第2話
翌日も変わらぬ雨だった。パソコンを立ち上げる前に一瞬自分の顔が画面に映った。朝化粧をしているときも鏡を見ていたはずなのに、見た一瞬、心臓が激しくひとつ波打った。
始業の時報が鳴った。そのとき部長が手を叩いてみんなの注意をひきつけた。その横に見慣れぬ女性が立っていた。
「先日より産休になった鈴木さんにかわってしばらくアルバイトとして入ってもらう入山さんだ。みんな、よろしく頼みます」
「入山です。少しでもはやく仕事に慣れてみなさんにご迷惑かけないようがんばりますので、よろしくお願いいたします」
はきはきと挨拶をして頭を下げたその姿にみんなは温かく拍手で迎えた。私も最初あそこに立って挨拶したものだ。だけどどういう挨拶をしたのか思い出そうにも思い出せない。去年のことがまったく思い出せないくらい遠い出来事になってしまった。
社員である私が入山さんの教育担当になった。
「佐藤さん」
そう明るく小高い声で私を呼ぶ。わからないことを聞く姿は真摯で、誰がみても好感がもてた。私は今まで一番後輩だったため教える立場になったのははじめてだった。今までインプットしてきたものをいざアウトプットしていくのは思いのほか難しい。どう説明したらいいのか戸惑うことが多い。入山さんは熱心にメモをとり作業を覗き込む。
入山さんは他の人にもよく質問をしていた。誰にでも話しかけ、すぐにうちとけた。入山さんはすぐにみんなの名前を覚えて、その名前を呼んだ。
私が入山さんを呼ぼうとすると雨音にかき消されそうだった。急ぎの用ではなかったから私は自分の仕事に戻るのだった。
終業の時報が鳴る。入山さんは「今日はありがとうございました。また明日からもよろしくお願いします」とわざわざ私のところまで来て一礼をした。私は「あ、あ」と声を出してしまい「私もよろしくお願いします」と頭を仰々しく下げた。含み笑いをされた。
私はまた誰もいなくなったのを見計らってため息を漏らした。
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