第26話 一陣の風

 長期戦を見越してエクシスに血と記憶の補充をしておかないと危ないかもしれない。

 補充のため一瞬手を止めたその時を狙ったかのように、そいつは現れた。


「タクト、上っ」


 心なしか強めのレアの声。頭上に目を向けると。


「ハヤブサ型!? あの大きさは第五番……レア、しゃがめ!」


 ハヤブサ型のマクスウェルの悪魔は想起兵にとっての天敵。飛行型というだけで厄介なのに、他の飛行型に比べ尋常じゃなく速い。

 レアは悪魔を引き寄せる体質だという。なら狙いは俺じゃなくレアだろう。

 全長約三〇メートル。あれほどの巨体では細かい狙いはつけられないはず。

 進行ルートは見えている。そこに向かって斬撃を叩き込むのみ。


 だが、やつのスピードは予想以上だった。急降下してくるハヤブサ型に俺が振るえる最大限の速さで刃を飛ばしても致命傷が与えられない。

 その姿がどんどん大きくなり、到達まで後一〇秒もないくらいだというのに、片翼しか落とせなかった。

エクシスで受け止め、斬撃を放つしかない。


 人の身体では悪魔に触れられない。だから、この小さなナイフ型のエクシスで、急降下してくるやつのクチバシを、受け止める。


「レア、俺がハヤブサ型を受け止める! もうやつは軌道修正できないだろうから、できるだけ俺から離れろ!」


 レアは何も言わず、素直に俺の言う事を聞き、走り出した。

 ありがたい。これで俺が受け損じても、レアは助かる。

 俺から離れたレアはこの後何かしらの乗り物でこの場から離れるだろう。戦闘時のマニュアルにはそう載っている。俺が戦闘行為を行えなくなった際のマニュアルに。


 人がいる方へ逃げると被害が出るため、レアの逃走範囲は限定されている。

 それでも、増援が駆けつける時間くらいは稼げるだろう。さっきは増援はアテにできないと考えていたが、今はそれにすがるしかない。

 全神経をかけて集中し、ハヤブサ型を見据える。


 今更恐怖心など湧かない。こんな状況、今まで何度も経験してきた。

 身体はこれ以上ないほどの興奮状態に陥っているが、心は凪いでいる。

 やつが俺に接触するその瞬間、エクシスを完璧なタイミングで真っ直ぐに突き出した。


 エクシスの刃とハヤブサ型のクチバシが、重なる。

 すさまじい重さが俺の身体にのしかかり、骨と筋肉が悲鳴をあげる。実体は無いのに、エクシスで触れている時だけ実体を持っているかのようだ。今まで遠くから刃を飛ばしていたから、気づかなかった。

 エクシスによる身体強化がなければ今頃ミンチになっていただろう。


 だが、時間の問題だ。

 普段だったらその斬れ味の高さゆえに受け止めるだけにとどまらず真っ二つにできるはずだが、エクシスに血と記憶が足りなくなってきているせいで、現状維持が精一杯。


 血を捧げようにも、今どちらかの手を離したら押しつぶされてしまう。

 それを回避するためエクシスから手を離すという選択肢もあるが、そうしたら一気にハヤブサ型が俺の身体を通り抜け、回帰へと追い込むことだろう。

 どうする。どうすればいい。


 無意識に唇を噛む。……唇を、噛む?

 そうだ。まだ手は残っている。

 俺はさらに唇を強く噛み、意図的に出血させる。

 後は掲げている両腕をゆっくりと引いて顔を近づけていき、エクシスに唇を触れさせる。


 訪れる、記憶が抜き取られる感覚。エクシスに血が浸透していき、弱まっていた能力が強化されていく。

 斬れ味が加速度的に増してゆき、限界まで高まったところで、ハヤブサ型のクチバシから胴体、尾にかけて一刀両断。

 助かった。なんとか第五番・ハヤブサ型を撃破する事ができた。さて、後は。


 今まで上を向いていた視線を下に降ろすと。

 まさに四面楚歌。今すぐに刃を飛ばしても掃討し切れないほどの悪魔の軍勢が目の前に迫ってきていた。知らない間に第三番・ジラフ型も加わっている。

 記憶を奪われるのは、避けられない。

 奪われる記憶を少なくするため、できるだけ遠くへ逃げられる経路を斬り拓く。第一番が密集している方に目を向け、エクシスを振りおろそうとした、まさにその時。


 一陣の風が、目の前を駆け抜けた。

 その風圧に思わず目を閉じ、再び開けると、俺の周りにいた悪魔たちが跡形もなく消えていた。

 目をこすって見てみてもやはりあれだけいた悪魔の群の半数が消えていた。


 援軍か? いや、こんな早く到着するはずがない。 

 後ろから砂埃がもくもくとたち、砂が目に入りそうになる。この砂埃をおこしたのが、数秒で大量の悪魔を消した何者か。

 礼を言うため、振り返る。


 長く、白いスカートを動きやすくするために破り。

 エクシスと思われる小太刀をそれぞれの手で逆手持ちし。

 銀糸のような髪をなびかせていた、その人物は。


「レア……?」


 背筋を伸ばし、緩く小太刀を握りながらこちらを見つめているのは、どこからどう見てもレアだった。


「タクト、無事?」

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