第29話 そこにいるのにいない少女
「5人、……って。そもそも、あそこにいたやつでパーティ組んだら4人パーティが出来たって話だったろ? その間、君はどこにいたんだ?」
「ずっと一緒にいたよ」
マシロ、と呼ばれた彼女がこちらを見て話す。余りに綺麗な顔立ちをしているので目を合わせるだけで少しどきっとしてしまう。いや初心か、俺は。
「一緒にいたって……まさか」
「私、〈
「マシロちゃんはなんて言ってるの? ねえ」
リアがノウトの腕を揺する。
「……〈
「えぇ!? それってめちゃくちゃ大変じゃん」
「ふふっ」
マシロが口に手を当てて可愛く笑う。
「あっ、ごめんなさい。自分のパーティ以外の人とあんまり話せてなかったから」
「俺もびっくりしたよ。まさかもう一人勇者がいたなんて」
「私が最後の一人の勇者、マシロです。よろしくね」
彼女の差し出した手を握ろうとしたところで彼女はまたすぅ、っと消えていった。
彼女がさっきまでいた場所には虚空しかない。
俺は行き場のなくなったその右手をどうしたらいいかわからずに彼女の手があった場所で虚空と握手をする。見えない彼女はそこにまだ、いるんだ。
「またいなくなっちゃいましたね……」
エヴァが悲しげに言葉を漏らす。
「しょうがないっすよ。俺たちがマシロのことを覚えてればまた会えるっす」
「ノウト。マシロはね。〈幻〉の勇者なんだ」
「〈幻〉……」
「そう。ここ数日で分かったけど彼女は姿がほぼ見えないし見えたとしてもその記憶がぼんやりとしていく。みんながマシロを忘れていくんだ」
「そんな……」
フウカが驚愕の声を漏らした。
まさに〈幻〉だ。存在も確かじゃない。そこにいるのにいない。全てが儚い少女。
「僕は人の本当の死って誰からも忘れられちゃうことだって思う。……僕達だってマシロのことを忘れちゃうかもしれない。だからノウト、君はずっと彼女のことを覚えておいて欲しい」
「……あぁ。分かったよ。ずっとずっとマシロのこと覚えておく」
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
ミカエルは何処か寂しげに笑う。
マシロ。何処かで見たような、微かな既視感を覚えたが、そんなことあるはずはない。
あそこまで眉目良い彼女と以前に会ったことがあったとして忘れるわけが、ない……よな?
◇◇◇
「本当にごめんなさい!」
「この子が僕を……?」
ミカエル達をなるべく人目につかない場所である路地裏に移動させてからコリーについての事情を諸々話した。
正直、ミカエル達が仕返しだ、みたいな感じでコリーをボコボコにしてしまうこと可能性もなくはなかったが、そこはミカエル達のパーティの人の良さにつけこむことにした。
何よりコリーが彼に謝りたいと言ったのだ。それを止める義務をノウト達は持ち合わせていない。
もちろん止める権利はあったはずだが、リア達はそうはしなかった。
「まぁでも、こうして今は生きてる訳だしね」
「リアさんが許してるなら俺らはもう言うことないっすね」
スクードは腕を組んでうんうんと頷く。
「カンナは許してはないけど。でもでもちゃんと罰を受けたならそれでいいと思う」
コリーは丸一日近くレンの影の中に幽閉されていた。
レンの影の中は彼曰く、正真正銘の闇だという。
レンが取り込んだもの以外何も存在しない世界。そこにいることがどれほどの苦痛を及ぼすかは想像も出来ない。
「私も今ミカエルさんが生きているだけで満足です」
エヴァも優しい笑顔でコリーで見つめる。
「ってさ」
「は、はい……」
コリーは泣いていた。彼は俺らが思っていた以上に猛省していたのだ。
コリーの頭をフウカが撫でようと手を伸ばした、その時だった。
「おれは許さないけどね」
突然のことだった。
この場にいた誰もが反応出来なかった。
それもそうだ。誰一人として戦闘経験なんてないんだから。
フェイが物陰から現れて、その腰から刃渡り50cm程の両刃剣をゴミ箱にゴミを投げるかのようにこちらに投げてきた。
フェイとノウト達の距離は余りに近かったから避けようもなかったし、そんなぶっきらぼうに投げた長物である剣が誰かに刺さるとも思わなかった。
しかし宙を2、3回ぐるぐると回ったあと剣は吸い込まれるようにコリーの胸に、突き刺さった。
コリーはその勢いのまま床に倒れ、鮮血が辺りを染める。
「あぁ゛っ……」
頭が一瞬だけ硬直する。
自分が今とるべき行動はなんだ。フェイに言及することじゃない。
リアだ。彼女の力をまず借りなくては。
「リアっ!」
コリーの胸に刺さった剣を彼女の名を叫びながら素早く引き抜く。
以前リアがミカエルを助ける時に短剣をすぐに引き抜いたのを考えるに何か異物が身体にある状態じゃリアの《
当然引き抜く時にも血は出るし、本人も相当痛みを感じるはずだ。
でもこうしないと助けられない。
ノウトが完全に剣を引き抜いた瞬間にリアがコリーに触れて〈
刹那、コリーの身体が白い光に包まれた直後、彼の身体は再生、しなかった。
血はとめどなく流れ出て傷口は一切塞がらない。
「な、なんで……!?」
「へぇ。噂には聞いてたけどリアさんは回復能力持ちだったんだね。……でも」
フェイはいつも通りの笑顔を崩さずに淡々と話し、
「死人は生き返らないよね」
呆れたように肩を竦めた。
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