第21話 グレード6

「よぉカマイタチちゃん。待ってたぜぇ」

「その呼び方はやめろと言っただろうニシキ」

「こりゃ失礼タクトきゅ~ん」

「キモイ」


 ヘリの中にはニシキを含む数人の想起兵がすでに乗り込んでいた。

 ざっと見ただけでもこの地域の精鋭が揃っている。これだけのメンツがいれば第六番とは言わないまでも第五番の一体二体は余裕だろう。これで取り巻きの悪魔は安心して任せられる。


 にしてもこんなに早くニシキと戦場を共にする事になろうとは。とっさにあのコーヒーを持ってきておいて良かった。

 ヘリの中でニシキとくだらない会話をしながら到着までの時間を過ごす。無論、口を開いているのは俺たちだけだった。他の者は皆これから悪魔と相対する恐怖で会話をする余裕なんか無さそうだ。


 数十分のうちに景色が移り変わっていき、徐々にヤツが見えてくる。

 半透明で実体のない、人の記憶を喰らう悪魔。全長50メートルを超える第六番。そいつはカエルの姿をかたどっていた。

 悪魔は何かしら厄介な特性を持っているため、それに合わせた戦術をとる必要がある。


 俺はヘリの中でミーティングを開き、各自の大体の動きを決める。こういう時に悪魔についての本を読んだりアリアに話を聞いたりした事が活きてくる。

 現場に到着する数分前にニシキが耳打ちしてきた。


「さっきの作戦だとお前に負担が集中するだけじゃねぇか。他の連中にももっと役割振った方がいいんじゃねぇか?」

「いいんだよ。それにニシキだけは違うだろ。第五番に成長した際の率先対処および囮役、引き受けてくれてありがとう」

「それはいいんだけどよぉ、あいつらあからさまにホッとした表情見せるものだから気になっちまって。実力あんのに」

「以前も言っただろう。俺は記憶を失う事を恐れていない。これがベストなんだって」

「……タクト、お前ってやつぁ本当にどうしようもないやつだ。お前の記憶が失われると悲しむやつがいるって事くらい理解しろよな」

「そんな人間、いないだろ」

「いるだろ。屋敷のあの子とか」

「レアは、違う。何回も言っているだろう。ただの護衛対象だって」

「そんな風に見えないんだよなぁ二人とも。まあ仮にあの子は除外するとして」


 勢いよく肩に腕を回してくるニシキ。

 おめえさんの記憶が無くなったらオレが寂しくなろだろうがボケ、と、頭を小突きながら言われてしまった。

 相変わらず直球で気持ちを伝えてくるな。俺にはこんな事思っていても言えそうにない。

 つくづくこいつには勝てないな、と思わされた。



 ヘリが着陸する寸前に機内の想起兵たちは全員エクシスに血と記憶を捧げ、すぐに能力を解放できるように戦闘準備を整えた。

 ヘリから降り次第各自散開。俺はフロッグ型を引きつけ、一騎打ちにもちこむ。

 取り巻きで一番成長しているのは第四番のウミウシ型。彼らなら苦戦はしないだろう。


 フロッグ型をなるべく人が少ない場所に誘導するためには、正面からの攻撃も必要になってくる。

 身体強化されているとしても避けるタイミングをつかむのはシビアだ。一時も集中力を切らすわけにはいかない。

 まずは側面からの攻撃。不可視の刃を飛ばす。こちらを向いたらそのまま後退しつつあらに一撃。舌による攻撃を行うまで正面攻撃を続けながらひたすら後退。舌攻撃をギリギリで避けたのち再び側面に回り進路誘導。大ジャンプしてくれたらラッキーだと考える。普通に歩くより距離を稼げるから。


 頭と身体は悪魔を倒すため最適の働きをしてくれている。

 戦闘開始から三〇分。フロッグ型は跡形も無く消滅した。

 フロッグ型が最初に出現した地点を遠目で見つめると、地に伏せた人間たちの姿を確認する事ができた。ここまでその泣き声が聞こえてきそうだ。


 彼ら彼女らは皆、回帰してしまっている。

 赤子同様の振る舞いに、近くにいた家族と思われる人間たちがとまどっている。

 仕方のないこととはいえ、やはりいつ見ても胸が痛む。

 不可逆性の記憶喪失。どうする事も、できない。


 感傷にひたるのは後だ。取り巻き悪魔たちの様子を見に行かなければ。

 ミーティング通りなら町外れの廃ショッピングモールの方へ誘導してくれているはず。

 そちらへ向かうとしたその時、頭上に待機していたヘリのスピーカーから切羽詰まった声が聞こえてきた。


「タッくん! 悪魔周波計測器に異常値が確認された! 周辺に新しい悪魔が出現する可能性がある!」


 アリアが発した言葉を認識した直後。

 研ぎ澄まされた本能に従い、俺は横に大きく跳躍した。

 俺が元いた場所を、光線のようなものが音も無く通過する。

 それは途中で止まり、しゅるしゅると戻っていった。これは、舌だ。

 そこまで考えたところで、なぜかエクシスに記憶を捧げる時と同じ感覚がやってくる。


 まさか。

 俺とした事が、僅かにかすめたというのか。

 第六番は触れた相手の記憶を奪うスピードが最も速い。だからこそ数秒触れただけで回帰してしまう。

 触れた時間が一秒に満たないものでも、もっていかれるスピードは他グレードの比では




 ここは、どこだ。

 素早く周囲に目を走らせ、看板等を確認。

 長野県長野市。

 自分が戦闘服を着、手にエクシスを握っているという事は。

 振り向くとそこにはマクスウェルの悪魔がいた。全長五〇メートルはあろうかというフロッグ型。


 不覚をとったか。

 フロッグ型との戦闘のセオリー、正面を避けつつ攻撃を実践しながらどこまで記憶を奪われたか探る。

 腕時計を確認。二〇二五年九月一五日。

 覚えている。目が覚めるまでは。


 時刻は一六時を過ぎた頃。六時に目が覚めたから一二時間ほど記憶を奪われた。

 奪われる記憶の種類は様々あり、第六番は複数奪っていく事がある。きっとこの一二時間そのものだけでなく他の事柄についての記憶も奪っていったのだろう。

 今は何の記憶が失われた検証しているヒマはない。フロッグ型との戦闘。それだけを考えろ。

 そこからは戦闘に全集中力を傾け、三〇分程度経過したところで、討伐に成功した。


 身体の疲弊度的に、このフロッグ型以外とも戦っていた可能性があるな。

 視線を真上に移すと、いつものようにアリアが乗っていると思われるヘリを確認する事ができた。

 ジェスチャーで会話したい旨を伝える。

 するとヘリからトランシーバーが落ちてきた。雑すぎるだろうこれは。

 操作し、耳に当てるとアリアの元気な声が鼓膜に突き刺さる。

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