■39.ホイポイではありません
ミンシアのおうちでお泊り女子会中です。
アルティとミンシアが騎士団の皆様について熱く語っている間にお料理がまた冷めてしまったので、紫は再度「スチームレンチン」魔法を発動させ、料理を温めた。
「それ、本当に便利な魔術ねぇ。私も魔術が使えたらその魔術教わりたかったわぁ」
カーティが羨ましそうに紫の手を見ている。
普段は電子レンジを使うのでこの魔術は正直今日初めて使ったのだとは言えない紫は曖昧に笑う。
「そうそう、今日皆に話しておきたいんだけど、私は魔術師というか治癒師としても登録してあるから、たまに国から招集されるかもしれないの。そうしたらレストランの方はお休みしなくちゃいけなくなるから、皆には迷惑かけちゃうかもしれないけど、よろしくお願いします」
そう言うと、アルティが「あら」と手を口に添えた。
「そうなんだ?身近に治癒師様なんていないから知らなかったわ。それ、父に言ってある?」
「ううん、まだなんだ。招集があるのを今日思い出したのよね。だから帰りにオーナーとロッシュさんにお話するための日程を組んでもらえるようにお願いしてきたの」
「あぁ、それで帰りお父さんのところに寄ってたんだ」
「うんうん。オーナーはいらっしゃらなかったけどサティさんにお願いしてきたから近々話をする予定だよ」
「お父さんとロッシュが把握してるならうちらは大丈夫よ。決められたシフトで働くだけだから。それに人が足らない日に私が入るのはいつものことだから。でも教えてくれてありがとう、ユカリ」
アルティがにっこりと笑って温かい紅茶をすする。
「魔術師…いえ、治癒師様だったなんてビックリだけど、これからも今まで通りでいいんだよね?」
「ミンシア、もちろんだよ!これからもお世話になります、先輩」
「なら私も問題なし!その時は怪我しないように気を付けてね。心配があるとしたらむしろそっちかな」
「うん、実はまだ一回も招集されたことないから、どういうことをするのか私も分かってないんだけど、治癒師が怪我してたら世話ないからね。そこだけは気を付けるわ」
ミンシアは本当に怪我だけは気を付けてね、と何度も念を押してきてくれた。
「私もレストランよりユカリの身体の方が心配よぉ。本当に危ないって思った依頼だったら、例え国が相手でもちゃんと断るのよぉ?ちゃんと言える?難しそうだったら暁団の皆さんを頼って断るのよ?」
カーティがお母さん化した!いや、歳は私と変わらないはずなんだけど。
思わずクスクス笑ってしまう。
「はぁい、カーティお母さん。いざとなったら暁団とのコネを使って断るから大丈夫。それに治癒師は貴重だから、ヘソ曲げて他の国に行かれても困るから無理強いできないと思うのよね」
「あらやだ、私ったらお母さんぽくなってた?」
みんなでうんうん、と頷き合う。
「あー、でも良かった。前に『魔術師は忌避されてる』とか言われたことあったから、皆に言うの、結構勇気がいったのよ。私のこと怖くない?気持ち悪くない?」
「なぁに言ってるの。ユカリが頑張り屋さんで明るくて素直であっという間にうちの看板娘の座を奪いそうなくらい人気が出ちゃってる、実は私より年上のお姉さん、てことに変わりないでしょ?そこに、いざとなったらもしかして魔術で助けてもらえるかしらっていう要素が加わったわ、って思ってるのはここだけの秘密ね」
アルティがニヤリとした表情で紫を見ながらシーとわざとらしく指を口にあてた。
因みに紫の年齢については特に隠す気もないので、仕事終わりの着替え中に聞かれて素直に答えたところ、その場にいたアルティ、ミンシア、カーティ、ルルアには大層驚かれた。
アルティは18歳。ミンシアは21歳、カーティは紫と同じ26歳。
今日来れなかったルルアは19歳だ。
アルティは紫のことを自分と同い年か、1~2歳年下かなと思っていたらしい。
他の三人もだいたいそのくらいだと思ってたとのこと。
あの雪の日、グレスさんとベルナルドさんからも十代後半だと思っていたと言われたのも記憶に新しい。
紫は日本人の中でも少し童顔な方なので、見た目の年齢についてはもう仕方ないと割り切ることにした。
「本人目の前にして秘密って。何そのポーズ、あざといけど可愛い」
ミンシアがケラケラと笑って言った。
「でもそうだね。ユカリが年上っていうのにはビックリしたけどさぁ。見た目と違ってしっかりしてて、分からないことはすぐ聞いてくれるしメモとるし。年上だからって変にえばったりしないし。そんなユカリにまた一つ素敵な魅力が増えたっていうだけかな。ユカリのことは職場で見てる範囲でしか知らないけど、怖いなんて思うことはないよ」
ミンシアの言葉に紫は思わずウルッときてしまい、そのままの勢いでミンシアに抱きつく。
「ミンシアありがとー!噛まないで沢山素敵な言葉をくれてありがとー!」
「あ、人がせっかく真面目に答えたのに!この後輩めー」
ミンシアは紫が抱きついたのをそのままに、頭をわしゃわしゃしてくる。
この世界の人は、男女問わず人の頭を触るのが好きなのだろうか。
「フフフ。そうよぉ。ユカリは本当に頑張り屋さんよねぇ。まだ二週間くらいしかお店にいないのが嘘みたいに皆にも馴染んでるし。」
カーティの言葉にアルティもミンシアもうんうん、と頷いている。
「それは皆さんがよくしてくれるからよ」
あまりの誉められっぷりに頬が熱くなるのを感じながら紫は手をぶんぶんと振る。
「怖くも気持ち悪くもないから、これからも仲良くしてね、私たちの可愛い後輩さん」
カーティ、お母さん兼お姉さん属性。いや、同い年だけど。
みんなの温かい言葉で更に紫の涙腺は緩くなり、「ありがとう」と言いながら泣いてしまった。
「でも本当にまだ二週間なのよね。まだ私がどういう人かそんなに分からない頃にお泊り会誘うのって結構勇気いらなかった?」
紫は涙を拭いてワインを一口飲み、少し落ち着いてからアルティに聞いた。
「あ、そこは大丈夫。私スキル持ちなの」
「スキル?どんなのか聞いても平気?」
「ええ、いいわよ。スキルは『見る目』っていうの。相性が良さそうな人とかは最初からなんとなく『分かる』のよねぇ。逆にこの人なんか嫌だな、とか危ないな、って感じる人もいるわ。そういうお客様とか従業員がいたら一応父に報告したりもするの。報告するかどうかは私の力量に任せられてるけど…何かしないかそれとなく目を光らせておけば、トラブルが事前に防げたりするし」
「へぇ!すごい。そういうスキルもあるのね。看板娘のアルティに持ってこいなスキルね」
「ありがとう。これからもお店繁盛のために有効に使えるように頑張るわ」
紫が持ってるスキルは『想像力』『鑑定(物)』『魔導具作成(初心者)』。まだ不明な点が多いが、紫も生活に活かしていけたらいいな、と思った。
「ユカリは最初会った時にピンときたの。この人大丈夫。むしろ仲良くなりたい!って。私のスキルはミンシアもカーティも知ってるから、私が誘った時点で心配は無かったはずよ」
「ええ。アルティが鼻息荒く誘いたいって言うくらいだから全く心配してなかったわぁ。むしろ楽しみの方が大きかったわねぇ」
「私も私も。今回のお泊り女子会の言い出しっぺは私だけど、実はその前からアルティがユカリも入れて女子会したいねって言ってたんだよね。それにまだ短期間とはいえ間近で一生懸命頑張ってるユカリの姿見て、いい子だなぁ、って思ってたし。あ、その時はまだ年下だと思ってたから許してね」
カーティもミンシアも心配なんてしたことないわ、と笑いながら食事を続けている。
「それに聞きたいこともいっぱいあったし?」
アルティはクスクス笑いながら紫を見ている。
紫は両手を上げてお手上げのポーズをした。
「しゃべれる範囲で何でもお聞きください」
そのあとは他愛無い話をしながら夕飯を終えた。
そしてみんなさっさと机の上を片づけていく。さすがウェイトレスの集まり。手際の良さが半端ない。
何をするのか分からない紫は言われるままに机や椅子をミンシアの寝室に運び、部屋を少し掃除して次の指示を待った。
「ジャーン!今回もお泊り会用に借りました!簡易ベッド魔導具」
ミンシアは五センチ四方の箱を片手で高らかに掲げている。
よく見れば、同じものがチェストの上に三つ用意されている。
「これなぁに?」
紫はチェストに置いてあった残りの箱を見て首を傾げる。
「言ったまんまだよ。簡易ベッドの魔導具。もしかして知らない?」
「うん、初めて見た。これベッドになるの?」
「フフフフフ!初めて見るならば見て驚くがいい!」
そうミンシアが言うと、箱についてるボタンらしきものを押した。
すると、箱がむくむくと大きくなり、なんとシングルサイズのエアーベッドが出現した。
触ってみると中に空気が入っているのが分かる。そして中が空気のためか、とても軽い。
日本によくあるエアーベッドに似ているが、ビニールではなく何かの毛皮で出来ているように感じる。
そして作りがとてもしっかりしている。
「わぁ!すごい。初めて見たよ。これって何かの毛皮?ふわふわで気持ちいねぇ」
「でしょでしょ。これは叔父様の会社が扱っている魔導具なんですって。友達が泊まりに来るときにはいつも貸してくださるのよ。でも感想が聞きたいとか改良するからとか言って毎回使い終わったら返すように言われるのよね」
どうやらまだ発売前の商品サンプルを貸してくれて、その代わりに感想を聞かせてほしいらしい。つまりモニターだ。
明日の朝、みんなでアンケート用紙に感想を書くらしいので「使い心地をちゃんと覚えておいてね」と言われた。
一つ目と同じようにして残り三つもボタンを押して大きくし、部屋いっぱいに並べる。
膨らんだ四つを横に並べると、どういう仕組みなのか磁石でくっついた様な感じできっちり四つが隙間なくくっついた。
リビングがあっという間に簡易ベッドでパンパンになったが、シングルベッドが4つ並べられるって広いなぁ、と改めて部屋を見回す。
「やっぱこの部屋だと4つでいっぱいいっぱいだねぇ」
ミンシアはそう言いながらも満足そうだ。
「皆で一緒にベッドで寝れるのは嬉しいわぁ。叔父様にいつもありがとうございます、てお伝えしておいてねぇ」
どうやらお泊り女子会をやるたびにお世話になっているらしい。
そこからは本当にリラックスタイム。
順番にお風呂を借りてから部屋着に着替え、ベッドに寝転んだり腰かけたり。
小さいサイドテーブルの上にはドリンクやお菓子が所狭しと並べられており、紫が作ってきたマドレーヌもそこに置いた。
「ユカリが持ってきてくれたこのお菓子、ふわふわなのにしっとりしてて美味しいわぁ。この緑色のやつが私好きねぇ」
「本当?良かったぁ。私の出身国ではその緑色のは『抹茶』って呼ばれてるお茶でね、それをお菓子に練りこんでみたの。この国の人たちのお口に合うか心配だったんだけど、安心したわ」
「えっ!これユカリが作ったの?すごーいっ!」
「ミンシア、ちゃんとアルティの分とっておくのよぉ?」
今、アルティがお湯を借りている番でこの場にはいない。
「カーティ、分かってるわよ。でもこのチョコ味がすっごく美味しくて、ラッピングも可愛いし売り物かと思ったわ」
「ミンシア、ありがとう。抹茶は私の国でも好き嫌いが分かれるし、苦手だったら無理しないでね」
「うん、後で食べてみるわ」
そんな会話をしながら紫もアルティが持ってきてくれたスティック状のビスケットをつまむ。
サクサクしていてとても美味しい。
ミンシアが用意してくれたチーズと合わせると最高のお酒のおつまみだ。
ホットワインをいただきながらついつい進んでしまう。
ホットワインはカーティが用意してくれた、白ワインのホットワインだ。りんごと生姜などが入っているらしく、夜のレストランでよく作っているのをふるまってくれた。
赤のホットワインより渋みが少なく口当たりもなめらかで飲みやすくて美味しい。
因みにこのアルベスク王国では、お酒は15歳から飲める。
(ただし「リキュカファ」は成人前の子供が飲んでも問題ない。風邪を引いたときもリキュカファのような魔術が煉られた薬があるらしく、リキュカファも薬と同じような位置付けらしい)
また、成人も同じく15歳。
10歳で登録カードを作り働いている場合でも、15歳までは夜遅くまで働いてはいけない。15歳まではどんなに腕が良くても「見習い」なのだ。
もちろん職場の飲み会なんて参加出来ない。
つまり、今日の女子会メンバー最年少のアルティも18歳なのでお酒を飲める。
「ミンシアは何飲んでるの?」
「私はホットミルク蜂蜜入り~。お酒は好きだけど飲むとすぐ眠くなっちゃうからさぁ、今日みたいに沢山おしゃべりしたい日には控えてるんだよね。多分アルティもそうすると思うからミルク温め中」
ウェイトレスをしているだけあって、ミンシアも何だかんだとても気の利くお嬢さんだ。
「ホットミルク蜂蜜入り私も欲しいな。これ飲み終わったら貰ってもいい?」
紫もお酒は好きだがそこまで強いわけではない。寝落ちしてしまわないように自分もアルコールは控えるか、と決めた。
「でもこのホット白ワイン、すんごく美味しい~。今度作り方教えてー?」
「ええ、いいわよぉ。赤ワインのホットワインも一緒に教えてあげるわ、覚えたら夜の部にも出られるようになるわねぇ」
「えっ!夜の部まで働くつもりはないよ!?」
「クスクス、分かってるわよぉ」
カーティに作り方を教えてもらっている間にミンシアとアルティがお風呂を交代した。
時刻は夜半となったが、女子会はまだまだ続く。
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