第19話 2人だけの夏祭り
「タクト。これ着て」
「これは……着物?」
「そう。着替えたら庭に来て」
俺に着物を渡してすぐに下に降りていってしまった。何となく不自然だったな。
兎にも角にもまずはこれに着替えるのが先だ。
レアは本気で夏祭りを再現しようとしているようだ。気合いの入りようが違う。
着物は黒色がベースで、赤色の楓がアクセントとなっている。
着慣れない服装にとまどいながら階段を降りていき、リビングへ。庭に出るときはリビングから出た方が早いのだ。
ご丁寧にゲタまで用意してある。それを履いて外に出ると、そこには屋台があった。
……うん、思わず二度見してしまったが間違いない。お祭りでよく見る屋台そのものだ。
「いらっしゃいませ」
無表情で屋台に立つレアは俺と同じく着物姿だった。
白色をベースに、青いアジサイが随所にあしらわれている。
髪型もアップにしていて、雰囲気がいつもと大きく異なっていた。そのせいか真っ白な首もとや僅かに肌が見える胸元に視線が引きつけられそうになる。
やけに心臓がうるさい。なぜだ。
これ以上レアを直視しているといつもの自分じゃ無くなるような気がして視線を逸らす。
上を向いてみたら屋台の看板が目に飛び込んできた。
りんご飴。
レアは甘いモノが好きだからこれを選択したのだろうか。俺も好きだからいいけど。
いらっしゃい、と言っていたし店主になりきっているようだ。ならのっかってやらないと。
「こんばんは。美味しそうなリンゴ飴ですね。一つください」
一つ二〇〇円と書いてあったので、あらかじめ用意されていた巾着から財布を取り出し、お金を渡そうとする。だが、レアは微動だにしなかった。
「…………」
「二〇〇円でいいんですよね?」
「本当に一個でいいんですか?」
何だ。レアは何を伝えようとしているんだ。
しかしレアがここまで圧力をかけてくるのは珍しい。真意は図りかねるがとりあえず二個買っておこう。なぜなら屋台にはリンゴ飴が二個しかないから。
「それじゃあ二個お願いします」
「まいどあり」
さて、リンゴ飴を二個手に入れたが、この後レアはどうするのだろう。もしや看板を付け替えて別の店をはじめるとか。
レアはおもむろに屋台から出ると、そのまま玄関の方へ歩いて行ってしまった。追いかけた方がいいのだろうか。
迷っていた間に、レアが戻ってきた。
「おまたせタクト。せっかくのお祭りなのに遅れてちゃってごめんなさい」
なるほど。今度はそういう設定か。ということはこのリンゴ飴はレア用だな。
「いいさ。ほれ、お前が遅いから先にリンゴ飴買っておいたぞ。最後の二個だ」
「……ありがと」
短くそう答え、俺が差し出したリンゴ飴をちろちろと舐めだした。俺も同じようにそうする。
甘い。噛んでみると中からリンゴが現れた。レアも中のリンゴに到達したらしく、しゃくっと小気味の良いをたてながら食べていた。
「美味いな」
「そうね」
「そこのベンチで座りながら残りを食べようか」
「うん」
いつものベンチに並んで座る。こうして着物を着てリンゴ飴を食べているとまるで別の場所にいるみたいに感じるな。庭の柵には提灯が吊ってあって夏祭り感を演出している。
「よく一人でここまで作り上げたなぁ」
「図書室にあった本を読んで再現してみた。上手くできてる?」
「ああ、できてる。本物の夏祭りに来てるみたいだ」
俺の頭の中には夏祭りに行った記憶が一日だけ残っている。誰と行ったかは分からないが、祭りの風景だけは鮮明に思い出せる。リンゴ飴の屋台も、祭と書かれた提灯も。
「わたし、外に出れないし、悪魔のせいで大がかりな祭りは開かれなくなったから憧れてて。今日できて、タクトも満足してくれたようで、よかった」
「……俺が、世界中の悪魔を倒す。一切出現しなくなるまで倒し尽くす。そうしたら、本物の夏祭りに行こう」
俺がそう言うと、レアは持っていたリンゴ飴の棒を取り落としつつ、俺の目をジッと見つめてきた。
相変わらずの無表情だがこの様子からするときっと驚いているのだろう。
それは俺も同じだ。自分の口からあんな言葉が出るなんて信じられなかった。
俺は極力、人と約束を交わさない。なぜなら忘れてしまうから。失ってしまうから。
戒めていたはずなのに、どうして。
今まで意識的か、それとも無意識的に避けてきた、護衛任務が終わった後の事。
俺は他人と深く関わってはいけない人間だ。恋人はおろか友人を作ることさえ許されない。自分だけじゃなく、他人も不幸にしてしまう。
訂正しようと口を開きかけた時。
俺の手を、レアの手がそっと包み込んだ。
「レア……?」
感情が読み取れないはずの無機質的な瞳から、訴えかけるような、何かを伝えようとするかのような強い力を感じる。
以前にもこういう事があった。その時は何を伝えたかったのか分からなかった。今もそうだ。
レアは口を何度も開き、何か言葉を発しようとして閉じを繰り返していた。
俺はレアの手を握り返し、焦らなくていいと伝えた。
そこでようやくレアの口から言葉がこぼれた。
「行けたら、いいね。二人で」
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