第18話 九月らしい行事

 九月五日。護衛任務がはじまってから 一ヶ月が過ぎ去った。残すところあと二ヶ月弱。すでに三分の一が経過したが悪魔は未だ現れず、ただレアと共同生活を送っているだけ。これでいいのだろうか。


 現在早朝五時。普段より早めに起床。すぐさま玄関へ向かう。

 大きな音をたててレアを起こさないようにゆっくりと戸を開け荷物が届いているかどうか確認。よし、ちゃんと届いているな。


 四角くて小さめのダンボール箱を回収。抜き足差し足で自分の部屋に戻り、中身を開封。注文通り、ピカピカのチェスセットだ。今使っているチェス盤、駒はもうボロボロだったからな。チェス好きなレアなら喜んでくれるだろう。

 もちろん自分の口座からの引き落としで買った。生活用品その他諸々は国が負担してくれるが、さすがに誕生日プレゼントを経費で落とすわけにはいかない。

 メッセージカードは今の内に書いてしまおう。まずは誕生日おめでとうからだな。その次は。


「!」


 マズい、隣の部屋のドアが開いた音が聞こえてきた。レアが俺を起こしに来る。

 なんとか書き終わったメッセージカードをチェスセットが入ったダンボールにぶち込みフタを閉めベッドの下に押し込む。

 間一髪。レアが俺の部屋のドアを開けた時にはもうダンボールは見えなくなっていた。

 ここに入れておけば安心だろう。自分の部屋は自分で掃除する決まりになってるから発見される事は無いはずだ。


「……タクトおはよう。今日は起きるの早いね」

「ああ、まあな。ちょっとチェスの研究でもしようと思って。俺が強くならないとレアもつまらないだろう?」

「別にそんな事はない。タクトと遊んでるだけでわたしは」


 そこで口をつむぐと、「起きてるならいい。今日の朝ご飯当番はタクトだったよね。わたし、ハムエッグがいい。よろしく」と早口で言って部屋から出て行ってしまった。

 よかった、なんとか隠した誕生日プレゼントが見つからずにすんだ。レアにはプレゼントを渡すことを伝えてあるが、やっぱりサプライズ感があった方がいいからな。当日忘れたフリでもしてみようか。あの無表情が動くところが見られるかもしれない。それは意地悪すぎかな。


 レアの誕生日は今月の一五日。あと一〇日か。そろそろ当日の料理のメニューを決めなきゃ。

 とりあえず今は腹ぺこレア姫のために朝ご飯を提供しに行かないと。珍しく料理を指定してきたからには気合い入れて作らないとな。

 丹誠込めて作ったハムエッグは好評で、レアは上機嫌そうに見えた。


 食器を片づけながら、頭の中で今日の予定を立てる。午前中はルーチンワークの鍛錬。午後は清掃ロボットの定期整備。空いた時間はチェスの教本を読む時間に充てよう。朝はとっさにあんな言葉が出たが、まぎれもない本心だ。極たまに勝てるくらいだからレアが退屈しているかもしれない、という不安がある。無表情だから仕草とか言葉で表現してくれないと分からない。でも頻繁に誘ってくるという事はチェスをする事そのものを楽しんでいるのかもしれない。


 だからこそ、もっと均衡したギリギリの戦いを味あわせてやりたい。そっちの方がレアも楽しいと思うから。それに俺自身、チェスにのめり込みはじめてるしな。はじめはレアとのコミュニケーションツールでしかなかったが、今は熱中できるものになりつつある。

 いつもは先にレアから対戦を申し込まれるのだが、今日は俺の方から誘ってみようかな。スキルアップのためだ。

 朝食後の弛緩した空気の中、レアに声をかけようとしたところで先手を取られた。


「なあ、レ」

「タクト。九月らしい行事ってなんだろう。何か思いつかない?」

「九月らしい行事? 特に思いつかないな」

「そう。わたしも」


 そこで一旦会話が終了する。俺はいつも食事をとっているテーブルのイス、レアはソファに座りながら、外から聞こえてくるツクツクボーシのけたたましい声に耳を傾けていた。

 よし、そろそろいいかな。早くチェスに移らないと鍛錬の時間が無くなってしまう。


「なあ、レ」

「タクト、それじゃあ夏らしい事でいい。もう九月だから正確には秋だけど、暑さだけ見ればまだ夏。何か無い?」

「ん、何かそれ前にも聞かれたような気がするな。そうだな」


 俺はなぜか、緊急召集の時の光景を思い出した。

 人の気配が消えた村。そこで行われていたであろう祭りの痕跡。


「夏祭り、とか?」


 パチン。とレアが指を鳴らした。


「タクト、夏祭りをしよう」

「何を言っているのかよく分からないのだが」

「言葉通り。夏祭り。やりたい」

「やりたいって言っても、俺たち二人じゃかなり規模が小さいものになるし、そもそも準備だって」

「準備なら完璧」


 そういえば数日前、割と大きめのダンボール箱をレアが庭にある倉庫に運んでいるのを見たような気がする。


「なんとなく察した。今回俺は何を手伝えばいいんだ?」

「タクトの助力は必要ない。いつも通り過ごしてて。夏祭りは一七時からだから、その時間までにはリビングに集合する事。それじゃあわたしはこれから準備に入る。決して庭の方を見ないように」


 レアはそう言うなりリビングから出ていった。

 俺はレアの言いつけを守り、庭の方を見ないようにしつつ室内トレーニング、清掃ロボットの整備、読書等をして夕方までの時間を過ごす。

 一七時。リビングで待っていると唐突にドアが開いた。

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