第9話 缶コーヒー
戦闘開始から二〇分。
全長五〇メートルを誇る第六番の悪魔は、静かに消滅した。
やつらは声を持たない。そのため逃げられたのか倒せたのか分かりにくい時があって、不定形のスライム型はその尤もたるものなのだが、長年のカンで倒すことに成功したのだと分かる。どこからともなく現れるあいつらは、一定時間が経つと現れた時と同じように突然消える。その時とはなんとなく感じが違うような気がするのだ。
「お疲れさま、タッくん~。ミッションコンプリート~! 今回もちゃんとデータ取れたから安心してね~!」
頭上のヘリから聞き慣れた声が届く。悪魔の研究のためにデータ収集に来ていたアリアだ。
俺に声をかけてからすぐにヘリは離れていった。早くデータ解析、検証したくてたまらないのだろう。
さて、こっちは終わったがニシキの方はどうだろう。
第六番から取り巻きを引きつけて、やや離れたところで戦っていたはずだ。
バイクで巡回したがそれらしき人影は見当たらない。
まさか、不覚をとって『回帰』してしまったなんて事はないよな。
嫌な予感がする。今は携帯端末を持っていないため確認を取る事ができない。
一旦最初の位置に戻ってバイクを降り、あたりを見回す。悪ふざけで隠れているとか? その方がよっぽどいい。
「よっ、お疲れちゃん。お互い無事で何よりだ!」
突然後ろから背中を叩かれた。
「ニシキ、どこに行ってたんだ。探したぞ」
「お、心配してくれたのん? 嬉しいねぇ。いやさ、久しぶりに会ったタクトに渡したいものがあって取りに行ってたんよ。ほれ」
唇に右端をつり上げながら、ニシキは俺に缶コーヒーを差し出した。
「コーヒーか。どういう風の吹き回しだ?」
「日頃の感謝と言いますかお礼と言いますか。ほら、いつもタクトに強敵任せちゃってるわけじゃん? やっぱり申し訳ない気持ちになってくるわけですよ。だからタクトが戦闘後に必ず飲んでたお気に入りのコーヒーをやろうと思ってなぁ。ああ、俺ってなんて良いやつ。まだ向こうに一ダースあるから帰りに持ってけよ。いやーこれ見つけるの大変だったなぁ。生産数が極端に少ない幻の缶コーヒーだったなんて。タクトはどうやってこんなの入手してたんだ?」
「上に電話一本入れれば一発だ。特例で定期購買させてもらっている」
「かーっ、さすが日本一の想起兵サマだ! 『カマイタチ』の異名は伊達じゃないぜぇ」
「その異名、ニシキが勝手に広めてるだけだろ。いい加減にしてくれ。迷惑だ」
こいつが変なあだ名を広めたせいで他の想起兵から度々そう呼ばれる。俺に発現した能力からきてる名前だとは思うが、異名なんてついてるのは知っている限り俺だけ。さすがに恥ずかしい。俺が派遣される事のない遠い地域にもこうやって異名をつける文化があるのだろうか。
「ははっ、すまんすまん」
一通り軽口を叩き合ったところで、俺はニシキに携帯端末を貸してもらい、屋敷に電話をかけた。
無事戦闘を終えた事を報告。屋敷の方は何も問題は無かったようで胸をなでおろした。俺の疲労具合を心配したのか、レアは俺に休憩してから戻ってくるようにと言った。だから少しだけ休憩をしてから屋敷に戻る事に。
ニシキと二人でバイクに背中を預け、缶コーヒーをすする。
戦闘の後に訪れる疲労感に身を任せながら、沈みゆく夕陽を眺める。
ここは僻地で都心部に比べたら開発が遅れてはいるが、それでも家屋はやはり平たくて一定間隔を置いて建てられている。こんな窮屈な生活を強いられるようになった原因、マクスウェルの悪魔。
『悪魔を倒して世界を救え』
内から湧き上がってくるこの使命感。記憶は無いのに、欲求だけが溢れてくる感覚。
過去に悪魔のせいで俺が被害を被った事は無かったはずだ。自身の事を綴った手帳を読み返してもそれらしい事は書いて無かった。それなのに、なぜこんなにも俺は悪魔を倒したがっているのだろう。
自分の記憶に執着していないから? 想起兵として活躍すれば地位や名声、自分の居場所を得られるから?
分からない。そのような気がするし、そうじゃない気もする。
失われた記憶は戻ってこない。だから、考えても無駄か。
「そろそろ帰るか」
俺がそう呟くと、ニシキはちょっと待ったとストップをかけた。
「まだタクトの任務の事、聞いてないぜ」
そういえば後で話すって言ったな。とはいえ話せる事はほとんど無いんだけど。
「すまないが詳しい事は一切話せない。拘束期間がある、その期間中は基本的に戦場に出向く事ができない。今回みたいな大物の時だけは例外だがな」
「なんちゅーか大変そうな任務に就いてるんだなぁ。その様子だと超重要な任務、なんだよな? 実績が認められているからこそタクトに任されたんだよなぁ。なんだか鼻が高いぜ」
「なんでニシキが鼻高くしてるんだよ」
「そこはほら、年齢的にタクトの兄貴分、みたいな? 弟の手柄は兄の手柄、みたいな?」
「お前みたいないい加減そうでちゃらんぽらんなやつが兄貴だなんてごめんだね」
「はっ、それを言ったらオレもお前みたいな小生意気ながきんちょが弟とか願い下げだね」
「自分で言ったんだろうが! ってか頭くしゃくしゃすんな!」
「ひゃっひゃっひゃっー」
こいつの方が背が高いせいでこういう時にアドバンテージをとられてしまう。
からかわれているのは分かっているが、不思議と嫌な気持ちにはならない。
多分、俺がニシキを本当の兄のように思ってるからだろうな。俺には兄がいないから(少なくともいた記憶、記録は無い)、いたらこんな感じなのかな、と考えてしまう。恥ずかしいから本人には決して言えない。
「そろそろ手を離せ!」
「はいはい、わぁーったわぁーたって」
「ったく、いつもガキ扱いしやがって」
「怒るなって、オレが悪かったよ。……けど、子ども扱いしてるつもりはないぜ。これでもタクトには感謝してんだ。オレみたいな普通の想起兵にはできない事を、やってくれている。オレも含め多くの想起兵が本来失うべき記憶を、お前さん一人でせき止めている。感謝しないやつの方がおかしい。だからさ、少しでも力になりてぇんだ。オレなんかじゃ力不足かもしれないけどさ」
急に真面目な顔でそんな事を言われ、面食らう。
普段ふざけているくせにたまにこういう事を言い出すからタチが悪いんだよ。
「いきなりどうしたんだよ。気色悪いぞ」
「これから会う機会が少なくなるかもしれないから、言っとこうと思ってなぁ。あ、でもいつかは言わないとって思ってたぞ? 感謝はしてる。けど、同時に心配もしてる。以前、悪魔を倒すのに理由は無いってのは聞いた。自分の記憶に執着していないってのも。それでもさ、それでも言わせてくれよ。痛々しくて見てらんねぇんだよ。なんでそこまで身を削って戦ってんだよ。もっと他の連中に押しつけてもいいだろうよ」
ニシキは俺の両肩をつかみながら顔を伏せ、絞り出すように声を出していた。こんなニシキ、今まで見たことが無い。茶化さず、真剣に答えないと。
「……ありがとな、ニシキ。俺にそんな事言ってくれるのはお前くらいのもんだ。その気持ちだけでありがたいよ。だけど、俺はこれまで通り戦い続けるよ。俺、きっと想起兵に向いてるんだ。やりがいも感じてる。だからニシキが責任とか引け目とか、そういうのを感じる必要はないんだ。俺は誰に強いられるでもなく、自分でこの生き方を選んでる。……さっきも言ったけど、これから二ヶ月ちょっと、イレギュラーが起こらない限り俺は悪魔どもと戦えない。その間、お前が他のやつらを引っ張ってやってくれ。お前にしかできない。お前にしか頼めない。頼んだぞ。こ、これでも俺は、お前のことをかなり信用してんだ」
最後は少々どもってしまったが、ちゃんと言葉で伝える事ができた。一度にこんなに長くしゃべる機会なんて早々無いから、上手く伝わったかは分からないけど。
ニシキは俺の両肩から手を離し、空を仰ぎながら俺に背を向けた。
「なーにいっちょまえな事言ってんだか。お前はまだ一六歳なんだからもっとガキらしくしてろっつーの。……しかと、引き受けた。今回はオレが遠くにいてここに来るのが遅くなって第六番まで成長させちまったが、今後はそういう事は起こさせねぇ。無気力な他の想起兵どもをたきつけて未然に防いでやる。お前の信用に応えられるようにな」
俺が何か言う前にひらひらと手を振りながらニシキは去っていった。
カッコつけやがって。あいつらしいといえばらしい。
十分休憩したし、俺もそろそろ帰ろう。
バイクの操縦をマニュアルからオートに変えてから跨る。
ヘルメットを着け、いざ発進、というところで俺の目の前にゴツい車が現れた。
「ほれ、残りの缶コーヒー。そのバイクならギリギリ乗っけられそうだな」
窓から顔を出したのはニシキ。そこからドサッとダンボール箱が地面に落とされる。そういえば一ダース分買ったって言ってたな。
「ありがとな。気をつけて帰れよ」
「おうともよ」
簡単な別れの挨拶を言い、ニシキがくれた缶コーヒーを荷台にくくりつけてから発進。操縦はオートだからただ跨っていればいい。
落ちかけた夕陽。個性の無い家々。行き交う無人機。
それらを眺めながら、俺は帰路に就いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます