第3話:コーヒーとサンドウィッチ

 カールスさんのお話の大半は依頼と関係の無い彼女談義ばかりなので、そんなことを考えながらやり過ごします。

 他に時間を潰す物も無くなり、私の目の前には空になった皿とカップ。

 冷水なんて気の利いたものを用意してくれるような店員さんもこの店には居ないようで、ただただ彼の話を人形がごとく黙って聴く振りを続けるのみ。

 自分で注文したにも関わらず、相変わらずカールスさんが食べ物に手を付ける素振りはありません。

 これ、一体何時まで続くのでしょうね。

 結局、好きなだけ喋りに喋ったカールスさんは満足したのか一枚の紙を私に手渡し、仕事だからと去って行きました。

 颯爽と手を振って。

 お願いしますね、とだけ言い残して。

 他にもっと言うべきことがあるのではないでしょうか。

 実は依頼をする気が無いのですか。

 代金だ何だの話しはさておき、結果的に私はどうすればいいのか。

 一緒に暮らしたいということはつまり結婚したいということ。

 言ってしまえば例の彼女と恋仲になりたい、お付き合いがしたいというのが今回の依頼の根本と捉えて間違いなさそうです。

 恋の立役者、キューピット。

 そのポジションが私の役目。

 はっきり言って苦手です。

 非常に苦手です。

 どうすればいいのか、まったくもってわかりません。

 偶然を装って二人を接近させ、うまいこと心を通わせるまで持って行ってからの同棲。

 難易度が高すぎやしませんか。

 せめてお付き合いまでで勘弁してもらえませんかね。

 その方が幾分か現実味は増すのですが。

 と、詳しい話しもせずに消えて行った依頼人に対して思ったところで、無意味もいいところですけれど。

 渡された紙を開いてみれば、彼女の名前、働いている店、外見的特徴などが手書きで記されています。

 これは、何と言いますか。

 困りましたね、本当に。

 済んだのか済んでいないのか、どちらかと言えば済んでいないのですが、本日の用が済んだ所に長居は無用です。

 追加の注文も無いのに居座られてはお店側も迷惑でしょう。

 さっさと返って作戦でも練りますか。

 コンコン、コンコン。

 真横に来た店員が、

 コンコン、コンコンと、キャッシュトレイを叩きつけています。

 コンコンと。

 私の居るテーブルに。

 カールスさん、食い逃げですね。

 一口も食べていないのだから『食い』逃げにはならないのですが。

 勝手に注文をしておいて払わないとは何事ですか。

 自分から払うと宣言しておいて、何様のつもりですか。

 一向に店員さんの行動が止まる気配がないので、渋々二人分の食事代を支払いました。

 この分はきっちりと仕事の請求書に上乗せさせていただきますよ。

 折角自分で支払ったのですし、カールスさんの残した分をそのままにしておくのも合理的ではないので、作り物の様なサンドイッチと水と変わらないコーヒーを胃に流し込みました。

 相変わらずテラスでは、老人が虚空を見つめ続けています。

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