■40.女子会の醍醐味

「さぁここからが本番よ!」


全員が揃ったところでアルティが言った。

何やら鼻息が荒い気がするのは気のせいだろうか。


「そうねぇ。ユカリにはもちろんまだまだ聞きたいこともあるんだけどぉ、その前にアルティの進展が聞きたいわぁ」

「えっ!私から!?」

「言い出しっぺの宿命ね。さぁアルティ、この間から今日までのことをすべてすっきり吐いてしまいなさい!」


カーティとミンシアがほれほれ、といった感じでアルティを突っついているが、紫には何のことだかわからない。


「えーっと、盛り上がってるところごめんね。これは何の話なのかな?」

「あ、そうか。ユカリは今日が初お泊り会だもんね!今からアルティの告白が始まるのよ。詳細はアルティから直接聞いてちょうだい」


ミンシアが頬を紅潮させながらもニヤニヤしている。

告白…そうか、つまり恋話こいばなかぁ!と納得した。


「なるほど!それでアルティの好きな人って私でも知ってる人?」

「すっ…!す、す、好きな人ってそんなっ」


アルティの顔が一気に真っ赤になった。


「好きなんでしょうが~」


ミンシアがウシシといった表情でアルティの頬をつつく。


「えーっ!誰だれ?付き合ってるの?」


紫も一気に興味津々となる。

この様子からまだ付き合っていないことは明白なのだが、ついそう聞いてしまった。


「つっ、付き合ってなんか無いわっ!」

「そうなのね。で、誰なの?」

「……ョ…ュ…」

「?」


声が小さくてよく聞こえなかった。


「え?」

「だっ、だからっ!ジョシュ!!!!うちのコックのジョシュ・レイモン!」


紫は「あーっ!」と両手を合わせた。

ジョシュはベルべス亭でコックをしている、二十代前半の青年だ。とても面倒見がよく、気さくに色々と話かけてきてはさり気なくアドバイスをくれたりもする。

ホールとキッチンとで受け持つ場所は違うが、紫のことも色々と「困ったことがあればいつでも相談しろよ!」と声をかけてくれる気さくな先輩だ。


「それでそれでっ?」


紫は思わず前のめりになってアルティに続きを促す。


「この間は一緒に買い物に行けることになった、っていうのを聞いたのよねぇ」

「うっ…正確には『買い物』じゃなくて『買い出し』よ…お店の…」

「それでも二人きりになったんでしょ?何か話とかしたんでしょ?」


カーティもミンシアも前のめりだ。


「私たちが出したお題はちゃんと聞けたの?」


どうやら前回の女子会で、二人きりになった時にしゃべる内容として「お題」が決められてたらしい。

尚、ジョシュに彼女がいないのは確認済みらしい。


「え?お題?どんな?」


前回の女子会にいなかった紫は三人に聞く。


「『星花祭せいかさいに誰かと行く予定はありますか?』と、もしいないなら『私と一緒にどうですか』ってことね」


ミンシアが紫に教えてくれた。アルティの顔は真っ赤だ。


星花祭せいかさい』か…。

紫は思わず顎に手を充て、昨日王宮の庭で一輪だけ咲いている星花せいかを見つけたのを思い出す。

そしてその時、グレスさんが「『星花祭せいかさい』は七月の第一週に行われる」と言っていた。


「ちゃんと聞いたわよ…『星花祭は誰かと行く予定あるの?』って」


みんながふんふん、と聞いている。


「そしたら『まだ先の事だから分からないし決まってないよ』って」


すると紫以外の二人が「あー」と声を上げた。


「まだ先って言っても三か月しかないじゃない」

「彼にとっては『まだ』なのねぇ。意外とのんびり屋さんね。早い人なら先約が出来る前に約束をこじつけるものなにねぇ」


紫は黙って皆の会話を見守り、頭の中で咀嚼そしゃくしていく。

どうやら星花祭とは、恋人たちにとって一大イベントのようだ。


「因みに、去年は誰と行ったの?」


紫がアルティに聞く。


「去年はお店にいることが多かったけど、少しだけお店の何人かで屋台を廻ったりしたわ。夜の花火はミンシアとルルアと、あと男性陣三人、合わせて六人で高台まで行ったのよね。それはそれで楽しかったわ」

「因みにその男性陣の中にジョシュもいて、そこで彼の優しさにときめいたアルティは恋に落ちたのでした!」

「何それ素敵!そのあたりの話詳しく!」


アルティは顔を真っ赤にしたまま、それでもやはり思い出して嬉しくなってきたのか、楽しそうに話を聞かせてくれた。

その話を纏めると、屋台が立ち並ぶところから少し離れたところに、ちょっとだけ高台になっている場所があり、花火がよく見える知る人ぞ知るスポットがあるらしい。

そこに向かう途中、傾斜で少し足を滑らせてしまったアルティをさっと支え、その後は転ばないようにとしばらく手をつないでいたのだそうだ。


「…それで、高台に向かってる途中で花火は始まっちゃったんだけど、『ほら、あと少しだから頑張るぞ』ってギュッて一瞬強く手を握られてね。でも痛くなくて優しくて温かくて、素敵な手だなって思った瞬間もうダメでした」


しゃべっているアルティはゆでだこのように真っ赤になっているが、聞いている側の頬もわずかに上気している。


「…若いって…いいわぁ」


紫がボソッと呟く。


「恋って素敵よねぇ」


カーティも両手を頬に添えてうっとりしている。


「何回聞いても可愛くて素敵な話。私その話好きなのよね。それでその後ちゃんと『私と一緒に行こう』は言えたの?」

「うっ…言えませんでした…その前にお店に着いちゃったから…」

「えーっ!」

「いやだって、今年もきっとお祭りの日はお店忙しいと思うし。屋台もやるだろうしさぁ。一緒に行ける時間があるか分からないなって思っちゃったら言いだしにくくなっちゃって」

「あらあら、アルティものんびりしてると、誰かにジョシュの予定を取られちゃうかもしれないわよぉ?」

「そっ、それは嫌っ!」

「だったら頑張らないと。シフト組むときにうまく休憩時間を合わせるのよ!大丈夫。誰も文句言わないから!」


そこで紫はピンときた。あ、なるほど。お店内で周知なのね、と。

そして本人同士はそのことも含め、知らないんだろうなぁ。


「次に一緒に買い物に行く予定とかはないの?」


紫が聞く。


「今のところは無いわね」

「そしたらお店で休憩時間が重なったときに『星花祭当日、休憩時間が一緒になったら『二人で』お店まわらない?』を次のお題にするなんてどう?」


ミンシアがノリノリで提案してきた。


「えっ!次のお題!?しかも『二人で』って…ハードル高くないですカッ!?」

「でもねぇ。そのぐらいの進展は欲しいわよねぇ」

「周りに他に人がいなくて休憩が一緒になったとき、とかなら言えるんじゃない?」


カーティの言葉に紫も続く。おせっかいおばちゃんモード発動である。


「…分かったわ…あんまり自信無いけど」


皆から「頑張って!」と言われてカーティの報告は終了した。


「てことで!次はユカリね!」


アルティが先ほどまでのもじもじしてたのはどこへやら。鼻息荒く紫に詰め寄る。


「え?私?恋愛話になりそうなネタは何も無いよ?四か月前に彼氏と別れたばっかだし、しばらくは一人でいいかなって思ってるところ。独り身サイコー」


「「えええええっ!!」」

「あらあら」


前者は言わずもがな、アルティとミンシア。後者はカーティ。


「暁隊の方と何か…」

「何も無いよ?そりゃぁ見目麗しく素敵な方達だとは思うけど」


ミンシアの質問にさらりと答える。


「ベルナルド様に頭撫でられてたじゃない!」

「あれは…彼らの癖なんじゃない?もしくは私の見た目のせいね。どうも子ども扱いされてる気がしてならないのよね。でも正直嫌な気がしないのも本音かも」

「「ずるーいっ」」


アルティとミンシアがベッドをバンバン叩いている。

こらこら、埃が舞うでしょう。おやめなさい。


「いや、でもあれ人目があるところでもやられてみなよ?恥ずかしさしかないよ」

「ということは、人目が無いところでもやってもらってるのね…」

「あ…」


しまった。墓穴を掘ってしまったか。

ところでミンシアさん、鼻の穴が膨らんでおりますよ。


「それにそれに!グレス様にもあんなに素敵な笑顔を向けられておいて…」


アルティが先日のグレスさんを思い出したのか、頬が赤く染まっている。


「あ、あれはヤバかったよね。グレスさん『無表情ではない』けどあそこまでの笑顔は正直私も心臓に悪かったわ。思わずときめきそうになった」


『無表情ではない』をちょっと強調してしまった。


「でしょーっ!ほらやっぱときめいてるんじゃない!グレス様が無表情だと思ってた過去の私を一度殴って観察し直しなさい!って言いたいわ!私の『見る目』スキルもまだまだね」

「あら、でもそれなら私もグレス様の無表情には賛同派よぉ?いつも表情が変わったところを見た事無いものぉ。そんな素敵な笑顔、私も見てみたかったわぁ」


カーティは赤のホットワインが入ったマグカップを両手で持ちながら、見逃しちゃったの惜しかったわぁ、と言っている。


「もぉね!私は鼻血が出るかと思ったの!本当にヤバかった。あれはヤバかった」

「分かるー!私も鼻血出そうだったわ!!」


ミンシアとアルティが鼻を押さえるそぶりをして笑い合っている。


「まぁ、そんな感じで私は特に面白いお話は出来ないわよ?それとも元彼との胸糞悪くなりそうな話でもする?私の機嫌が急降下してもいいなら」

「あらぁ、それはそれで少し気になるわねぇ。でも話したくないなら別にしゃべってくれなくてもいいわよぉ。今日は楽しい話をたくさんしましょう」

「うんうん。嫌なことは笑って話せるようになったら話してくれればいいと思う!」

「私もそう思うわ。そのうち気が向いたら聞かせてね」


カーティ、ミンシア、アルティの順に紫に無理して話すことは無いというので、今日は話さない方向にさせてもらうことにした。


「私の話が無くて申し訳ないけど、カーティとミンシアはどうなの?」


紫が二人を交互に見ながら聞く。


「私は婚約者がいるのよぉ。今は結婚準備期間で婚約期間中よぉ。来年の春に入籍予定なの。明星隊で働いてるから、たまにお昼休みにお店に来たりしてるわよぉ。ユカリももしかしたら会ってるかもしれないわねぇ」


なんと、カーティは現在婚約中だった。

何人か常連様で明星隊の方の顔を思い浮かべる。どの方だろう。


「そうそう。カーティの婚約者様はお店で働いてるカーティに一目ぼれしてね。一時期二日とおかずにお店に通ってくれてたのよねぇ。しかも他の隊員様も連れてきてくれるから、お店としてはありがたかったわー」


三人のキャッキャした話を纏めると、カーティに一目ぼれした彼は猛烈にアタックしまくり、カーティが折れる形で何度かデートに行ったそうだ。

デートを重ねるうち、相手の誠実さや優しさにカーティも惹かれ、お付き合いを始め、昨年末に婚約をしたのだという。

婚約期間が少し長い気がしたけれど、こちらの世界の常識が分からないので突っ込めない。


「教会で式を挙げた後、ベルベス亭を貸切にして披露宴をする予定だから、その時は皆様よろしくお願いしますねぇ」

「えっ!そうなの?わぁ、楽しみね!」


披露宴を想像するだけで胸がわくわくとしてくる。


「もちろんよ!お店を挙げて祝福するから楽しみにしといてね!」


アルティが胸を張ってバン、と自分の胸を叩いた。

その後、今どこまで婚約準備が進んでるのかなどの話も少し聞いた。

話がひと段落したこところで紫はミンシアに聞く。


「で、ミンシアの恋愛事情は?」

「ん?私?無いよ?」

「好きな人とか気になる人いないの?」

「うん」

「騎士団の方とか素敵ーってよく話てるけど…」

「観賞用」


ミンシアはきっぱり言い切った。

なるほど。実際恋に発展するのはまた別なのね。分かるわ。


「それでも、たまにいいなーって思う人がいたりするんだけど、なぜかその後しばらく会えなくなるんだよね。それで私が忘れたころまたひょっこり会えたりするんだけど、その時には既に熱も冷めちゃってることが多くて。今は本当に誰もいないんだよね」


紫がそんなことが何度もあるのかしら?と首を捻っていると、アルティが紫に耳打ちをしてきた。


『ミンシアは超過保護な叔父様がいらっしゃるからね、少しでも気になるとかミンシアが口を滑らせた瞬間その方とは何故か会えなくなっちゃうのよ。詳しく考えちゃダメよ。私たちまで会えなくなるかもしれないから』


ちょっと待て。ミンシアの叔父様って何者なんだ。

魔導具作ってる会社の人ってだけでは無さそうな気がしてきた。

いや、深く考えてはいけない。カーティもこちらを見て、にこーっと笑って頷いた。

そう。きっとたまたまなんだ。考えるのはよそう。


「そ、そうなんだー。不思議なことってあるんだね」


紫はハハハと乾いた笑いをするのが精一杯だった。

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