第4話
「入山さん、昨日テレビで見たよ。あの入山さんが好きだって言っていた人」
仕事の用件でしか話さなくなっていた私から突然話しかけられた入山さんはあきらかに戸惑いをみせていた。それでもすぐに笑顔になって胸の前で両手をにぎって返した。
「小夜子さん。佐藤さんもご覧になったんですね。でもどうして」
「あの昨日の夜、ちょっとテレビつけっぱなしでうとうとしちゃって。それで運良く気がついたら小夜子さんが出ていたの」
「ええ、本当ですか。なんか運命的ですね。深夜番組だったから。私は目覚ましかけて見たんですけど」
「すごかったね。もう夢にでてくるぐらい」
「そうですね。でも佐藤さんからそう言ってもらえるとファンの私も嬉しいな」
「明日、CD持ってきますね。テレビの曲もいいですけど他のもいいですよ。よかったら聴いてみてください」
「ありがとう」
入山さんは鼻歌で昨日の歌を歌って机の上を拭いていた。私は自分の席に戻ろうとしたとき「あっ」と入山さんが声をあげて私に近づいてきた。
「佐藤さん、あの来月なんですけど小夜子さんが出演するイベントに一緒に行きませんか。今だったらまだチケットとれると思うんですけど」
私は入山さんの顔をみた。こぼれるほどの笑顔だった。
「あ、他の曲を聴いて気に入ってくれてからでもいいですけど」
「行きたい」
私は思わず立ち上がって大きく返事をしてしまった。何人かが振り向いてしまうほどのボリュームで。
「よかった。じゃあチケット取れたらまたお知らせしますね。あ、佐藤さんラインやっていますか。よかったらアドレス交換してください」
私は鞄の奥からスマホを取り出した。入山さんの待ち受け画面は小夜子だった。スマホがアドレス受信の振動をさせた。私のラインに入山さんが友達追加された。入山さんのホーム画面は小夜子ではなく、柴犬の写真だった。私のアイコンは適当につけたチューリップの写真だ。名前はお互い本名でつけていた。
残業をしないように仕事を切り上げてCDショップに行った。だけど小夜子のCDは置いていなかった。たくさんディスプレイされているのは誰でも知っているアイドルグループのものばかりだった。テレビだけではなく街を歩けばかかっている音楽たち。大量消費音楽。みんながほしいものをみんながほしがっている。どれも似たり寄ったりで、だから安心できるものなのか。私は気分が悪くなって外に出た。この店は私にとって必要なものがないということは、この店にとって私は必要とされていないということだ。
帰りの電車は誰もが仮死状態でロバートAハイラインの小説「夏への扉」のコールドスリープをしているようだ。そのままスマホを見て過ごして、あっという間に未来にいってしまう。ダンとピートと違って歳はとってしまうし過去に戻ることもできないけれど。
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