第2章「女剣士ミウ」scene4 剣闘士猛る

『最初の油断がなかったら、

なんてことはなかったのよね』



砕け散る氷剣を鞘に納めながら、

ミウが呟いた。


事実、まともに食らった攻撃は、

二人とも、ひとつもない。

即席にしては、無駄のない、

見事な連携と言えた。



『とどめを指したのは、私の剣だからね!

猫ちゃん』


気を失っている間、

はぐれ猫に守られていたらしいことは

気付いてはいるようだが、

剣士のプライドが、あえてそこに触れるのを避けているようだ。




『………戦場では、

ひとつの小さな油断が、命取りになる。

一人なら既に命絶えていたことを、

努々忘れるな』




『……ふん、わかってるわよ』



強がって見せた、その言葉の裏を見透かされたような気がして、

ミウが赤面して目線を反らした。


『…それにしても、

タフなやつだったわねえ!

首折られても生きてるなんて、

冗談にもほどがあるわ』



『……この地下に漂う、

汚れたオドの力でも借りていたのだろう。

奴もまた、

闇に身を委ねた冒険者の末路であろうな…』




『…たしかに、ここにずっといたら、

気がおかしくなりそうだわ………』



ミウは、改めて回りを見回し、

嫌悪感を露にした。




……娘の言う通り、常人ならば、魂が闇のオドを退こうとするのだろうが………。






…「百の愚者の屍を踏み締める者」……か。







古き言い伝えにある通り、

もし、娘の連れだと言う男が、

これをやってのけていたとしたら……



魂は、既に闇に呑まれているのかも知れぬ…。



もしくは、自ら進んで、

闇をその身に取り入れているか…………。



そうなれば、奴が扉を開ける前に………。



『ねえ、猫ちゃん…。

ここは一体何なの?』



『………………。』



『猫ちゃんの仕事って、何なの?』




『…………………。』




『闇に呑まれちゃったら、みんな、

ああなっちゃうのかな…』




『…詳しいことは、今は言えぬ…。ただ…』




と、付け足して、

はぐれ猫は玄室の奥の方に目をやった。



闇の中に朧気に浮かぶ、

巨大な木製の扉………


そのさらに奥……


この部屋など及びもつかぬ量の悪気が、

今にも、扉をぶち破って噴き出すような感覚に襲われ、はぐれ猫は思わず扉を睨み付けた。




『この迷宮は、

現世を滅する事の出来るほど、

強大な力が眠る土地。


それを、人類が、悪しき欲望のままに、

何度も何度も、この迷宮に潜む闇の力を利用しようとしてきたのだ。



そして、今度もまた、

何者かが欲望のままに、

ここの扉を開けようとしている。



………娘。



…もし、この迷宮を開け放った者が、

主の連れだというのが真なら…………

もし、主の連れが、

闇に呑まれ支配されているとしたら………』




ミウの強張った表情に、

一瞬、はぐれ猫の心が揺れた………。






『………我は、全力を持って、それを討つ』




『……だ、大丈夫よ先生なら!

そんな…

こんな闇だかなんだかにやられちゃうほど、やわじゃないんだから!


……やだなあ、猫ちゃん、

そんな怖い目してえ…はは』



不安を掻き消す為に、

必要以上に饒舌になっているミウを見て、

はぐれ猫が目を少し細めた…。





『……主の連れというのは、

どのような男なのだ?』




…自分の発した言葉に、

はぐれ猫自身が内心驚いていた。

他人に興味を示すなど、

ましてや、今日会ったばかりのこの娘と、

少し会話をしたがっている自分がいるなどとは……。



娘の気さくな人柄に少しばかり感化されてるのかも知れなかった。





…しかし、悪い心持ちはしない。




『先生?……そうねえ…』




小難しい顔で腕を組み、

ミウが師匠を思い出す。




『…いつも仏頂面で、

人付き合いはかなり悪いわね。


あと、基本的にずぼらでだらしないの。


酒場の2階に住んでるんだけど、

朝は起きないし、部屋はゴミだらけだし…』





『……………』





捲し立てるように次々とアスラムの素性が暴露されていく…。




『あ、あとは、女好きってとこね!』




『女…………』





『ええ。

…可愛い系より、どっちかっていうと、

美人系が好きかも。

クールビューティーみたいな。


まあ、見境いなく声かけて

9割方振られてるけどね。


…街中でエクシーリス姿の頭良さそうな魔女なんか歩いてたら、ずっと見てるわよ、きっと』





『…なにか、他に無いのか』





『他に?…うー………ん』







天井から落ちる水滴の音が、3回。






『ないよ。』




はぐれ猫が目を伏せた。


『あ、もしかして今、笑った?笑ったでしょ?』



『……………』




『へー、へー、猫ちゃんも笑うんだあ。

へえー…』



『……………』


『まあでも、剣の腕だけは確かなもんだと思うわよ。この国であんだけ強い人は、そうはいないかも。少なくとも私は知らないなあ…。

もしかしたら、大陸1かもよ』




『……慕っているのだな…』



『ま、まあね、剣の師匠だし。

それに、父親代わりに育ててもらった恩もあるしね…』




……どす黒い血溜まりに半分浸かりながら、横たわる首なし死体……。



周囲に散らばる肉塊から無尽蔵に湧き出でる、闇のオド……

それを、血液の海を媒体にして、

首なし死体が貪欲に吸い取り始めていた…。



二人は気づいてはいない。



『……先生を探さなきゃ。

この部屋のどこかにいるのかしら』



『娘。主はもう引き返したほうがいい。』




……死体の指が、ピクリ、と動いた。




『いやよ!先生を連れて帰らなきゃ!

…もっと先に進んだのかも知れない。

私、行ってくる!』




『だめだ。これ以上、先に進むのは、

主独りでは危険過ぎる』




……死体が、モソリ、と立ち上がった。




『だったら、猫ちゃんもきてよ!

二人ならなんとかなるでしょ……?』



『見つけたとして、娘よ。

その時は、我と主の連れとの殺し合いに

立ち会うと言うのだな?』



『それは………』




……死体が、数歩、前に進み出した。




『ねえ!他に方法はないの!?

先生なら、きっと、大丈夫だよ!

殺し合うなんてやめてよ……』



『それは、自分の目で見て確かめる。

主の連れが扉を開ける者なのかどうかをな。

違うなら、もちろん、手出しはせん。

約束する』




……死体の翔るスピードが、倍加した。




『大丈夫だよ……。

きっと、涼しい顔をして、そこら辺をウロウロしてるに決まってるんだから………』



『主は信じて、街で待っているがいい。

とにかく、早くここから抜け出して……!?』



『!!?』







……死体の振り上げた刃が、ミウのすぐ後ろに迫っていた。




油断した……!!!!



はぐれ猫が思わず舌打ちを漏らしていた。



闇の力を侮っていた!!

よもや、首を切断したにも関わらず、

動けるとは…………!!


敵の気配に気付かぬまま、

談笑に耽るなど……


なんたる不覚………!!



はぐれ猫は、全身全霊で石畳を蹴り、

走り出していた。


円月輪を取り出し、構えるも、どう足掻いても間に合わないと、心で悟りながら…………



娘!凌げ!




…ミウは、後ろに迫る凶刃に、

気付いてさえいない………。




だめだ、間に合わぬ……!







諦めかけた、その時。



はぐれ猫は見た。




湿気混じりの闇のオドを

圧倒的な存在感で駆け抜ける、

一陣の暴風を。




蒼い衣をたなびかせながら、それは、

瞬く間にミウのそばに近付き、



抜き放った刀から迸る、闘気の弾道を、

首なし死体の身体に見事に命中させた。



爆風に揉みくちゃにされながら、

吹き飛ぶ首なし死体。



闘気の起こした風に体を煽られながら、

ミウも見た。



そこには、

愛刀一文字を中段に構えながら、

自ら手を下した獲物を、

猛禽類のような眼差しで

一刻も目を離さず睨み付けている、

一人の黒髪の剣士の姿があった。



ミウの顔がくしゃくしゃに緩む。



『…この男なのか』



はぐれ猫が足を止め、呟く。





『……まだまだ甘えな、ミウ』



再び立ち上がった首なし死体を

微塵に切り飛ばし、一文字を鞘に納め、

アスラムが笑った。





第2章 fin














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