第4羽 兎神様

「皆さん、ご苦労様でした」

 落ち着きのある綺麗な良く通る声が響く。

 金色の飾りが、シャラシャラと気持ちのよい音をたる


(これが兎神様……)

 呆けた顔で、私は見とれていた。


 私の身長の倍、いや三倍以上はあるかもしれない、細身で長身のウサギの形をした美しいナニカ。


「莉乃さん、同意も無しにこの世界に連れて来てしまった事、お詫びします」 

 目を伏せて、長い耳がユラリと揺らし、兎神様は頭を下げる。

 ピリッと、周りの空気が変わった、ウサギたちの神様が頭を下げたのだ、気分を害したんだろう、ウサギ達の視線が痛い。


「おやめなさい」

 兎神様が静かに言うと、また空気が変わった、はぁ、緊張した。


「莉乃さん」

「ひゃい!?」

 あ、変な声だしちゃった。

 兎神様は、目を細め袖で口を隠して、クスリと笑って話を続ける。


「緊張しないでくださいね、さて……何からお話しましょう」

 あ、これゲームだったら選択肢出てるやつだよね?!

 私は、おずおずと手を上げて疑問をたずねることにした。


「あの~、兎世界を救うって? 私、ただの女子高生なんですけど」


 兎神様は小さく頷く、シャラシャラと金の飾りが音を立てる。

「この兎世界は、現在危機に陥っています、ワタクシが対処できれば良いのですが……この場所を離れることができないのです」

「この場所は、兎世界の”要石”のようなモノです、この場所からワタクシの神通力で兎世界の結界を張っています」


「離れると、どうなるんです?」

 ちょっと気になってたずねてみた、だって兎神様が出れれば解決しそうだし。


「柱と壁の無い家はどうなりますか?」

 えーと、屋根と床だけ……ぺっちゃんこ。

「! 兎神様が、ここから離れても兎世界は破滅なんですか!」

 なんてこったい。


「危機と言うのは、その結界を壊す者の事です」

「通常では、トト山にある祠が、外界と、ここ、兎世界との唯一の門となっているのですが……」


「桔梗」

「はい」

 呼ばれた桔梗は、兎神様のそばまで行くと、人の拳大の玉(勾玉まがたまって言うのかな)を差し出す、兎神様はソレを指でつまみ私に見せながら話し出した。


「コレは、ワタクシの作った神器で、『りの玉』と言います、開けられた結界を閉じる力が有ります」

「『りの玉』の対となる神器に『けの玉』が有りますが、ソレを奪われています」


「『明けの玉』は、この兎世界のどこからでも、外界に通じる門を開くことが出来るのです……、そうですね、どんどん穴をあけられ、側面が無くなった箱はどうなるでしょう? そう、箱ではなくなってしまいますね」


「ええっと……」

 上と下だけ? そうか、穴だらけにされて支えが無くなるのか、またぺちゃんこだ、大変じゃないか。


「今は、『明けの玉』で開けられた結界を、ここに居る『十五月の巫女』達で『下りの玉』を使い、閉じて回っていますが……、無尽蔵に大穴を開けられたならば、対応は付かなくなるでしょう……」

 そう言って、周りのウサギたちを見まわして、少し目を伏せる兎神様。

 悲しそうだ。


 うーん、話は大体読めた、その『明けの玉』を奪い返すか、取ったやつをとっちめれば良いんだね。

 ……うーん。

「あの~、兎神様、それで何で私なんでしょか? ここのウサギたちで何とかならないのでしょうか? それに他の神様に頼るとか」


 兎神様は、少し悲しそうな顔する。

「ウサギたちは、元々争いには向いていないのです、この子たち……巫女たちは相応の力はあるのですが、それも追い払うぐらいしか……」

「他の柱達に助けを求めるのも、この世界に他の神が入った場合、その存在自体で歪みが生じる可能性がありますし、自分たちの領域を守らばならないでので無理でしょう」


 うーん、神様たちも大変なんだなぁ、うさちゃん達も戦いには向いていないのはわかるし……。


「そこで、大神様達にお願いをしていたのです、救い主を探してほしいと」

 ふむふむ、大神様達ってのは、兎神様の上司みたいなものかな?

 ……えぇ? それってまさか天照様とか月詠様とかじゃぁ……。


「莉乃さんをお迎えに行く前に、大神様達からお話が届いたのです、『トト山に来る女の子に助けを求めよ』と。」

「おそらくですが、大神様達は、莉乃さんを見つけ、ここに来られるように仕向けたと思われます」


 な?! なんですとぉ?!

「え? 私、友達がトト山に行くからって……、んん?」

 そういや、何で急に俊と武彦は不思議なウサギを見に行くとか言い出したんだっけ? わりとオカルト話だし、普段は興味ないんじゃ? 二人で出かけたいからってそんなのに乗っかるタイプじゃない気がしたし。


「ワタクシの見たところでは、莉乃さんは『トト山の地の巫女』の血筋があるようですね、薄まってはいますが、そこを見越してなのかもしれません」


「え? えぇぇえ!!」

 マジっすか?! 家系なんて知らないものなぁ、大昔の祖先かな。

 でも、それで何とかなるのか? え~、無理っぽいけどなぁ、薄まってるんでしょ? いやいや。


「莉乃さん、こちらに」

 兎神様が、手間招きをしている。

 戸惑って、横の桔梗を見るとうなずいている、行けと言う事だろう。

 おずおずと、私は兎神様の前まで行くと、兎神様はそっと私の頭にその大きな手をモフンと乗せる。

 体の中に、何か暖かいものが溢れて来る、お風呂の中で何も考えず足を延ばしてくつろいでいるような、暖かい日差しの中ひなたぼっこしてウトウトしているような、幸せな気持ちになってくる。


「今、莉乃さんの体に神気を通しました、これで眠っていた力が使えるはずです」

 兎神様は大きな手を私の頭からどけ、微笑んでいる。

 確かに体は軽くなった……ような気はするけど。


「はぁ、あの? これで私、ナ〇ック星編のクリ〇ンみたいになったんですかね? 術? とか使えるんですか? 目からビームとか出せたり?」


「えぇっと、”な〇っく星編のくり〇ん”やら”目からびーむ”やらは、わからないのですが、術は神通力の修練をしないといけませんね」

 目からビームはまだ無理か、兎神様を戸惑わせてしまった、てへぺろ。


 私が席に戻ったのを見計らい、兎神様は「ふぅ」と一つため息をついて話し出した。


「莉乃さん、これからお話することは、事の元凶の事です」

「このお話を聞いて……、あなたの……力を借りられなければワタクシ達は運命だと諦めて滅びましょう」

「ただ、そうなった時、この元凶たる悪意は、あなたの居た世界に手を伸ばすでしょう」


 兎神様は、一言一言噛み締めるように言葉を繋ぎ、悲しそうな瞳を私に向ける。


「この元凶たる悪意は、今、自らを『魔王』と名乗っています」

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