彼の望んだ世界

750cc

第1話 その世界

「そろそろよろしいですか?」

「はい」

「ではお送りしたしますね、目を閉じてください」

「はい、お願いします」


 目を閉じると体全体が暖かいモノに包まれるような感じがし、何か浮いているような、そう水中で漂っているようなそんな気分になった。そしてその浮遊感がおさまり目を開けると。


「…帰って来た」


 僕はさっき死んだ自分の部屋に戻っていた。


 この世界ではどうやら寿命というもは人それぞれ決まっているらしい。僕の場合、管理者とやらの手違いで本来の寿命が削られてしまい死んでしまった。

 その手違いに気付いた管理者が僕を神界という所に呼び、お詫びという事である程度の僕の希望を叶えた世界に送ってくれるという。

 そして僕は、自分の希望した世界へと帰って来た。


「ここまでは大丈夫だな。よし、僕の希望通りの世界なのか外に出て確かめてみるか」


 僕は自分の希望通りの世界なのか確認するために部屋を後にした。






 管理室長というドアのプレートを確かめノックし部屋へと入る。室長は自分のデスクの周りに浮かぶ一つのパネルを見ているようだった。


「失礼致します」

「やあお疲れさん。どうだね?」

「はい、無事に送り届けました」

「そう」


 データを渡すためにデスクに近付き、室長が見ていたパネルに私も目をやる。


「彼ですか?」

「うん、買い物に行ってるみたいだね」


 そこに映し出されている彼は、小さな店で一人買い物をしていた。

 品物を手にし、誰もいないカウンターに向かうとそこに商品を置く、すると勝手に商品が袋に入れられ、精算機には代金が表示される。

 彼がお金をカウンターに置くとその金は精算機に吸い込まれ、そしてつり銭がカウンター置かれる。

 彼は品物とつり銭を手にするとその店をを出て行った。


「不思議な光景ですね」

「『今までどおりの生活を自分以外誰もいない世界で』か」


 それが今送った彼の希望した世界。


「例えば彼が代金も払わず品物を持ってそのまま外に出たとする。すると彼は窃盗だか万引きになるのか知らないが、罪に問われ裁きを受ける」

「彼以外誰もいないのにですか?」

「それが彼の望んだ世界だからね」


 まったく不思議な世界だ。

 でもそれを彼が望んだのだから、私達はその世界に彼を送り出す。






 だがそんな世界などどこにもありはしない。


 そういう世界に送り出されたように彼に夢を見せ続ける。


 この世界はヒトが増えすぎた。

 ヒトは増え続け、文化・文明は発展し大いに栄えた。そこまではいい、だがそれによるいくつかの弊害もでてしまった。削られる大地、汚される海や大気、それらの影響を受け滅び行くヒトではない種族。

 それは創造主である神の想定した以上の事だった。

 このままでは世界のバランスが崩れ、世界そのものの崩壊も招きかねないと考えた神は、この世界の行く末を憂いた末ある事を決断しそれを実行する事にした。

 無作為に選んだ十代の男女をこちらへと呼び、間違って死亡したという事にして残りの人生を希望する世界で過ごすという夢を見させる。

 そうして世界からヒトを減らし、これ以上の世界の破壊を防ぐ。

 しかし問題がないわけではない。若者の死亡率が急速に跳ね上がったため、何か奇病が広まっているのではないかいう話になり、地上ではその調査もはじまった。


「地上のことかい?」


 すこし考え込んでしまっていた私に室長が声をかける。


「ええ」

「まあ騒ぎは起こるだろうという予測はしていた。だがこの騒ぎもいずれは終息する」

「はい」

「主がこの案を実行すると決めた時にね、我々の中では強硬論としてヒトを排除してはという意見も出た。だが勘違いしてはいけない。我々はヒトそのものを滅ぼしたいわけではない。彼のようなヒト達には望む世界を与え、残りの人生をこちらで過ごしてもらうだけさ。これは救済なんだ、世界とヒトのね」

「はい」


 そういうと室長はもう一台あるモニターに目をやる。


 白く輝く小さな光の玉が入った容器が無数に並ぶ部屋。その光の玉はヒトの魂。彼らはその光が消えるまで、自分が希望した世界で生きる夢をみながら過ごす。


「でもね」

「はい」

「これも一時しのぎなのかもしれない」

「…そうなのでしょうか」

「さあ、それはヒト次第さ」


 そういうと室長は渡したデータに目をやる。


「さて、次はどういった希望なのかな。ふむ、このファンタジー世界というのは人気があるね」

「ええ」

「この人はプランBでいいだろう、この人はDを少し変えて、それとこの女性は――――」


 室長の指示伝えに他の部署へと向かっている途中私はふと考える。

 地上に残る者と夢を見続ける者、はたして幸せなのはどちらなのだろうかと…。

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