第5羽 魔王 クワ

 むかしむかしの大むかし。


 ウサギの神様が、ウサギたちのためにウサギの世界を作りました。

 ウサギたちは、その世界で平和で穏やかな暮らしをしていました。


 そんな世界に、ある時、外の世界から小さな悪意が入り込みました。

 小さな小さなその悪意は、ウサギの神様にも見つからず、一羽のウサギに取り付きました。


 その悪意は、ウサギの中で育ち、やがて一羽の黒ウサギとして生れ落ちました。

 小さな黒ウサギは『くわ』と名付けられ、ウサギの世界で育ちました。


 美しく育った桑は、集落の人気者になりましたが、他のウサギたちと会わないように家にこもり、外に出ても他のウサギたちに会うと逃げるように暮らしていました。


 桑自身は、毛づくろいすら興味はなく、むしろ美しくしているウサギたちを汚し苦しめ泣かせることを考えていましたが、ソレを少しも顔に出さないようにしていました。


 用心深い桑は、その悪意を表に出さず、ウサギの神様に気づかれないように、静かに静かに暮していました。


 そんな桑は、自身の才覚と親の推挙によって、巫女として修業をし、ほどなくウサギの神様の元へと行くことになりました。


 桑が、その本性を現したのは、ほどなくしてからでした。

 ウサギの神様の宝物殿から一つの神器を盗み出し、大勢のウサギたちを害し、ウサギの神様の元から逃げ出しました。

 姿を隠す前に、桑は自分が育った集落で、親切にしてくれたウサギたちを、自分の親たちを、その手で亡き者にしました。


「あぁ、楽しや楽しや、こうして貴様らの血で絵を描き、貴様らの悲鳴を奏で、貴様らの肉を喰らうのを、どれだけ待ったものか」

 美しい黒い毛を血で汚し、錆びてきしむ鉄扉の様な、ギィギィと耳障りな笑い声をあげて桑は笑います。


 ウサギの神様は、悲しみ、ウサギの巫女たちに桑を探させましたが、その姿をくらまし見つかりませんでした。


 桑は、盗んだ神器の力で、ウサギの世界に穴をあけ、何度も外の世界出て行きました、憎悪、妬み、嫉妬、軽蔑、嫌悪、人の悪意は桑の力になります。


 ある時、外に出た桑は山で、幼い女の子を連れた人の家族を見つけます。

 おそらく、家族で山菜でも取りに来たのでしょう、桑は考えました。


「これはいいこれはいい、コイツを連れ去ってアタシのしもべを作らせよう、ウサギ共もアノ神も殺せるようになったら、この世界に出て暴れてやろう、今はダメだ今はダメだ、コイツの様なのをもっともっと集めよう、そうしようそうしよう」


 桑は、家族の目が離れた一瞬で、女の子を連れ去りました。

 外の世界は、大騒ぎになりました。


 桑は、外の世界に出るたびに、山に入っている女の子を見つけると、さらうようになりました。

 外の世界は、さらに大騒ぎになりました。


 何時しか、「あの山に女が入ると神隠しに遭う」と言う話が、外の世界で広まり、山には女の子はこなくなりました。

 桑は、外に出て探し回っても女の子が居なくなったので、地面を蹴り、口に泡を貯めて怒鳴り散らし、怒り悔しがりました。


「おのれおのれ! 人間どもめ! アタシの楽しみを奪うのか! 必ず必ずこの世界も貴様らの血と悲鳴と肉で埋め尽くしてくれる!」


 山を下りて、人の集落からさらって来ようかとも考えましたが、用心深い桑は、距離が有り人に見つかるかもしれない事と、神器はこの山の内でしか使えないのがわかっていたので、渋々と諦めることにしました。


 それでも桑は、悪意を集め、山に入っている女の子は居ないか探すために、外の世界に出ているのです。


 ウサギの世界を壊し、恐怖と悲しみを喰らうために、外の世界で暴れ、憎悪と怒りを喰らうために。


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