔は実体が無いため音を立てない。察知するには視認するか気配を感じとるしかない。わたしが気づけたのは単なる偶然だ。その偶然にどれだけ感謝した事か。
突き飛ばした時のタクトの驚いた顔、ちょっと面白かったな。
タクトならきっと残りの悪魔を倒してくれる。
わたしはタクトの記憶を守る事ができたんだ。
自然と笑みがこぼれたような、そんな気がした。
タクトの前で笑顔を見せられたらどれだけ良いだろうと思って何度も練習したけど、今まで一度も成功した事は無かったのに。
タクト、ちゃんと見てくれたかな。
記憶を喰われて遠のいていく意識の中で、それだけが気がかりだった。
※※※
俺は普段通りきっかり六時に目を覚ました。カーテンを開け朝日を浴び、体内時計をリセット。寝間着から普段着に着替え、朝ご飯を作るべくリビングへ向かう。
その一連の動作の中でさえ、昨日の出来事が頭から離れない。
レアが目を覚ましてすぐに俺はアリアによって自室に向かわされた。当初の予定通りレアにどの程度の記憶が残っているかチェックするためだ。
俺は何だかよく分からない気持ちのままベッドに腰掛け、アリアの報告を待っていた。
レアの記憶が失われたのは、俺のせいだ。
護衛するのは俺の方なのに、守られてしまった。
この、心臓が締め付けられるかのような感覚は、任務を完璧にこなせなかった事からきているのか、それとも。
それとも、なんだと言うのだ?
俺とレアはあくまで任務のために関わっているだけ。面識があったわけではないし共に過ごした時間もまだ一ヶ月半ほど。悪魔のいない世界になったら夏祭りに行く約束をしたが、それだけだ。
俺とレアの関係性は特殊で、一言では言い表せない。
想起兵になってから他人を遠ざけ、なるべく一人でいるようにしてきたせいか、鈍くなってしまっている。相手に対しても、自分に対しても。
「タッくん、入ってもいいかい?」
それから俺の部屋でアリアからレアの記憶についての報告を受けた。
レアの体質のおかげで普通の人間が第四番に奪われる記憶量より少なく済んだそうだが、それでも残りの記憶量が少ないレアにとっては大きな痛手となった。
失ったのは知識方面の記憶ではなく思い出の方面の記憶が多いそうだ。
俺がここに来てからの記憶はもう、レアの中にはない。
アリアは俺にレアの記憶についての説明を終えてすぐに自分の研究所に帰っていった。来るべく計画のために準備しなければならないことが山積みらしい。
アリアを見送ろうと玄関先まで着いていったら、別れ際にこんな事を言われた。
「それじゃあタッくん、引き続きレアくんと質の良い記憶を積み上げていくようにね」
「その質の良い記憶って何なんだ?」
「まだ説明して無かったっけ? レアくんから何か聞いてたりは?」
「ない」
「じゃあ手短に説明しようかな。質の良い記憶っていうのは感情が動いた時の記憶や自分から何かを覚えようと吸収した知識等の記憶の事。反対に質の悪い記憶というのは何もせず何も考えずボーッとしてた時等の記憶の事。昨日は何を食べたかとか、探していたリモコンが見つかった場所とかそんなの。最も質が良いのは強く感情が動いた時の記憶や特に印象に残る記憶で、それらを悪魔が喰らう際、他の記憶と比べて遅延が起こる。簡単にまとめると同じ一〇分間の記憶でも、濃密なものとそうでないものには重さに差がでてくるって事」
「……なんとなくは分かった。その質の良い記憶とやらを蓄積させていく事が計画に関わってくるんだな」
「ご名答。じゃ、そういう事でよろしくね。共に世界を救おうではないか~あっはっは~」
軽く言ってくれる。でもアリアは本気で言ってるんだよな。
質の良い記憶の蓄積。そのためにレアは今まで突拍子もない事をしてきたのだろうか。
俺との記憶を失ったレア。今日から新たな共同生活がはじまる。またイチから積み上げ直しだ。
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