第28話 あなた、誰?

「どうせレアにエクシスを渡したのはアリアだろ。なぜ渡した。マニュアルには書いてなかったはずだ」


 場所は屋敷のリビング。机を挟んで俺とアリアは向かい合わせに座っていた。レアは自室の部屋のベッドに横たえてある。

 あの後ヘリに積んであったレーダーその他機器類を用い、さらなる悪魔の出現に備えたが、結局現れる兆候は無かったため援軍の想起兵たちは持ち場へと戻っていった。

 アリアはレアのチェックのためにここに残った。


「あちゃー、レアくん、あれ使っちゃったんだー。奥の手中の奥の手でよっぽどの事がない限り使わないように厳命してあったんだけど……それだけタッくんの事を守りたかったのかな。人の心は難しいねぇ。予想がつかない」

「マニュアルに無いって事はお前の独断だな? レアがエクシスを持っていなかったらマニュアルに従って避難して記憶を失う事もなかった」

「ボクのせいだって言うのかい? そりゃあ確かにボクの非もあるかもしれないけど、そもそもエクシスを手に入れられないかと相談してきたのは彼女の方だ」

「レアが自分から?」

「そうさ。君をボクの研究所に呼んだ時があっただろう? 実はその前日、いや、正確には当日かな、屋敷に電話をかけていたんだ。研究に没頭し過ぎていたせいで時間感覚が無くなっていてね。昼の三時にかけたつもりが深夜三時だったんだよ。その電話にノータイムででたのがレアくんでね。また昼にかけ直すと伝えようとする前にその相談をもちかけられたんだ」

「たとえレアから頼んだのだとしても、なぜ了承したんだ。製作者がお前だったとしてもエクシスの所有権は国にある。管理は厳重なはずだ。秘密裏に、しかも重要人物であるレアに渡すだなんて、お前にとってもリスクが大きいはず」


 アリアは自分で淹れた紅茶をすすりながら普段と変わらない様子で淡々と俺に言葉を返していく。


「んー、そもそもボクはレアくんに護身用のエクシスを持たせたかったっていうのがあったんだ。でもお偉いさんに、タッくんを住み込みの護衛任務に就かせるから必要ないって一蹴されちゃったんだよね。レアくんが帯びている任務のためには質の高い記憶が必要だったからエクシスを使わない方がいいに決まっている。タッくんなら大丈夫かなって思ったからその時は納得したんだ」


 質の高い記憶とは何なのか、レアが行う任務とどう関わってくるのか等の疑問が湧いたが、話の腰を折らないよう、それで? と続きを促す。


「でもね、改めて考えたらやっぱり必要だと思ったんだ。万が一にでもタッくんが戦闘不能になったら、レアくんは時間稼ぎさえできなくなるから。その時からボクは上位グレードの悪魔がそのまま出現するのではないかと予想していた。政府の人間はタッくんの戦闘力を盲信している節があるからね。ボクはタッくんの戦い方の危うさを知っている。いつ壊れてもおかしくないって事を。だからレアくん側から提案してくれて助かったよ。お願いが急だったから試作品しか渡せなかったのは悔やまれるけど。大変だったよ。政府のやつらにバレないよう荷物をカムフラージュしつつタッくんがうちの研究所に来ている間、つまり屋敷にいない間に届けなきゃならなかったからね」

「俺に教えてくれてもよかったじゃないか」

「ボクとレアくんだけの極秘事項だったからね。タッくんにも教えるわけにはいかなかった。タッくんが納得できないのは無理のないことかもしれないけど、仕方なかったんだ。政府の連中は分かっていない。計画にどれだけレアくん、それにタッくんが密接に関わっているのかを。計画の立案者はボクだ。ボクはこの世界のために必ず計画を成功させなきゃならない」


 だからその計画とは何なんだと問いつめたかったが、前に会った時にまだ話せないと言っていたから聞いても無駄な事は明白。

 黙りこんだ俺に、アリアがその中性的な面を近づけながら、ポンと頭の上に手を乗せてきた。


「タッくん、君が腹を立てているのは自分自身じゃないのかい?」

「……その、通りだ」


 俺はその手を払いのける事も億劫で、ただ首肯する。

 アリアを攻めるような真似をしたが、本当は分かっている。

 俺がもっとしっかりしていれば、こんな事にはならなかったんだ。


「百戦錬磨の君といえど不覚を取る事もある。それは当たり前だ。レアくんが急にエクシスを使って戦いだしたんだから動揺もしていただろう。ボクも彼女の行動を予測しきれなかった。計画のためにはタッくんの記憶より自分の記憶の方が大切だって本人も分かってただろうに。きっと、それでも彼女は君のために動かずにはいられなかったんだろうね」

「……レアはなんで、俺を庇ったんだんだ。これからの任務のためには俺の記憶よりレアの記憶が優先されるって分かってたはずなのに」

「さあね。そこは本人に聞いてみないと。ま、グレード4の直撃を喰らったから覚えてないかもしれないけどね」


 レアはまだ意識を取り戻していないから、どれほどの記憶を失っているのか分からない。

 レアの特殊体質によって第四番はエクシスによってではなく、レアの記憶によって消滅した。


 だからどの程度記憶が奪われたのか想像できない。

 第四番の直撃を受けた想起兵は今まで何度か見てきている。

 回帰とまではいかないが、日常生活に支障が出るくらいの記憶を失っていた。他人との思い出や包丁の使い方、想起兵としての戦い方を忘れてしまった者など。

 とにかく今はレアが意識を取り戻すのをひたすらに待つしかない。

 その間に、これからの事を考えるんだ。


「アリア。計画の事ついてはもう聞かない。今世界で何が起こっているのか教えてくれ。マクスウェルの悪魔の出現数、頻度が異常すぎる。前の戦いでも第六番が二体も唐突に現れ、今日も第五、四、三番が現れた。ここまでの変化がこの短期間に起こるなんて」


 俺の質問を聞いたアリアは長い足を組み替え、イスをぎこぎこ揺らしながらむぅ~と唸っていた。


「色々と文献を漁ってるんだけどね~。決定的なものがでてこないんだよ。ボクの予想なんだけど、マクスウェルの悪魔の出現自体、周期的なものなんじゃないかって」

「こんな事が過去にも起こっていた? なら何か記録に残っているはずだろ?」

「そうなんだよ。もしかすると大昔、それこそ人間が言葉や文字を持たなかった時だったりだとか、それとも直接的な描写じゃなく、例えば妖怪だとか、そういうものに置き換えられて伝わってるんじゃないだろうかって考えてるんだけど、証明のしようがないんだよね~。だから質問の答えとしては、この世界の運命、かな。タイムリミットが近づいているって事」

「もうどうしようもないのか」

「何もしなければこの世界は一度終わりを迎えるかもしれない。あるいはある日ピタリと止むかもしれない。そんな不確定、不安定な未来を、ボクは望まない。だからこその計画だ。……実を言うと、現段階での計画は延命措置に過ぎない。ボクは計画実行までに、延命措置から根治手術に昇華させたいと思っている。あと少しなんだ。上を納得させる一手さえ見つかれば」


 アリアは話しながら徐々に落ち着いていき、片手で両目を覆いながら黙り込んでしまった。

 なんとなくしか分からなかったが、アリアは本気でこの世界を救おうとしている。

 俺もその思いは同じだ。だから、早くアリアが行おうとしている計画を知りたい。今はただアリアの言うことを聞いて実験に協力することしかできていない。俺にもっと賢い頭があれば。


 俺とアリアだけのリビングに、しばし沈黙が流れる。

 時計の針が動く音を聞いていると、アリアが唐突に口を開いた。


「いやぁごめんね、ちょっと語っちゃった。あんまり他人と話す機会がないから、つい」

「別にかまわない」

「タッくんならそう言ってくれると思った。さって、まずは直近の事に意識を割かないとね。ボクたちの処遇についてとか」

「俺はレアを守れず、記憶を失わせてしまった。アリアは秘密裏に想起兵でもない人間にエクシスを譲渡した。どっちも軽く済みそうにないな」


 最悪、この護衛任務を外されるかもしれない。命令なら仕方ないが、最後までやり通したいからそれは避けたいところだ。


「あ、ボクの方は大丈夫だよ。記録映像とか差し替えておくし。というかそもそも君たちの監視映像ってボクが最初にチェックしてるし。タッくんの事はボクから進言して減給処分くらいにしておくよ。タッくんにはこれから計画実行時まで護衛任務を続けてもらいたいし」

「恩に着る」


 分かってはいたが、アリアの権限の強さは尋常じゃないな。

 今はアリアに助けてもらうしかない。その代わり、務めは果たす。


「あー一杯話したからお腹すいてきちゃった。タッくん何か作って~」

「しょうがないな。余りものでもいいか?」

「全然だいじょぶー」


 イスを二個使って横になって足をぱたぱたさせているアリアの要求をのみ、冷蔵庫のあり合わせで料理を作る。

 熱で収縮していくこま切れ肉を見つめていると、つい先ほどの戦闘の事が頭をよぎる。

 レアが俺を庇って悪魔に記憶を奪われたシーン。


 その、少し前。

 レアが俺の後ろから迫る悪魔を視認し、驚きに目を見開き、突き飛ばした時。

 ほんの一瞬だったが、レアが笑ったように見えたのだ。

 まさかあんな時にレアの笑顔を見る事になるだなんて。


 なぜあの時笑ったのか、俺には分からない。

 それがどうしようもなく、もどかしくて。

 そんな時、聞き慣れた音が俺の耳に入ってきた。

 レアが階段を降りてくる音。

 料理を中断し、エプロンを外したところで、リビングのドアが開く。


「レア! 起きたのか! 気分はどうだ?」


 すぐさま駆け寄り、レアの顔色を確認する。

 レアはいつも通りの無表情だった。

 そう、いつも通りの。


「……あなた、誰?」


 蒼い瞳は透き通っていて、静かに俺を見返している。

 見慣れているはずなのに、以前とは違うと分かる。分かってしまう。

 俺はレアの問いかけに対し、何も答える事が出来なかった。

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