episode3

 四皇帝学院の敷地内の西部に位置する此処、”黎明館れいめいかん”は主に講堂として使われる施設である。

 収容人数はおよそ五百人で学院に通う生徒全員が入ることが出来るかなり大規模な造りになっているのだ。

 そんな黎明館は現在、新入生の入学式に使われていた。

 この式には新入生と一部在校生、主に生徒会や各委員会の委員長と言った役員のみの参加となっている為、後方の席には空席が広がっていた。


「ええ……それではまず、新入生の皆さん御入学おめでとうございます。これより三年間、貴方方はこの学院の生徒です。風紀と秩序を重んじて……」


 司会の生徒が長々と話し始める。

 悠人やその隣にいる姫百合は司会の生徒の話を黙々と聞いていたが何人かの生徒は既にいびきをかきながら寝ていたり、隣の友人と会話をしたりしていた。

 真面目では無い生徒も少なからずいるらしいと悠人は心の中でそう思った。


「……では続きまして生徒会長からご挨拶があります。生徒会長、お願いします」


 司会の生徒は寝ている生徒や会話を楽しむ生徒を気に留めることも無く次へと進行していく。


(……いや、どうやらそういうわけじゃ無いのか)


 悠人は僅かに目を凝らし司会の生徒を見る。

 すると司会の生徒は何やら端末らしきものを覗いていた。


(恐らく生徒の情報を管理している……何にせよ何らかのペナルティありといったところか)


 自己分析を終え壇上の真ん中に視線を戻す。

 すると既に生徒会長らしき女性が壇の前に立ち、会場全体を見渡していた。

 生徒会長は腰あたりまで長く伸ばされた青髪が特徴で少し釣り目のクールな感じの女性だった。けれどその美貌は思わず感嘆のため息を漏らしてしまうほどのものである。


「皆さんご機嫌よう。私がこの学院の生徒会長、四皇帝奈凪ななです。」


 凛とした声が会場に鳴り響く。

 透き通るように綺麗なその声に先程からしばし騒がしかった会場が一変、時が止まったかのようにしんと静まり返った。


「さて、皆様は晴れてこの学院に入学した生徒となるわけですがまず一つ、理解できていない方々もいるようなのでその説明を……」


 そう区切りをつけた生徒会長の四皇帝は両手をパシンと鳴り合わせる。


「「「「!!!!?」」」」


 刹那、会場にいる生徒はまるでを感じて誰もが息を詰まらせた。

 会場全体が急激に冷え込んだのだ。


 悠人はその僅かながらの不快感に若干眉を寄せたが特に害が無いことが分かったので特に何もすることなく視線を生徒会長に向ける。


「?」


 するとどういうわけか生徒会長は悠人の方を見て僅かに

 しかし、直ぐにその視線を外し会場を見据える。

 あまりに一瞬の出来事で悠人も怪訝そうに眉をひそめる。、


(気のせいか?……いや、俺を観てたな)


 疑問が残る悠人だったが、そこで考えることをやめる。

 そして隣で脂汗を滲ませながら僅かばかり呼吸を乱す姫百合に目をやった。


「大丈夫か?姫百合」


 あまり大丈夫では無さそうだが一応声をかけておく。


「はぁ…ぁ……うん……もう大丈夫。少し気分が悪くなっただけ……」


 力無く笑う姫百合に対して悠人は、「そうか」といって彼女の右手を軽く握る。


「ひゃっ!」


 咄嗟の出来事に姫百合は可愛らしい声を上げて悠人を見る。


「ゆ、悠人くん……?」


 不安そうに声を震わせながら悠人の方を見やる。


「どうだ?落ち着いたか?」


「あ……うん……ありがと……」


 そう言って姫百合は僅かに顔を赤らめて俯く。

 もう大丈夫だろうと判断した悠人は姫百合の手を離す。

 離した瞬間、姫百合の口から「ぁ……」と聞こえたような気がしたが、気のせいだろうと結論づける。


 周りの状況もそれはまぁ酷いものだった。

 姫百合と同じような症状を起こす生徒もいれば、既に泡を吹いて気絶している生徒も何人かいる。

 しかし、よく見ると気絶している生徒はだった。


「突然の事で理解が追いついていない方もいるようなので今から説明致します。まず貴方方が寒気を感じたのは私の異能によるものです。気分を害された方々には謝罪の意を示します。申し訳ございません」


 そう言って頭を軽く下げる四皇帝。

 しかし、生徒諸君はその謝罪を受け入れることはなかった。


「ふざけんな!突然異能を使うとか何考えてんだ!」


「そうよ!許可がない限り異能の使用は禁止されているはずでしょ!」


 怒りを覚えた生徒達は次々と声を上げる。

 しかし、四皇帝は特に気にした様子もなく話を続ける。


「確かに私的に異能を使う事は学院、ひいては国で禁じられてる規則です。しかし、私は別に私的に異能を使用したわけでは有りません」


「どういうことだよ!」


「まだ立場を理解していないようですね。貴方方はこの学院の生徒に既になっている。にも関わらずその自覚が足りないようなのでそのも兼ねての先程の行為です」


「警告……だって?」


「はい、警告です。先程まで司会を進行していた生徒……彼女は貴方方の先輩にあたる人です。何故、その彼女を前にして睡眠や友人との会話を優先するようなことが出来るのですか?」


「っ……」


 彼女の言葉に先程まで異議を申し立ていた男子生徒は言葉を詰まらせる。

 そんな彼を無視して四皇帝はさらに言葉を続ける。


「私達がこの学院での先輩で貴方方は後輩。これは不変の事実です。もし、この学院を卒業して軍に所属した時に……同じようなことを上官の前で出来ますか?貴方方はもう子供ではありません。当然の事を普通に出来るようになってもらう必要があります。それに伴い先程の行為に及んだ次第です。どうですか?納得できましたか?」


 その言葉を聞き、先程まで怒りを露わにしていた生徒達も返す言葉が見つからず、黙って四皇帝の言葉を聞いていた。


「ご理解いただけて何よりです。あぁ、そう言えば私の異能の力を特に強く干渉された方々は今も眠っているようなので隣の方は後で起こしておいてください。私からは以上です」


 そう言って四皇帝は頭を軽く下げてから壇上を降りていく。


(ここまで大規模に能力を行使できて尚且つ精密な威力調整とは……中々の怪物もいたもんだな)


 悠人はと言うと彼女―――四皇帝の能力を分析していた。

 四皇帝は講堂全体の気温を大幅に低下させるに加えて、狙った生徒をピンポイントで気絶させている。その手腕から相当な実力者であることが伺える。

 加えてこれほど大規模に能力を行使したにも関わらず、本人は疲れの表情一つも出していない。


(底が知れないが……一応気をつけておこう)


 そう結論付けたと同時に四皇帝は自分の席に着席した。


 生徒会長の衝撃的な挨拶以降、新入生達は真剣に入学式に臨みその結果、特に何も起きることなく、終えることができた。

 もっとも新入生の生徒らは四皇帝の異能の力で未だ体力が回復しておらず、疲弊しきった様子で会場から移動していたが。

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