第7話 ニシキ

 夕日に照らされた山間部に、やつはいた。

 遠目からでも分かるその巨大さ。アリアの推測通り、すでに第六番にまで成長しているようだ。

 辺りを見回すと、祭りをしていた形跡がある。政府の勧告を無視して開催したようだ。それを狙ったかのように悪魔は出現し、記憶を喰い荒らした、と。

 悪魔が現れやすくなると知っていても祭りを開催したいという気持ちは分かる。みんなもううんざりしているのだ。今の生活に。悪魔が現れやすくなると言っても必ず現れるという訳ではない。ここ最近この地域では出現していないしほんの数時間なら大丈夫だろう。そんな心理が透けて見えるようだ。


 今回はどれだけの人間が『回帰』してしまったのだろう。想像もしたくない。

 さらにバイクを走らせ、スライム型の近くへ。

 そこには一〇名ほどの想起兵たちがいた。皆一様に疲弊を滲ませていて今にも倒れそうだ。


「交代だ。早く下がれ」


 手短にそう言う。こいつらにはまだレアの護衛任務があるからな。こんなところでへたばってもらっちゃ困る。

 俺の姿を確認した想起兵たちは一斉に安堵の表情を見せ、ゆっくりと息を吐き出した。


「助かった……アンタが来てくれれば安心だ」

「とてもじゃないが俺たちには……」


 それぞれ力無い声で俺に言葉をかけてから後方に下がっていく。間もなく移送用のヘリが迎えに来るのだろう。

 どの想起兵も無気力だった。きっと疲労によるものだけではないだろう。


 想起兵に志願する人間はほとんどいない。誰もやりたがらないのだ。エクシスを使うには自分の記憶を捧げなければならない上に、戦闘によってマクスウェルの悪魔に触れてしまい、大幅に記憶を失う可能性も出てくる。想起兵になれば必ず一定量の記憶を失う事になるから志願兵が少なくなる。今年の志願兵は全国で僅か一〇人。年々悪魔の出現頻度は上がり続けているというのに、やる気のある想起兵の補充が追いつかない。


 最初はメディアを用いて想起兵になるよう人々を扇動しようとしたが、無駄だった。インターネットがほぼすべての家庭に普及した今、新たに特定の思想を植え付ける事は難しくなったのだ。

 そのため政府は無理やり想起兵を増やす事にした。

 身寄りのない者、貧しくて税を納められない者、そういう人々を強制的に想起兵にする。


 そんな法律が可決してしまったのは、もちろん一部を除いた大多数の国民のせいだ。一般人は想起兵を生け贄か何かだと思っている。向けられる視線に込められているのは、哀れみ。

 そのくせ国は想起兵にロクにお金を払おうとしない。いや、払えないと言った方が正しいか。マクスウェルの悪魔の出現によって国は大打撃を受けた。暴動、多くの人間の『回帰』及び回帰園の運営、悪魔への対策。


 世界の中でもそこそこの神楽石を保有しているおかげで何とか国を維持できている。このまま悪魔の出現頻度が増え続けたら、いよいよ国が傾くだろう。

 そんなジリ貧状態の中徴兵された者たち。戦いに希望を見い出せず、じわじわと記憶を失っていく事に怯える。そのためエクシスに捧げる記憶を極力減らし、他の想起兵に戦いを任せようとする。


 捧げる記憶が少ないとエクシスの力を発揮しきる事ができず、皆他力本願のため戦闘が長引いて集中力を欠き、結果悪魔の攻撃を受ける。

 そんな悪循環に陥る者ばかりだ。何人もこの目で見てきた。俺は記憶の消費量が多いから、きっともっと沢山見てきたのだろう。

 だから俺みたいに進んで悪魔を倒そうとする想起兵は重宝がられる訳だ。さっきだって交代した想起兵たちに神様でも見るかのような目を向けられた。その瞳の奥には、一般人と同じく哀れみが含まれている事を知っているが、そんな事は正直どうでもいい。


 俺はただ、悪魔を倒すのみ。それが俺の、存在証明。


 腰に帯びているエクシス、熾天使ランクのナイフを抜き放ち、くるくるっと手で弄んでから、それを構える。

 初撃は背後から。後は迫り来る触手を払いのけながら本体へ攻撃。焦らなければ問題無い。


 第六番の周囲に視線を走らせる。とりまきは第二番が一〇体、第三番が五体、第四番が一体か。三、四が厄介だな。

 どう戦おうか思案していた途中で、視界の隅から誰かが現れた。こんな危険地帯に誰が?


「よう。オレも手伝うぜ、タクトさんよ」


 二メートル近い長身、ひょろりと痩せた体躯。灰色の染められた長めの髪に、しゃがれた声。


「お前も来てたのか。さっきの想起兵たちの中にはいなかったようだが、どこに行ってたんだ?」

「向こうの方に出現した第一番の群を狩っていたんだ。にしても久しぶりだなタクトぼっちゃん」

「その言い方は止めろニシキ。久しぶりと言っても二週間そこそこだろう」


 ニシキはいつもの右唇だけつり上げる気色の悪い笑い方をしながら肩を組んできた。


「だってよぉ、オレたち週に二、三回は戦場で会ってたんだぜぇ。久しぶりに感じても仕方ないじゃんかぁ。一体何してたんだ? 風邪か? それともコレができたか?」


 そう言いながら小指を立てニヤニヤするニシキ。もう今年二十二歳になるというのに精神年齢は一六歳の俺と同じくらいなんじゃないだろうか。

 悪いやつじゃないんだけどな。年下の俺と対等に接してくれるし、徴収兵にも関わらず任務を全うしようとするし。


「うるさい。ヒゲがちくちくするからとりあえず離れろ」

「冷たいなぁおい。オレたち一〇年来の仲だろぉ」

「バカか。だとしたら俺は当時六歳って事になるだろうが。せいぜい二年間ぐらいだろう」

「ふむ、こりゃ記憶を捧げちまったか」

「勝手にねつ造してるだけだろ」

「はは、ばれたか」

「軽口はこのくらいにして作戦を立てるぞ。というかニシキは俺に加勢してくれるからここにいるんだよな?」

「もっちろーん。加勢したいんで残らせてもらえないかって上に言って許可ももらってまーす。かーっ、オレって何て友達思いなやつなんだ。ありがたく思えよー」

「恩着せがましいやつだな。ぶっちゃけ俺一人でも十分だが戦力が多いに越したことはないし、ありがたいといえばありがたいな」

「可愛くないやつよのぅ。さってと、じゃあそろそろおっぱじめるとしましょうかねぇ。第六番以外は任せてちょん。流石にオレじゃ太刀打ちできねぇ」

「了解。でも、ニシキ一人で第四番を倒せるのか?」

「ナメてもらっちゃ困るぜぇ。見よ、戦績が認められて支給された我が新しき相棒を!」


 ニシキは身の丈ほどの長さの槍を無邪気に振り回しはじめた。新しいおもちゃを買ってもらった子どものようだ。

 二メートルそこそこで長槍と言うよりは短槍に近いな。リーチは短くなるが取り回しやすそうだ。


「ランクは?」

「熾天使の一コ下、智天使(ケルビム)さ! 命名ロンギヌス! かっちょいいだろー?」


 いや天使に神殺しの槍の名前を付けるのはどうなんだとツッコミたくなったがニシキがあまりにも喜色満面だったため言わないでおいた。そもそもランクの名前を天使の階級にしたのはエクシス開発者の気まぐれだし、意味を求めるのは筋違いか。


「それだけ高ランクのエクシスがあれば安心だな。じゃあ取り巻きはニシキに任せた。俺は第六番をやる」


 智天使ランクのエクシスは第五番とやり合えるよう設計されたエクシスだ。ワンランク下の悪魔ならニシキ一人でも大丈夫だろう。


「おうともよ。へへっ、オレとタクトの二人だけの戦闘なんていつ以来だろうなぁ。腕がなるぜぇ!」

「ちょうど一年前、四足型の第四番の時以来だ。くそ、なんでこんなどうでもいい記憶ばっかり残ってるんだ」

「ええ、オレとの記憶がどうでもいいとかヒドく無いっすか!?」

「もういいからはじめるぞ。俺は早く帰らないといけないんだ」

「……ふーん。珍しいな、タクトがそんな事言うのは。いつもはもう終わりか、もっと倒したいのに、くらい言ってたような」

「ちょいと特別な任務に就いててな。あと、その言い方だと語弊がある。俺は戦うのが好きとかじゃなくて、ただ一体でも多くやつらを倒したいだけだ」

「なーるほど。後でその任務の話、聞かせろよ! じゃあ、行ってきまーす!」

「ああ。また後で」

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