第2章「女剣士ミウ」scene1 扉は開け放たれた
とある場所にて。
……とある者達の会話……………。
『………!!』
『どうした?』
『…扉が、開きました…!
……大量のオドが、風穴から流れ出ております……!』
『!!……開いたのか!
……して、誰が……?』
『……写し出します……
…………ああ、やはり…………』
『奴か?奴なのだな?』
『はい!あの男です。
こちらの思惑通りに……!』
『うむ…!想像より早く到達したな。……して、奴は……?』
『…どうやら、これから接触する模様です……。
……ああ…これ以上は、水晶玉が保ちませぬ!!』
『至急、猊下にご報告を!!
……あと………
……そうだ!
ヴァジュラン団長にもお伝えせねば…………………………
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ロココの街。
このイルーナで冒険者として生きていくならば、避けては通れない街である。
冒険者が戦いの結果として持ち帰る戦利品…
武器や防具、又は繊維や反物、果ては鉱石や食料品まで…
様々な品物が、そこかしこで取引されている。
イルーナ大陸全域の市場相場を司っているといっても過言ではない。
街には様々な国々から訪れる商人、冒険者で溢れかえり、
ある意味、各国の首都よりも活気のある街である。
そして、当然、様々な情報も、大事な商品として飛び交うのだった。
…ロココの街の中心に位置する、酒場『月の番人』。
様々な人、
様々な情報、
そして様々な私利私欲の渦巻く場所。
駆け出しの冒険者から、歴戦の猛者まで、昼夜問わず、人気の酒場である。
その酒場の扉を勢いよく開け放ち、一人の女剣士が、怒りの形相で、酒場から飛び出してきた。
栗色の長髪を、無造作に結い、黒光りする鎧に身を包み、深紅のマントをたなびかせて、走る。
腰には、鍔の部分に宝石をあしらった、小振りの短剣を差している。
身体能力の高さを想像させる足取りで、街行く人々の群れをすり抜け、街の北の出口を、黙々と目指していた。
『……おや、ミウちゃんじゃないかい。
そんなおっかない顔して、どこいくんだい?』
道端で花売りをしていた一人の婦人に声を掛けられると、
女剣士はその歩みを止めて、ヅカヅカと婦人に近付いていった。
『ユメリアさん!
ちょっと聞きたいんだけどさ!!』
『な、なによお、怖い顔して!』
『……ここ何日かの間に、うちの先生の姿を見なかった!?』
『…先生?
…ああ、アスラムさんかい?
見た見た、いつだったかなあ……』
『!!……どこに行くって言ってたか、覚えてる!?』
『うんとねえ……なんか、いい稼ぎ話が舞い込んできたから、いってくるってさ。
……えっとー…』
『どこ!どこ!!』
『そんな急かさないでよ、今、思い出すから……んー…………
あ!風穴!
ロココ風穴行くってさ』
『風穴ね!やっぱり!!
ありがとユメリアさん!
今度はちゃんとお花買うから!じゃあね!』
『あ、あ、は、はい、気をつけて………』
ユメリアの語尾を聞いたか聞かないか、
ミウと呼ばれた女剣士は、瞬く間に姿を消していった。
『あらあら、相変わらずお転婆なこと…
すっかりお父さんに似ちゃって、まあまあ………』
…ミウちゃんの父親が行方不明になって、あれから何年経ったかしら……。
ユメリアは、当時の事を思い出しながら、手にした花をクルクルと弄んだ。
まさか、あのアスラムちゃんが、
『俺が面倒見る』
だなんて言うとはね…。
今でも信じられないわ!
今じゃ、逆にミウちゃんに面倒見られてるようけど…。
…何かの罪滅ぼしのつもりなのかねえ……。
…色々あったからねえ……
シリーンちゃんの事…
弟の事………
既に見えなくなったミウの後ろ姿を見送るように、ユメリアは手を掲げた………。
『二人に祝福(ブレス)あれ………』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
……時間は数日ほど遡り………
遥か遠方にて………。
その一団は、この国で最古の歴史を誇るこの巨大な書物庫の中でも、更に一部の者しか入ることの出来ない最深部の隠し部屋の壁に掛けられた、薄汚れたタペストリーをじっと見つめていた。
団体の中央に、黒いマントに身を包んだ初老の男性が立っている。
彼は一歩前に踏み出すと、古代文字で書かれていたタペストリーの文字を、その場にいる全員に確認するように、ゆっくりと読み上げた。
『…深淵なる闇の彼方に眠れる者たちあり…
…神に弓引き獄卒となり永遠に闇の住人なるべきなり……
闇に呑まれし羊の子らがこれを欲したる時…
百の愚者の屍を踏み締める者がその扉を開け……
闇の眷属は彼の者を神輿と仰いで再び日の本に舞い戻らん……
現世は混沌にまみれ命はすべからく闇へと還り…
羊の子の頂点なる者、蒼き風の王となりて…
神亡き忘却の地を目指し剣を天空に掲げん…
百の愚者の屍を踏み締める者のみが……………』
……タペストリーは、下部が破けて失われており、古代文字はそこから読むことが出来なかった。
初老の男性が、他の者たちに向き直った。
『…このタペストリーは、我が国がまだ大地に根付きし時に書かれたとされておる。
正確な年代は明らかにされてはおらぬが、
太古の王族の時代、天空神アルマスが御降臨された折に残された予言とされておる……』
手にした杖を掲げ、古代文字の一部を指した。
『…百の愚者の屍を踏み締める者がその扉を開け…とある。
…いつの時代も、繰り返し繰り返し、人類は、己が欲望の為に闇の力を欲し、扉を開けようと試みてきた…。
中には、逆に闇に呑まれ、その住人に落ちてしまった者もいたらしいがな………。』
男性が再び向き直り、杖尻で大理石の床を強かに突いた。
『欲望に囚われた、愚かなヒューム(人間)の悪しき輩が、再び、闇の扉を空け放ちおった……!
「闇の領域」より更に禍々しき「深遠なる闇」……
真の闇の力が解き放たれれば、イルーナ大陸に住まう全ての人類の存亡に関わる!
我々一族は、天空神アルマスの予言を元に、
闇の扉を守るべく使命を帯びてこの世に産み出された一族!
よいか!
「山猫」の部隊から選りすぐりの者をかの地へ送り込み、再び解き放たれようとしている扉を閉じ、予言の者とおぼしき輩を抹殺せよ!』
一団の雄叫びが、古い書庫内に響き渡った……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
……時は再び戻り、
ロココ風穴へ………。
ミウは、目の前の壁に口を開けた、地下深くに続く古めかしい階段を見つけ、周囲を隈無く調べた挙げ句、自分の探している尋ね人が、この中に潜り込んでいったであろう事を確信していた。
酒場で飲んだくれ、いびきを掻いて寝ていた、はぐれ騎士のレクサスを叩き起こし、
アスラムがこの人から、ミスリルハンマーを無理矢理借りていったことを聞き出していたからだ。
その証拠に、砕けた瓦礫の側に、
折れたミスリルハンマーの柄が転がっているではないか。
…あの日は、
午後を丸々費やして、道場で剣の指南を受ける約束をしていたはずだった。
ところが、
剣の師匠である肝心のアスラムが、
待てど暮らせど、道場に顔を出さない。
待ちくたびれて床につき
…朝起きて、一人稽古をして…と、
一昼夜の時をひたすら待っていたのだ。
痺れを切らして酒場に乗り込んだミウは、
そこで、アスラムが風穴に向かった経緯を、
初めて知ったのだった。
約束を破るのは日常茶飯事の事ではあったが、流石に、今回は待たされた時間が長かった。
しかも、家族同然の私に一言も無しに街を出ていたなんて……!
堪忍袋の緒が切れるとは、正にこのことだわ!
今回こそは、ただじゃおかないんだから…!
…と、鼻息荒く勇んできてはみたものの………
今まで見たことのない光景に、
目を白黒させた、ミウであった。
『………こんな所に潜り込んで…
何をしようと言うのかしら……』
穴の中に頭を突っ込んで、闇の中に気を巡らしてみる…………。
人の気配は無かった。
……ただ、微かに漂い昇ってくる、この匂いには、記憶があった。
……血臭だ………。
古くカビ臭い湿気に混ざって、
生暖かい血の香りが、
下層の方から漂い立ち上っているのだ。
頭を過る不安に苛まれながら、
ミウは、穴の中に恐る恐る、身を潜らせようとした…………。
『……止まれ』
『…………!?………あいたっ!!』
身体半分を穴に潜らせ、外に尻だけ出ているような無防備な状態で、唐突に話しかけられたせいで、ミウは、瓦礫の角に、強かに後頭部を打ち付けてしまった。
『いったあ………
……もう!誰!?』
四つん這いでズリズリと後退りしながら穴から抜け出し、後ろを振り返る。
………一瞬、誰もいないのかと思うほど、
「それ」は、見事なまでに闇に溶け込んでいた。
一体、何時からそこにいたのか………。
そこには、全身を黒装束に身を包み、鋭く光る眼光のみを黒頭巾の穴から覗かせている、人間らしき人物が立っていた。
無駄なく脱力した立ち姿で、微動だにせず、こちらを睨み付けている。
両手には、切っ先が外側に反り返った独特の形をした刀……たしか、シックルという名だったか……を携えていた。
『……ここで何をしている』
いきなり声をかけられ、不躾にシックルの切っ先をこちらに向け、一方的に質問を投げ掛けてくる、この男に、ミウは、あからさまに不満げな表情を浮かべて近付いていった。
『……冒険者が地下迷宮にいる……
すごく当たり前な光景だと思うけど?
それに、どこで何をしようと私の勝手。
関係ないでしょ、あんたには』
両手を広げて抗議する。
『……その穴……
娘。主が開けたのか?』
『いいえ、私じゃないわ。ここに来たら、
もう開いてたの』
『この穴がどこに続いているのか……
主は理解しているか…?』
『知らないわよ!
今来たばっかりなんだから』
『…ならば、さっさとここから立ち去れ。
二度とここには来るな』
顎で祭壇の出口を指す。その仕草が、ミウの不信感を怒りに変えた。
『なんであんたに指図されなきゃいけないのよ!大体、あんた誰なのさ』
『名乗る必要などない。今すぐに街に帰り、このことは忘れろ。
好奇心で覗けば、後々、痛い目を見ることになる…………』
静かに押し殺した口調で、凄みを利かせてきた、男に対し、ミウは、わざとらしく挑発的に、顔を斜に構えて切り返した。
『いやだといったら?』
『この場で、斬り捨てることになる』
即答だった。
『な…………!』
……なんて極端な……
……なんて横暴な……
…でもね。コッチもこんな職業してる以上、斬ると言われておめおめ引き下がるほど、臆病じゃないのよね…私。
ミウの目が、据わった。単純な憤りだった感情が、少しずつ、戦闘モードに切り替わっていく…。
『……簡単にいってくれるじゃない?
私だって、ここに用があんのよ!
あんたこそ退きなさいよ』
そう言ってミウは、腰の短剣に手を掛けた。
『……退かぬか……。
…仕方あるまい……
歩いて帰れる程度には、手を抜いてやろうか………』
『……本気でこないと、そっちが後悔する羽目になるわよ………』
『………?』
ミウが短剣を抜き放った。
切っ先を相手に向けた途端……
刀身の周りの空気が震え始め……
空気中の水分が音を立てて凍り始めるや否や……
瞬く間に、巨大な氷の刃と化した。
『……娘。氷剣ライムの使い手か』
『ふふ。後悔するのは、そっちの方だったわね』
片手で軽々と氷の大剣を一振りし、ポンポンとそれで肩を叩く。
巨大な見た目とは裏腹に、その重量はかなり軽く感じられた。
『さあ、どうするの?
やるの?やらないの?』
ライムの刀身を水平にかざし、切っ先をツイツイと揺らして相手を挑発する。
『どうしても、退かぬか』
『退かない。ここに、私の剣の師匠が潜り込んだのかも知れないの!
ここ、なんかヤバそうなんだもの……
探し出さなきゃいけないの!』
『………!!
そうか……なるほど……』
『?』
『うむ……なるほどな………』
ミウの言葉を聴き、男は、シックルを背中の鞘にしまい込んだ。
『あれ』
『………娘。主の知り合いが潜り込んでいるのは、間違いないのだな…?』
『…たぶんね。それしか考えられないもの………』
不安げに穴を見つめる、ミウの様子を見ながら、男は、一時、思慮を巡らした……。
……使えるかもしれぬ、この娘………
男は、訝しげにこちらを見ている女剣士の視線を感じながら、腰に携えた麻袋の中身を確認し、手にした松明に灯をともした。
身支度を整え、ミウに向き直る。
『わかった。ここは我から退こう。
……ただ、そこは主が思っている以上に危険な地……。
約束しろ。この場の事は、他言無用と。
これ以上、騒ぎを大きくしたくはない』
男から闘志が消え失せたのを感じ、ミウも、ふう、とため息をついて、肩の力を抜いた。
持ち主の意識を感じ取り、氷剣ライムの氷の刃が、砕け落ちる。
ミウが小振りな短剣に姿を戻したライムを鞘に戻す姿を確認しながら、男は言葉を続けた。
『ただ、我にもそこを進まねばならぬ理由がある。成し遂げるべき仕事がある。
これ以上、我の邪魔をしないと約束するならば、他言無用を守りきれるのならば、
共に進むことを許そう』
『……なんか、最後が上から目線なのが、すっごく気にかかるんですけど………』
『む………』
『あれ?気にさわった?』
『……否。人付き合いに不馴れな故、不躾ならば、謝る……』
『ふふ……あんた、面白いかも』
『………』
『まあ、いいわ。
さっきのことは、水に流してあげるわ。
あんたも一緒にくることを許してあげる。
無愛想で礼儀知らずだけど、腕は立ちそうだし…』
『……話は終わりだ。
時間が惜しい。参る』
ミウの話を終わるのを待つわけもなく、
男は、するりと穴に入り込んでいった。
『ちょっと!
なんてせっかちな………
………待ってよ、一緒に行くのに、
名前分かんなきゃ呼びようがないでしょ?
私はミウ!あんたは?』
…立ち止まり、暫く間を開けて、考え、
男は、ぼそりと呟いた。
『……はぐれ猫、とでも呼ぶがいい』
……かざした松明が、暗い階段をユラユラと照らし出す。
湿気に濡れた、石畳の階段………
意味ありげに続く、壁の奇妙な紋章………
そして、階段のあちこちに横たわる、
数えきれぬほどの、怪物の亡骸…。
辺りは激しい血臭に満ち満ちており、
生命の息吹は、皆無であった。
『……すごい数……。
この先、ずっと続いているのかしら……。
一体、どこまで…………』
ミウは、辺りに切り散らばる、
幾つかの肉塊を、丹念に調べた。
切り口を指でなぞり、
刃の軌跡を想像してみる…………
『……この切り口、それに、
確実に急所を狙ってる感じ……
間違いない、これは先生の仕業だわ……。』
『…わかるのか。』
『まあね。毎日見てるしね………』
……しかし、なんとおびただしい数の死体であろうか………。
この場を一人で切り抜けていった、
師匠の姿を想像し、ミウは身震いをした。
『…たしかに、手練れではあるな。
見事な剣捌きだ………』
『でしょ?でしょ?
…その一番弟子が、私って訳!
少しは頼りにしなさいよ?』
『…………参る』
『………はいはい』
足早に先を急ぐ、はぐれ猫の背中にため息をついて、ミウは、実は彼に離れずに着いていくのがやっとなのを悟られないように、歩幅を広げて追随した。
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