episode2-2 「彼は苦悩の連続に苦悩する」
階段はこんなに足が重くなるものだったか。
さっきは降りていく為に使用していたものだったので、足の重さなど気にも留めていなかったからだろうか。
職場である4階に上がると、探さずともわかる自分の机に辿り着いた。
昼下がりの喫煙所にて、片村から見せられた一通のメール。
そろそろ家庭教師の世界から身を引こうとしていた矢先に、結果を残すチャンスが来たと思いきや…である。
担当の女子高生、
実は東河は、彼女の事を知っている。
恐らく、彼女も自分の事を知っている。
恐らくの話ではあるが。
つくづくついていないと感じる。
あ、これは元からであったか。
先程片村から渡された彼女についての資料に目を通す事を試みる。
佐倉 由南
蒼燿学園高等学校 2年1組 文系
学力は20/200位
帰宅部所属
陽南大学志望
家族構成 父 母 姉 本人 4人暮らし
最後の家族構成は要らないんじゃないのかと心の中でツッコミを入れつつ、資料を見ていく。
東河はある文字から目を離せなかった。
姉。
そう、佐倉 由唯《さくら ゆい》である。
東河は遠い昔を思い出した。
思い出したくない、苦い青春の1ページを。
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彼女は、とても可愛い。
色々な男子に目を付けられるのは当然の事であるとわかっていた。
でも、もしかしたら。
こんな目が腐って尚コミュ障人見知りぼっちな自分の方が、魅力的なのでは?
ほら、物好きな女子だっているじゃん?そんなにいないか。
何はともあれ、とりあえず行動はとるべきだなと考え、携帯を制服のポケットから取り出しLINEを開く。
いいか「LINE、交換しませんか?」だぞ。
朝から何回も唱えたから大丈夫だ。
意を決して、自分の席を外し窓側の最後尾の彼女がいる席へと向かう。
彼女は鞄を机の上に置き、勉強道具を机の中に入れている最中だった。
「…おはようございます。」
目線を合わせる事すら恐怖で、ずっと窓の外に映る校庭を見つめながら挨拶を交わそうと試みる。
「…あの、いきなりなんですけど良かったらLINE交換してくれませんか?」
うん、我ながら実にスマート。完璧である。
携帯を持っている右手はガタガタ震えていたが。
彼女はと言うと、微笑んだ(むしろ引きつっていた)顔を見て、苦笑いにほぼほぼ近い微笑みでこっちを見つめていた。
「…うーんと、誰だっけ?(笑)」
…はい?
えーと、同じクラスにいる男子生徒なんだけれども…え、そこから?
思わず固まってしまった。
てか(笑)じゃねーよ、全く笑えねーよ。
思わぬ攻撃?になんて返せば良いのか分からずにいると、背中越しに男子生徒の声が聞こえてきた。
「…君、僕の彼女に何か用かい?最近やたらと彼女に近づいて来てるのって君なのか?だとしたら近づかないでくれるかい?」
何を言っているんだい?
と言いたかったが、生憎コミュ障、人見知り、ぼっちの三種の神器を兼ね備えた自分にとっては一言も交わしたこと無い彼に対して言い返す事など出来なかった。
まだ朝のホームルームは始まるのに充分な時間があるのにも関わらず、既にほぼ全員が教室の中に居る状態で言われたこの一言。
みんなが3人のやり取りに注目しているのだ。
いや、正確には自分に当てられたジト目であったのには間違いない…
「…すいませんでした」
と、言ってしまった。
これでは彼が言った事を認める形となる。
実はというと、そのような事は一切していない。
クラス中の視線を浴びながら、自分の廊下側の最後尾の机に戻った。
彼が言ったことは間違っている。
近づいているのは、自分では無い。
ただ、近づいている人がいるのは間違いない。
これはこのクラス、いや下手したら全校生徒が知っている情報である。
何故なら彼女は全校で1番の美貌を誇る女子生徒だからである。
思わず言った謝罪のおかげで見事、悪者になってしまった。
噂が広まるのは早い。
残念な事に75日よりも長く自分は噂と戦わなきゃいけない日々が続いた。戦うと言っても、何も出来なかったが。
おかげで、特に女子生徒の方からは「直ぐに手を出す男」として名誉ある称号と、休み時間中にジト目を向けられるサービスがついた。
「そんなんじゃ、損しかしない人生送るよ」
誰かに言われた事を思い出す。
今まさに損している。
学校生活は恋愛や部活に勉強、色々な形で「青春」を送っていく。
自分でも入学当初はそう感じていた。
毎朝、自分のクラスの表札である2年1組の文字を見ると「青春」という文字は偽物なのでは?と考えるようになっていった。
いつもの机に向かう。
いつも通りに視線を浴びながらの朝の時間を迎えると思っていたが、今日は何故か違っていた。
「…東河 流平《ひがしかわ りゅうへい》君だよね?」
目の前には、彼女がいた。
そこから、また学校生活が大きく変わって行くのをしらずに。
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はっ、としてしまった。
最近昔を思い出すと、何故か長い時間が経ってしまう。思い出したくない事なのに。
いや、嫌でもこれから思い出させられるのだろう。
東河は頭を横にぶんぶん振りながら思い出を無理やり振り払い、佐倉由南に対するこれからの指導方針をまとめ上げた。
俺にはもう後がない。
頑張って学力を上げてもらう為にも、まず自分自身が頑張らなければ。
苦悩など何度も経験している。
いや、挫折と言っても良いのかもしれない。
途中片村に明日の16時に彼女の家に行って挨拶して来い、と言われより一層仕事に集中した。
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