第2章「女剣士ミウ」scene2 祭りのあと

『………どうやら、これで段は終わりのようだな………』



永遠に続くかと思われた階段を降り切り、二人は、巨大な木製の扉に辿り着いていた。



この場に辿り着くまで、結局、一度も、生きた怪物と遭遇することがなかった。


残された足跡から察するに、この地に潜り込んで、怪物どもを薙ぎ倒し、踏破してきているのは、たった一人だ。



『先生………』





はぐれ猫が、扉に耳を当て、中の気配に耳を澄ます。



……物音は全くしない。



が、扉の隙間から漂いくる、血臭……そして、死臭………。


今までとは比べ物にならないほどに、熱気を帯びて漏れ出している……。



この向こう側で、

何があったのか………?



『…娘よ。ライムを抜いておけ。

動く気配は感じられぬが………なにが起きるかわからん』



『ん、わかった』



氷の刃が、闇に煌めき出でた。



観音開きの扉の、左右に散り、二人は、扉に肩を預け、押す段取りを整えた。




『開ける』







……木製の扉が、

軋み音を立てながらゆっくりと開いた。


部屋の中に籠っていた血臭を伴った熱気が、出口を見つけて一斉に溢れ出てくる。


余りの臭いに、

ミウは思わず口を押さえてしまった。



踏み入れた足が、

水溜まりらしきものにはまる。



血溜まりだった。



足首まで浸かりそうな勢いで、

おびただしい量の死体から流れ出た血液が、床のへこみに溜まり混んでいるのだ。




はぐれ猫が回りに細心の注意を巡らしながら、数歩、更に玄室に踏み込んで、

手にした松明を上方にかざした。



照らし出された、その光景は………



……さすがに、

はぐれ猫の目が驚愕に見開いた。


……吐き気を催し、

ミウが惨状から目をそらした。



写し出された光景は………


正に、地獄絵図だった。






……重なりあうように横たわる、

数えきれぬほど無数の、肉の骸……。


転がる、腕や、足も、

既に誰のものなのかもわからない。



人の形として認識できるなら、

まだ綺麗な死体と言える。

中には、原形を留めていない肉塊もあった。



横たわる怪物の亡骸と、

溢れ出した膨大な血の流れのせいで、

石畳の床が殆ど隠れてしまっている。




そんな光景が、玄室中に広がっていたのだ。





圧倒的な、死の量……。




あまりに非現実的な、その光景に、

二人は、暫くその場を動けないでいた。







…足元を確認しながら、少しずつ部屋の中央に歩を進めていく…。



二人の息づかいだけが、死の静寂の中に響く…。



『……娘。ひとつ聞いていいか』



『なあに?猫ちゃん……』



『……………。

これをやってのけたのが、娘、主の探していた相手、独りの手によるものだと思うか?』




『んー……………』




『……骸の数、100では下るまい………。

そこまでの手練れか?』



『……先生なら、たぶん、できると思う』



『………………。』




はぐれ猫は、この惨状をたった独りで切り抜けたであろう、娘の師匠だと言うその男のことに思いを馳せた。



つい、シックルを握る腕に力が籠る………。



…独りの戦士として、反応してしまう。



一体、どんな男なのだ……。



純粋にやりあったら、どうなる……?



試してみたい………



我が、「猫」として培った、この武術………



存分に試してみたい……






邪。





我の使命は、開いた扉を閉じること、

其れのみ。


その為には、どんな手段も問わぬ……

その決意で、遥か遠方のこの地に馳せ参じたのではないか。


もし、その男が、因果の中に組み込まれ、

扉を開ける役ならば、なおさら………



ただ、消し去るのみ。




はぐれ猫は、

自分がこの蒸せ返るような熱気にやられ、つい、消し去ったはずの自我を持ち上げてしまったことに、後悔の念を抱いた。



我は、ただ、陛下の為に尽くす、

駒にすぎぬ。



自分に言い聞かす。




自分の後ろを、恐る恐るついて歩く、

ミウに、一瞬だけ、意識を送った。


……娘には、あえて、今は言うまい………。

その男も、次第によっては、

我の獲物となることは…………。







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