統計信教:大罪の章

尾巻屋

蹂躙の幸福論

 明日のことを考えると、途端に胸が苦しくなる。

 それは、みんなと同じ、空の下を歩かなくてはならないから。

 他人の目に触れ、その背景の一つを担わなくてはいけないから。


 息ができない。腹の腑が持ち上げられ、締め付けられる感覚と形容したい。

 胸骨の守ることができない、柔らかくて、脆くて、醜い何かが押しつぶされて。悲鳴を上げることもできぬまま、ただただ耐えている。

 

 弱音を吐けば甘えだと言われ、無理をすれば寒いと笑われる。

 好きなことを好きだと主張するには、等身大の鏡が汚れすぎていて。


 なんの世界にだって、上の、上のさらに上にも上がいて。

 僕の頭の上にあるのはせいぜい三メートル先の吸音板で。


 役割を全うした蛍光灯に先を越されて。

 化繊ロープの一端には、いつでも輪が作ってあって。


 電車が地上に出るたび、車窓の向こうにある景色に不幸を求めた。

 憧憬が羨望に変わる頃、袖をまくることのできない大人になった。


 頑張って生きていると言えば聞こえはいいがつまりは死ぬことができないでいるだけだ。

 恨んで憎んで何度でも見放した世界に自分の居場所を作り始めていて。


 命に意味はないと言いつつもどこかでその虚しさをぬぐい取ろうとしていて。

 

 明日の朝日をもう、一生見たくなくて。

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統計信教:大罪の章 尾巻屋 @ruthless_novel

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