第20話 誕生日当日
レアは目を閉じていた。まるで自分が発した言葉を噛みしめるように。祈るように。
今更訂正する事はできそうにない。
背負わなければならないものができてしまった。
悪魔との戦いが終わる度に、この約束を失くしてしまわないよう願わなければならなくなった。
不思議と、その事に対して嫌な気持ちは湧かなかった。それどころか。
レアと二人で夏祭りに行く事を、楽しみにしている自分に、気付いてしまった。
その事実と向き合っている間に自然と俺も目を閉じていたようだ。
目を開けた時、同じタイミングでレアも目を開けた。
お互い視線が手元に集中し、これまた同じタイミングでパッと手を離す。
気まずかったのかあのレアでさえ真横を向いて俺から視線を外している。
「さ、さあ。これからどうしよう。まだ何か用意してたりするのか?」
仕切り直しのために話題を振ってみる。そうしたらすぐさまレアが応えた。
「もちろん。締めに花火を用意してある」
先ほどまでの空気感はすっかり霧散してしまった。
とりあえず今はレアが再現してくれた夏祭りを楽しもう。
地面に大量にセットされた打ち上げ花火と、抱えきれないほどの手持ち花火のせいでよろけそうになっているレアを見ながら、そう思った
※※※
まだ心臓がばくばくしている。なんとか平静を保ててはいるが気を抜くとまたタクトから目を逸らしてしまう。そんなわたしの気も知らずタクトはのんきに花火を楽しんでいた。
「くそ、なんで俺の線香花火は長持ちしないんだ」
悔しげに顔を歪めながら次の線香花火に手を伸ばすタクト。あんな風に顔で感情を表す事ができたらどれだけいいだろう。そうすればタクトにわたしが思っている事を伝えられるのに。
タクトと生活し始めてほんの少しだけ上手くしゃべる事ができるようになったけど、まだまだ口ベタなままだ。昔からこうだったのかは分からない。記憶を失い過ぎてしまったせいだとしたらどうしようもないから、そうじゃない事を祈るばかりだ。
もっと上手く話す事ができたら、さっきの会話も変わっていたはずだ。
タクトは世界中の悪魔を倒すと言った。けれどそれを達成するためにはより多くの記憶を代償として支払わなければならないだろう。わたしとの記憶だって失われてしまうはず。それは、イヤだ。
タクトは覚えていない。昔、共に過ごしたひと月の中でわたしと夏祭りに行った事を。そこで一緒にリンゴ飴を食べた事を。二回目の今日の記憶まで消えてしまうのは悲しい。
けれど、護衛任務が終わって、世界から悪魔が消えたら一緒に夏祭りに行こうと言ってくれて、飛び上がりそうになるほど嬉しかった。今までタクトはわたしの事をただの護衛対象として見ていると思っていたから。護衛任務が終わってから夏祭りに行こうと誘ってくれたという事は少なくとも憎からずは思ってくれている、のかな。思い違いだったら恥ずかしい。
他人を遠ざけ、近づかせないタクトの方から歩み寄ってくれた。それだけで、十分すぎる。
そんな風に浮かれてしまったせいでついタクトの手を握ってしまった。わたしの手と違って大きくて、温かくて。自分でやっておいてドキドキしてしまった。
でもそれは最初だけ。わたしはあの時、タクトの手を握りながら、祈りを込めた。
お互い記憶が残ったまま、悪魔がいなくなった世界で夏祭りに行けますように、と。
それは叶わない願いかもしれない。でも、願わずにはいられなかった。線香花火の残りを探しに倉庫へ向かったタクトの背中を目で追いながら、もう一度、強く強く、願った。
※※※
九月一五日。ついにレアの誕生日がやってきた。
よく晴れた日で、普段は残暑が厳しかったのに今日は秋の気配を感じるような涼しさ。誕生日を祝うにはもってこいだ。
現在は昼過ぎ。午前中はいつもと変わらず過ごした。レアも普段通り。
運が悪い事に今日の夕飯当番はレアだったため、適当に理由をつけて当番を替わってもらった。これで感づかれてしまったかもしれないが、元々今日誕生日を祝うと言ってあるし問題は無い。本当のサプライズが一番良いのだが、今更言っても遅いしな。
午前中に折り紙で鎖をいくつも作った。これを夜、レアがリビングにいない間に飾り付ける予定だ。
午後はレアにバレないよう夕飯の仕込みをする。
ケーキは二〇時に時間指定して配達されるようにしてある。あらかじめ冷蔵庫に入れてはおけないからな。
夕飯のメニューを再確認していると、レアが階段を上がってくる音が聞こえてきた。これは仕込みのチャンス。
隣からドアが閉まる音を確認してから部屋を出て階段を降りていく。
階段を降りきって、リビングに繋がるドアを開けようとした、その時。
ジリリリリと、電話が鳴った。すぐさま電話に出る。
「朝日タクトがとった」
「やあやあタッくん。ボクだよー」
「アリアか。用件は?」
「今回も実験、と言いたいところだけど残念。救援要請だ」
「またか」
「ふっふっふ、今回はいつもとは違うよ~」
「何が違うんだ? 新種の悪魔型が発見されたとか?」
「ああ、それもいいねぇ。でも違う。今回はフロッグ型さ。グレード6の」
フロッグ型。要はカエルだ。第六番の中で厄介さは中くらい。距離感さえつかめていればジャンプを回避する事は難しくないが、問題は超高速で繰り出される長い舌。しかし舌を伸ばす頻度はそう多くなく、正面にさえいなければ当たる事はない。
「また現場は第六番まで成長させたか。想起兵の質が下がってるんじゃないか?」
「チッチッチ、そうじゃないんだよ。想起兵の質が全体的に低いのは普段通りだとして。さっき言ったでしょ? いつもと違うって」
「もったいぶるのはお前の悪いクセだ。さっさと話せ」
アリアの声音はこの上なく高く、しゃべるスピードが速い。興奮している証だ。こいつがここまで興奮するという事はよっぽどの事件が起こったに違いない。
「ゴメンゴメン。いやね、現れちゃったんですよ。グレード1の状態で出現し、成長する事でグレードを上げていくマクスウェルの悪魔が! グレード6の状態で突如!」
「なんだと? あれほど巨大な第六番が、突然現れた? そんな事有り得るのか?」
「今までなら考えられなかった事だよ! いやぁこれで悪魔についての多くの論文が根底から覆るぞぉ! ボクは半年ほど前からこの事態は起こりうる事だと主張してきた。それなのに学会のやつらはそんなボクの主張を一蹴してきたんだ。今頃大慌てだろうなぁ。これで研究の予算が増額されるぅ!」
「今はそんな話どうでもいい。俺は現場に向かえばいいんだな?」
「どうでもよくないよー。でもこれ以上しゃべるとタッくんに怒られそうだから自重しまーす。もうキミの元にはヘリが向かってるよ」
「今回はバイクで来いとかじゃないんだな」
「イレギュラー中のイレギュラーだからね。キミを現場に向かわせるのが最優先だと上が考えたんだろう」
「またこの地域周辺か」
「管轄のギリギリ内側だけどね。長野県あたり。お隣さんの方も今悪魔に対処中で援軍は見込めない」
「被害は?」
「県庁所在地の長野市に出現したから甚大だね。足止めに手当たり次第近くにいた想起兵たちを投入してるけど低ランク想起兵ばかりであまり効果はなさそう。フロッグ型と同時に現れた複数のグレード1たちもそのせいで成長速度が速まってるしお偉いさんは余裕が無くなっちゃってるね。ほら、ちょうど今ボクの元にも迎えがきたし。そんな訳で今回もよろしくねー」
アリアは今回も一方的に会話を終わらせ、電話を切った。
なんてことだ。第六番の状態で悪魔が現れるというだけでイレギュラーなのによりにもよって市街地に出現しただなんて。
一定間隔で住居を建て少人数で暮らしているとはいえ田舎に比べるとやはり人口密度は高い。回帰してしまう人がでるのは防げないだろう。すみやかに排除しなければ。
「タクト、また救援要請?」
リビングからひょこりと顔を出すレア。
「ああ。緊急事態だ。すぐにでなきゃならない」
「……そう。いってらっしゃい。無事に帰ってきてね」
「ああ。いつも通り帰る。夜には必ず戻るから待っててくれ」
「うん。待ってる」
そうだ。今日はレアの誕生日なんだ。
ますます戦闘を長引かせるわけにはいかなくなった。
なぜ今日という日なのか。なぜ前みたいに田舎ではなく人が集中している都会に出現したのか。嫌なことは重なってやってくるものだ。すべてはねのけてやる。
ヘリが到着した音が聞こえ次第屋敷を飛び出し、現場へ向かった。
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