第22話 戦場
『異常事態のオンパレードだ! すごいよこれは!』
「落ち着け。そして俺の質問に答えてくれ。悪魔の攻撃を受けたらしく、朝から今までの記憶が消失している。何があったんだ?」
『おっとっと、流石のキミでもグレード6の不意打ちを完全に避けきる事はできなかったか。手短に説明しよう』
アリアの説明は、にわかには信じ難いものだった。第六番そのものが突如現れるなんて。
それも二体。俺が倒したのは二体目だそうだ。俺が不覚をとった事、疲労度に対して得心がいった。
「現状は? 取り巻き悪魔どもはどうなった?」
『それがね、あちらにも二体のグレード5が突然出現したらしく現場では大混乱が起こった。なんとか討伐したようだけど、あらかたの想起兵が回帰してしまった。これほどの想起兵を失うのは何年ぶりだろうね。ただでさえ想起兵不足が叫ばれてるのに、三〇人中二〇人の精鋭が失われたとなるとその損失は計り知れない。政府は頭を抱える事間違いなし。予想だけどこれからタッくんが召集される回数が増えるんじゃないかな。なるべくレア君の傍を離れて欲しくないんだけど、そうは言ってられなく』
「取り巻き悪魔に対処していたやつらは今どこにいる!」
『うん? そこからギリギリ見える巨大廃ショッピングモールのあたりだけど』
そこまで聞いたところで俺はトランシーバーを放り出し、出せる最大限のスピードで走る。
この地域での戦闘なら、ニシキのやつも戦っていたはずだ。
回帰した二〇人の中に、あいつがいる可能性だって有り得る。
そう考えるとなぜか頭の奥が締め上げられるような感覚が襲ってきた。
早く。早くあいつを見つけなければ。
激しい焦燥感に追い立てられながら走り、息も絶え絶えに目的地に到着する。
もう使われなくなったショッピングモールのエントランス。
そこには、多数の想起兵たちがいた。回帰した状態で。
何度か戦場を共にした顔見知りたち。歩くことはおろか自分が何者なのかさえも忘れ、生まれてからの記憶をすべて失ってしまった彼ら。
これが悪魔と戦う者の宿命。自分もいつかはこうなってしまうかもしれない。
俺が到着したのと同じくらいに救護班が到着し、そんな彼らを次々と担架に乗せて運んでいく。行き先は回帰園だろう。そこで人生を最初からやり直すのだ。身体は大人のまま。
そんな慌ただしさの中、ニシキを探すべくモール内を進む。
二階のエスカレーター付近。ひょろ長のシルエットを確認する事ができた。
自身のエクシスを放り出し、作動していないエスカレーターに腰掛けながらタバコをくゆらせていた。
あれ、あいつ、タバコなんて吸うのか。はじめて知った。
そんな事を思いながら早足で近づき、呼吸を整える。
回帰はしていない。という事はこいつには人としての記憶が残っている。
ここで息を荒げながら大声で声をかけたら、あれ~心配してくれたの~? カワイイとこあんじゃ~んとか言われるに決まっている。
それを阻止すべく、いたってクールに。
「おいニシキ、そんなとこで何してるんだ」
ニシキはタバコをくわえながらこちらに振り向いた。
目が合う。
そこで、気が付いてしまった。
いつもは俺の姿を確認したら例外無く唇の右端をつり上げ笑うはずなのに、今は、何の表情も浮かんではいない。ニシキが口を開く。どんな言葉が飛び出すか、予想はついた。
「誰だ、お前? なぜオレはこんなところにいる? これってエクシスだよな? もしかしてオレは無事に想起兵になれたのか?」
やや混乱した様子でそうまくしたてる。今の会話でニシキがどれほどの記憶を失ったか分かった。ニシキが想起兵となったのは二年前と聞いたことがある。無事なれたのか、と聞いてきた事から推測するに、訓練所に通っていた頃だろう。俺はニシキがはじめて戦場に出た時を知っているが、話すようになるのはそれから半年くらい後の事だ。
つまりニシキは俺と知り合う前からの、二年と数ヶ月分の記憶を奪われた事になる。
「俺はただの想起兵だ。お前がここにいる理由は、ここ周辺に出現した悪魔と戦ったから。そう、お前は無事想起兵になれたんだ」
努めて平静に質問に答えていく。俺が動揺する訳には、いかない。
「そうか。そうだったのか。つまるところ俺は、悪魔の攻撃を受けちまったってことなんだな。……でも、よかった。オレにちゃんと想起兵になれる資質があって。これで兄弟たちに飯を食わせてやる事ができる」
ニシキは兄弟を養うために想起兵になったのか。タバコの事といい、俺はこいつの事をほとんど知らなかったんだな。いや、積極的に知ろうとしなかっただけか。こういう時のために。
「そうさ。そこに転がってるお前のエクシスは智天使ランクのものだ。順調にいけばエリートになれて稼ぎも増えるぞ」
「ホントか!? そりゃありがてぇ。オレって才能ないからさ、上にいけるか不安だったんだ。ところで、お前さんはオレの知り合いだったり?」
ここで素直に知っていると答えるのは簡単だ。けれど、そう答えるのはこいつのためにはならない。どうやったって記憶を取り戻す事は不可能。だから失った記憶に関する事は知らない方がいいのだ。
「いいや、違う。戦場で何回か会ったことがある程度だ」
「そんな親しくもないオレに丁寧にありがとな。見たところまだ一〇代半ばくらいか? 若いのに偉いもんだ」
「どうも。下の階に救護班が来ている。記憶を失った旨を伝えれば対応してくれるはずだ。ほら、このエクシスは忘れずに持っていけ。また訓練を受け直さないといけなくなるだろうが、頑張れ」
俺は放り出してあった槍型のエクシスを拾い上げ、ニシキに手渡す。
「何から何までありがたい限りだ。よければお前さんの名前、教えてくれないか?」
「……朝日タクトだ」
「朝日、タクト。うん、朝日くんね。覚えた! オレが無事想起兵に復帰したらそん時はよろしくな~」
ひらひらと手を振りながらニシキはエスカレーターを降りていった。
あいつ、二年半前から何にも変わってないな。義理堅くて、軽くて、気さくで。
想起兵は緊急事態時以外、実力によって派遣される場所が異なる。俺と一緒の戦場になるのは何年先になるか。その頃には俺の中からニシキの記憶が失われているかもしれない。
俺はさっきまでニシキが座っていた場所に腰を下ろし、超絶微糖コーヒーを一気にあおった。
そしてニシキに飲ませるはずだった二本目のコーヒーのプルタブを開け、今度はちびちびとゆっくり飲む。
これが戦場だ。悪魔と戦うということだ。逆のパターン、つまり俺がニシキの記憶を失くし、ニシキは俺の事を覚えている、という事だって十分有り得る。
だからいちいち気にしてはいられない。だから深入りしてはいけない。
そんな事、とっくに分かっているつもりだった。わきまえていたつもりだった。それなのに、なぜこんなにも。
ガラスが割れているせいで直接飛び込んでくる夕陽に目を細めながら、なるべくゆっくりとコーヒーを喉の奥に押し込んでいく。
たった一匹だけ鳴いている、ツクツクボーシの声を聞きながら。
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