episode2

「へぇ!じゃあ貴方がこの学院唯一の推薦者なんだ!」


 歩きながら隣で相槌を打つのは先程の美少女。

 悠人の横にいるのだが肩が当たるくらいにその距離は近く悠人も少々戸惑っていた。


「あ、あぁ……とは言っても一様急遽空いた枠に繰り上がった補欠っていう形で入学してるんだけどな」


 表向きには推薦枠として知られているがそれは建前で実際のところ何故か余った枠にのである。

 無論彼女がそれを知るわけは無く、


「形状はどうであれこれから三年間一緒にやっていくんだからよろしくね!」


 と言ってはにかんだ。


「こちらこそってまだ名前言ってなかったな。俺は竜胆悠人。好きなように読んでくれて構わない」


「私は朱莉。悠人くんって呼んでもいい?」


「いきなりファーストネームで呼ぶのか……まぁ何はともあれよろしく姫百合……ん?」


 そこで悠人は違和感を覚える。やがてその違和感は如実となっていき、ついにその違和感が何なのか理解した。


「姫百合ってまさか……」


「やっぱり気づいてなかったみたいだね!悠人くん」


 そういう彼女はクスクスと肩を震わせながら笑った。


「いやまさか目の前の子が六花の一氏族とは……」


「でも私の事を知らないなんてこの辺だと珍しいね。自慢じゃ無いけど意外と有名なんだよね」


 有名、なんてもんじゃ無い。その名前を日本で知らない者はいない。まさかあの六花が目の前の彼女―――姫百合朱莉だとは。

 そして悠人の監視対象の一人でもある。

 あまりの咄嗟の出来事に開いた口が塞がらない。

 それと同時に頭の片隅に浮かび上がる姉、棗の悪い顔が浮かび上がった。




『それでその姫百合の娘はどんなのなんだ?』


 学院に通うように言われたその日、悠人は棗にそう尋ねていた。

 それは外見的特徴や性格など事前に知っておく事で如何なる事態も迅速に対応出来るからだ。

 成る程、合理的である。


『うーん……知ってるんだけど……やっぱまだ内緒』


『はぁ⁉︎なんで!』


『なんでって、その方が面白いから……かな?』


『面白いって……』


 流石の悠人も呆れて物も言えない。

 そんな悠人のジト目をそよ風のように軽くいなした棗は意地の悪い笑みを浮かべてこう言った。


『一つ言えることは、とんでも無く美少女だよ』


 ああ、そういうことか。

 あの時の会話を思い出した悠人はこうなる事を予想していた姉に対して覚えておけよと心の中で叱責する。


「そうか……君が姫百合の……えっと……さん付けの方がいいか?」


 身分差を考え悠人がそう言うと姫百合は焦った様に首と手をブンブンと横に振る。


「えっ⁉︎いやいや!普通に呼び捨てでいいよぉ〜。同い年なんだから……」


「ははっ、悪い悪い。冗談だ」


「むぅ……もしかして私の事からかってたの⁉︎悠人くんってば意地悪!」


 そう言って彼女は頰をぷくっと膨らませてそっぽを向く。

 その顔はほんの僅かに赤みがかっていた。


 悠人は苦笑いしながら彼女の横顔を見ると、ふと脳裏にある記憶がよぎる。


(ん?どこかで……)


 それは五年前のある記憶。

 泥だらけになり泣き喚く小さな少女を宥める為に四苦八苦しながらも何とかしようとする悠人の苦い思い出。

 何故今そのことが脳裏によぎったのか分からないが悠人はあの時の少女と姫百合を何となく重ねていた。


「……人く…悠人くん!もう、ちゃんと聞いてる?」


「ん……あぁ、悪い。考え事してた」


「そうなの……?とにかく、私のことはちゃんと同級生として接してよね」


「あぁ、分かったよ。それじゃあ改めてよろしくな、姫百合」


「こちらこそよろしく!」


 そう言って悠人と姫百合は互いに右手を出し合い握手を交わした。

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