第10話 ポーカー
屋敷の周りに配置されていた想起兵たちに第六番は無事討伐できたと告げ、同時に任務終了を伝える。皆やっと安心して帰れると喜んでいた。
缶コーヒーが入ったダンボールを担ぎながら門扉を開き、インターフォンを鳴らす。すると数秒のうちにドアが開いた。
「おかえり、タクト」
相変わらずの無表情でレアが出迎えてくれる。
思えば、今まで討伐任務終了後に家で誰かが出迎えてくれるなんて無かった。だからだろうか、不思議と胸がじんわりとしてくる。
「ただいま、レア」
「お風呂にする? ご飯にする? それとも……」
「それとも?」
「チェ、ス?」
「ご飯で」
「そう言うと思った。準備してある」
レアは心なしか軽やかな足取りでリビングの方へ戻っていった。
さっきのやり取りはレアなりの遊び心なのだろうか。それとも無意識か。どっちでもいいか。
漂ってくる料理の匂いにつられ、俺もそそくさとリビングに移動した。
レアと夕ご飯を食べ、今日の戦闘について淡々と報告し、日課となったチェスを終えて部屋に戻る。
隅に置いてあったダンボールから缶コーヒーを取り出し、ベッドに腰掛けながらプルタブを開ける。
俺が討伐任務終了後にいつも飲んでいたコーヒー、ね。
飲み口から黒い液体がのぞいている。そこに映っているのは、いぶかしげな俺の顔。
口をつけ、一口だけ飲んでみる。
缶に書いてあった通り、まさに超絶微糖。甘さを感じられるギリギリのラインを攻めている。
正直に言って、好みに合わない。まずい。
今回の代償はこれか。こんなに早く判明するなんて運が良い。
確認のため思い出そうとしてみたが、ダメだった。
俺がこの缶コーヒーを飲むようになったきっかけ、討伐任務終了後に飲んでいた事。この缶コーヒーに関する記憶が、消えている。
エクシスに捧げられたのだ。力を得る代償として。
こんな好みに合わない缶コーヒーを、なぜ俺はよく飲んでいたのだろう。
ベッドから降り、机の引き出しにしまってある緑色の手帳を取り出す。
これは、俺の記録帳。家族、生い立ち等の大まかな事柄のみ記している。過去、記憶に執着していないせいかたった五ページしかない。最低限必要だと思った情報だけ厳選したんだろうな、きっと。
俺はこの手帳をいつ、どこで買ったか、もう覚えてはいない。どんな思いで書き込んだのかも。
屋敷に来てから悪魔と戦闘してなかったから追記する事を忘れていた。レアについて書き込んでおかないと。
ペンを探そうとして、気づく。そうだ、この屋敷では記録するという行為が禁止されているのだった。
レアの、悪魔を引き寄せ、喰わせた記憶によって悪魔を殺す体質。その情報が外部に漏れたら大変な事になる。万が一ここが敵性組織に襲われた際にこれっぽっちもレアに関する情報を与えたくないという政府の考えのせいで、俺もレアも行動の制限がかかっている。二四時間監視されているというのも忘れがちだから注意しないとな。
手帳には缶コーヒーに関する記述が無かった。さして重要な事でもなかったのだろう。
こんなのはよくある事だ。今更気にするまでもない。
俺はほとんど中身が残っている缶コーヒーを一気に飲みほした。
ニシキのやつに余計な心配をかけないよう、忘れていないフリをしなければ。次討伐任務に出向く際は必ず持っていこう。その時までには不自然に思われない程度にこれを飲めるようにしておかないと。
コンコン、と部屋のドアが叩かれる音がした。
「どうした、レア?」
「寝る前にトランプ、しない?」
「いいぞ。ババ抜きか? それとも大富豪?」
「ポーカー」
よりによってポーカーか。ナチュラルエンドレスポーカーフェイスのレアならポーカーの大会で世界が狙えそうだ。
「負ける気しかしないな」
「もうリビング電気消しちゃったから、タクトの部屋でやっていい?」
「どうぞ」
白いパジャマ姿のレアが部屋に入ってくる。
この部屋には机とイスが一組しかないから、ベッドの上でやるしかなさそうだ。
ってもうベッドの上でちょこんと女の子座りしてる。早くやりたくてしょうがないのだろう。
俺は手に持っていた空き缶を捨てようとゴミ箱に向かう。
「……タクト、寂しそう。何かあった?」
その様子をなぜかじーっと見ていたレアが、ささやくように、こう呟いた。
捨てる前の空き缶に目を落とし、今一度眺める。
やはり何も、浮かんではこない。
「別に何も。いつも通りだ。さあはじめよう。ポーカーなら就寝時間まで何戦かできるな。俺は一勝できればいいとこか」
缶を捨て、レアの対面にあぐらをかき、トランプをシャッフルする。
レアは相変わらず無表情だった。
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