episode1-2 「彼女はふと微笑む」


「…ゆーな?」


瑞帆の声で、はっと我に戻った。

気がついたら見覚えのある公園の目の前にいた。


どうやら昔を思い出していたら、いつの間にかここに来てしまっていたらしい。


「大丈夫?やっぱりまだゆーなの鞄持ってた方が良かった?」


いつも会話をする時の瑞帆らしい微笑みで、彼女は由南の顔を覗き込んだ。


「…そんなに持ちたいなら、卒業するまで私の鞄持ってもらおうかな?」


思い出に浸っていたことを悟られないように、由南はニヤニヤしながら再び自分の鞄を瑞帆に押し付けようとした。


「あっ、じゃあ私ここで。明日から普通授業だけどがんばろーね!さらばじゃ!」


逃げるなと由南は瑞帆の後を追いかける姿勢を取ったが生憎陸上部に所属する彼女の足には当然ついていけず、笑顔で手を振る彼女を見送る形で由南は自分の家路に着いた。


一歩踏み出した、右足首を見つめる。


思わず溜息をついてしまった。



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「あ、由南お帰り」


家に帰り、リビングに入ると母である佐倉 由祈(さくら ゆき)がせんべいを食べながらソファーに座りテレビを観ていた。


「そうそう、例の家庭教師の先生なんだけどね。明日の16時に来ることになったわ。由南もそれまでには帰ってらっしゃい。」


由祈はもぐもぐとせんべいを食べつつ、テレビを観てふふふ、と笑っていた。


「…わかった。」


とだけ言い、由南は自分の部屋がある2階へ足を運んだ。


母に言われて今一度自分の状況を理解する。


家庭教師を受ける事になった。

これは由南が決して頭が悪いから、では無い。


何より由南自身が自ら「家庭教師を受けたい」と言った訳では無いのだ。


そう、これは母の由祈が由南の意志とは関係なく決定した事項なのである。


だいたい、昼過ぎにせんべい食べながらテレビ観て爆笑してるとか何時の時代の人なんだか。


由南は心の中で思わず突っ込んだ。


やれやれと思っていると、わざと膝から15センチも短くしているスカートのポケットからスマホの振動を感じた。


画面を確認すると、LINEが1件来ていた。


送り主には、もう見慣れてしまった名前が確認出来た。


―祥人 先輩―


由南は直ぐにLINEを開き、内容を確認する。


「来週の土曜日、良かったら一緒に遊ばないか?」


由南は純粋に嬉しく思った。


瀬野 祥人(せの さきと)。

蒼燿学園ナンバーワンのイケメンとして、数多くの女子にキャッキャウフフされている、長身バスケ部キャプテンの高校三年生である。


とあるきっかけで由南と祥人は知り合い付き合ってはいないが、LINEをするような仲となった。


遊びに誘われるのはこれが初めてである。

由南は今の今まで、男子と絡んだ経験はほとんど無い。男性恐怖症とかコミュ障とか引きこもりの経験者では無いのだが、恋愛とかそういう類の物には全くと言っていい程興味が無かった。


しかし、祥人と知り合ってから学年問わず色々な女子に視線を浴びる事となり(大半は羨望と嫉妬の眼差しだろうが)何かと多くの男女に絡まれる機会が増えていった。


特にいじめや、嫌がらせを受けている訳では無いので安心はしている。


それに、いずれは祥人と…。


と妄想にふけていると返信していない事に気付き、


「土曜日、学校終わったら遊びましょう!制服でもいいなら。」


今日一番の笑顔で由南は返信をし、ワクワクしつつカレンダーを見た。


今日は6/18の月曜日。


嫌な家庭教師の件を乗り切って、楽しい週末にしようと心の中で誓った。


あの、祥人先輩と遊べるんだ。自信持たなきゃな。

由南は机の引き出しの奥にしまっていた、一つの写真を取り出す。


「第1回蒼燿ミスター&ミスグランプリ優勝者 瀬野祥人君&佐倉由南さん」


言っておくが自意識過剰では無い。自分で自分の事を可愛いとだなんて1mmも思ってない。いや、ごめんなさい、ちょっとは思ってます。


中学時代に怪我によりスポットライトを浴びる事から離れ、周囲からは何も言われなくなってしまった事には寂しい気持ちに襲われていた。それ以上に怪我の痛みが大きかったのだが。


テニスを約1年も離れなければならない事を医師から宣告された時は、絶望だった。


私には何も無くなった。


華やかな舞台を去った後は、苦しいリハビリ生活を強いられる事になった。


それでもまたみんなと早く学校生活を送りたい一心で懸命にリハビリに取り組んだ。


再び、右足首を見つめる。


私は、また最高の学校生活を送れるんだ。

ある意味、この右足首には感謝している。

そんな事を考えながら、手洗いをする為に再び1階に降りた。




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