第25話 来訪者
ドアを開けた時、そこはかとない不安を感じた。
なんだ、このイヤな感じは。背筋に走る悪寒の正体は何なんだ。
この感覚。何度も味わってきたような気が……。
俺の第六感に訴えかけてきたものの正体は、答えが形になる前に、耳に突き刺さってきた。
けたたましく鳴る警報音。
それは、この屋敷に来てはじめて聞く音。
マクスウェルの悪魔が現れた事を告げる音だった。
考える前に身体が動く。
エクシスを取り出すと同時に血を吸わせ、記憶を捧げる。
すぐにでも能力が使えるようにしてから、護衛対象のレアの元へ。
強化された身体を使って壁や天井を蹴りながら最短ルートでリビングに移動する。
「レア!」
リビングのドアを蹴り開け、レアの姿を確認。キッチンの奥へ追い詰められている。
レアの目の前にいたのは第二番・スパイダー型。そいつに瞬時に刃を飛ばし消滅させた後、レアの目の前に跳躍。
「助かった。ありがとう」
「これが俺の任務だ。やっと仕事ができる」
マクスウェルの悪魔から対象を護衛する際に注意しなければならない事。それは、決して護衛対象のそばを離れてはならないという事だ。
やつらは実体が無いためどこに隠れようが関係無い。どれほど堅固な部屋にいようがすり抜けて襲ってくる。
この状況で言えば、レアにとって最も安全な場所は俺のすぐそばという事になるわけだ。
レアは足が速い方ではない。動ける範囲が限定される。
冷静さを失わず、レアから目を離さず戦わなければ。
基本は受け身の戦闘スタイルになる。俺はいつも自分から積極的に攻撃を仕掛けていくタイプだからあまりこの戦闘スタイルで戦った事がない。
護衛を背に受け身で戦う。慣れない事だらけだがやるしかない。それが課せられた任務なのだから。まずはできるだけ広い場所に移動する。悪魔を倒しながら慎重に屋敷を出なければ。
「レア、まずは屋敷の外、見通しが良い山道を目指す。俺のそばを離れるなよ。何かあったらすぐ俺の名を呼べ」
「分かった」
チラリと後ろを振り向くと、相変わらずの無表情で静かに頷くレアが見えた。
「動揺していないな。助かる。護衛対象がパニックに陥ると任務の難易度がはね上がるからな」
「わたしにとって悪魔に襲われるのは日常茶飯事だったから」
「……そう、だったな」
「それに、わたしのそばにはタクトがいる。だから動揺なんてするはずがない」
どうやらレアは俺の想起兵としての腕を買ってくれているようだ。その期待に応えてやらないと。
リビングを見渡して悪魔がいない事を確認。
俺はレアを俗に言うお姫様だっこのように抱え、玄関から屋敷の外に出る。
身体強化されているため手を引くより抱えた方が移動速度が速いのだ。
屋敷を出た勢いのまま門をくぐり、山道へ躍り出る。
そこにはすでに大量の第一、二番の悪魔たちがひしめいていた。
マクスウェルの悪魔は第一番の状態で出現する。だから探知、想起兵の派遣が早ければ第一番の状態で倒す事ができ、被害を最小限に抑えられる。
今まではそうだった。
俺は群を注意深く観察し、第二番の数を把握する。群の半数を占めていた。
昨日の戦場もそうだったが、成長した状態で現れている。
何かが変わりはじめているんだ。それも、急速に。
今までの常識が、通用しない。
油断していたわけではなかったはずだが、昨日みたいに俺やニシキのような戦場慣れしている想起兵でさえ痛手を負ったのだ。より高い適応力が要求される。
抱えていたレアを降ろし、エクシスを構える。
「……急にあんな事するから、ビックリした」
「あんな事? ああ、抱えた事についてか。すまない、その方が効率的だと判断した」
「……タクト。このままじゃ足を引っ張るだけになるから、わたしの事は気にせず戦ってほしい。わたしなら平気。多少の記憶を奪わせればマクスウェルの悪魔を倒せるから」
「何を言ってるんだ。俺の任務は、お前を悪魔から守る事。お前の記憶を悪魔に奪わせない事。俺は任務を全うする。だからレアは俺の指示に従ってくれ。頼む」
「……分かった。どうか、エクシスに捧げる記憶だけで済みますように」
レアは祈るようにそう呟いた。
俺の記憶を案じてくれているのか。
俺には失いたくない記憶ができた。もう今までの捨て身の戦闘スタイルをとる訳にはいかない。レアの言うとおり、失う記憶はエクシスに捧げる分だけにとどめてみせる。
第二番は動きがそこまで速くはなく、特殊な攻撃等はしてこない。落ち着いて近づいてきた個体から斬り裂いていく。
問題は後々さらに高グレードの悪魔が現れた時だ。
今は第二番だけだが、昨日のように第六番が突然現れる可能性がある。
正直、レアを守りながらだと第六番どころか第五番にも手こずりそうだ。
増援が到着するのは、相当後になるだろう。
きっと今も別の場所で想起兵たちが戦っている。昨日の戦いで精鋭を多く失ったため、こちらに戦力を回す余裕はほぼ無いはず。
そもそも俺がここに一人だけ配置された、という事は一人でこの屋敷を、レアを守り抜けという政府の意図が隠れているに違いない。
エクシスはもっと生産できるのに、それを振るう想起兵が圧倒的に足りない。
足りなさすぎて社会的に立場が弱い人間を強制的に召集してはいるがすぐに回帰してしまうため、ごく少ない有志の想起兵たちが少人数制で身を削る、というのが現状。
増援をアテにせず、ここは俺一人で対処しなければ。
第一番・スライム型と第二番・スパイダー型の混合群を、エクシスから飛ばす刃で斬っては捨て、斬っては捨て。
一〇分以上続けてもなおその群は勢いを失わない。こいつらは何体現れるんだ。
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