■38.異世界女子会
今回のお泊り女子会の会場であるミンシアの住んでいるマンションは、外観はまるでどこぞの貴族の豪邸のよう。地球でたとえるなら、エドワード的バロック様式に似ている。
既に辺りは暗く、街灯とマンションからの光でしか今は伺うことは出来ないが、それでもアルティが何度来ても外観をずっと見ていられる、と言ったのが分かる気がする。
中に入るとエントランス兼ロビーとなっており、ソファや立派な柱時計などが置かれている。今度はホテルのフロントようだと思った。
ロビーはほどよく暖房が入っており、外の寒さから解放される。
なるほど、この暖かさなら少しくらいなら待ってもらっても問題ないだろう。
件のカーティの姿はまだ見当たらない。
「良かった、カーティを待たせてなくて。でもここの中なら少し待ってもらうくらいなら平気そうだね」
紫はホッとしながら手袋を外した。
「うん、でしょでしょ。カーティが来るまで少しここで待とう」
三人でロビーの一角にある応接セットのようなソファに座る。
「今日、ルルアは来れなくて残念だったね」
ミンシアが眉を少し下げて本当に残念だーと呟いた。
ルルアもウェイトレス仲間で今回誘っていたのだが、家の事情で来れなかったらしい。
「そうだよねぇ。でも次回はルルアが来れる日にちにしよう!」
まだ始まってもないのに次の予定をアルティが練り始めるのを見て、紫はクスっと笑う。
アルティもミンシアも日本ならまだ大学生であろう年齢。
遊びたい盛りだよね。と少しほほえましく思った。
カーティが来るまでの間、ミンシアはこのマンションの設備などを教えてくれた。
一階は今いるロビーの横に管理人室があり、その先は住民が借りられるホールがあり、ちょっとしたパーティなら開ける広さがあるらしい。
建物は四階建てで、二階より上は住居のみとなっている。
最上階の四階は広い部屋が多いそうだ。
そんな話を聞いてるとほどなくしてカーティがやって来た。
「こんばんは。皆さんお仕事お疲れ様でしたぁ」
カーティは何やら荷物を沢山持っているので、分けられる分だけ少し手分けして持ち、ミンシアの部屋へ向かうこととなった。
紫が荷物を持つと、何やら食欲をそそる匂いが荷物からしてくる。
「カーティさん、この袋とってもいい匂いがします」
紫がヨダレが出そうになるのをこらえつつカーティを見上げる。
「フフフ。今日は少し実家に帰っててね。この後お泊り女子会に行くのって話をしたら、母が色々持たせてくれたのよぉ。おかげでこの荷物の量。母の気持ちは嬉しいけど、ここまで来るのに途中で一回ベンチで休んで来たわ」
カーティは持ってきた荷物を見てふぅ、とわざとらしくため息をつきながらもニコニコとしている。
「えっ!ていうことはこれ、フォルティ叔母様の手料理?わぁ!叔母様の料理、私大好き!食べるの楽しみーっ!」
アルティが万歳しそうな勢いではしゃぎだした。
フォルティさんとはカーティさんのお母さまのお名前らしい。
それにしても、似たような名前だなと思った。アルティ、カーティ、そしてフォルティ。
日本でいうところの「〇〇子」とかそういう感じなのだろうか。
「あ、フォルティ叔母様はカーティのお母さまで、私の母のお姉さまなの。だから私とカーティは従妹なのよ。そういえばユカリには言ったことなかったね」
なるほど。だから名前が似てるのか。
質問してないのに答えをくれてありがとう、アルティ。
思わずベルナルドさんを思い出したわ。お兄ちゃん兼先生。
この世界の人たちは察し能力が全体的に高いのだろうか。
話をしながら管理人室の脇にある扉をくぐり、階段を上って三階まで行く。
扉の前でミンシアは例の「タッチ&ゴー」のようなことをしていたが、紫を含め他の三人はそのまま通ることができた。
どうやらここから先は登録してある人しか中に進めないらしい。
ミンシアは今日のために事前に申請をし、自分と一緒に三人が通れるように管理人にお願いしたとのこと。
仕組みは分からないけど魔導具って本当にすごいね。
階段を上った先は廊下が左右に伸びており、どちらも同じくらいの距離で曲がり角になっている。
先ほど教わったのだが、この建物はコの字型をしているそうだ。
(因みに「コ」という文字は存在しないので、しぐさで教えてくれた)
廊下の窓をのぞけばほんのりとライトに照らされた中庭が見える。
「この角をまがった突き当りが私の借りてる部屋よ」
ミンシアの後ろをゆっくりとついていく。
廊下には絨毯がしきつめられており、足音を掻き消してくれる。
突き当りの扉の前で、ミンシアはまたカードをかざした。
登録カードがそのまま部屋の鍵となっているらしい。なるほど、これなら他の人が勝手に入ることは出来ない。
登録カードがそのまま鍵として使えるマンションは今のところそこまで普及しておらず、日本で見るような鍵が一般的らしい。
登録カードの鍵は電気で動いているわけではない。そもそも電気が普及している世界では無いので停電になることもない。よほどのことが無い限りは登録カードで問題ないのだが、その「よほど何かあったとき」の為に管理室にアナログの鍵が保管されているとのこと。
「さぁどうぞ、上がって上がって」
ミンシアに促され「お邪魔しま~す」と言いながら部屋に入る。
靴は履いたまま。
ミンシアの部屋は1LDK。
ただし、リビングがかなり広かった。
12畳くらいありそうだ。
一人暮らしでこの広さ、そして高級マンションとのことで、まだ見ぬミンシアの叔父様の姪っ子可愛がりようがここだけでも伺える。
部屋はジョージアンスタイルに似ている。
壁は白に近いがうっすらと黄緑色がかっており、床は木のフローリング。
フローリングだと、靴のままでいいのか不安になってしまう。
「ねぇミンシア、靴は脱がなくていいの?」
思わず尋ねてしまった。
「あれ、もしかしてユカリって血縁者に魔術師がいたりする?私は特に気にしないからそのままでもいいけど、一応部屋履きは用意してあるわよ。靴のままじゃ足が疲れちゃうものね。人数分あるからみんな良かったらコレ履いてね」
そう言うとミンシアはスリッパを出してくれた。
ありがたく靴を脱いでスリッパに履き替える。
そういえば以前、ベルナルドさんにも「靴を脱ぐのは異物をなるべく部屋に入れずにを魔の流れ崩さないため、ですよね?」と聞かれたことがあったことを思い出す。
それがこの世界では常識なのね。
スリッパに履き替え、みんなリラックスしたところで机に料理を並べていく。
実は今日、アルティが厨房にお願いしていくつか料理を持ち帰っているのだ。もちろんお金は払ってあるし、みんなで割り勘してある。
それにプラスしてカーティのお母さまの手料理!机に所せましと並んだ料理の量を見る限り、明日の朝ごはんどころか昼までも余裕だろう。
「冷めちゃってるのがちょっと残念だけど、少し鍋とかで温めてみる?」
アルティがお皿を配りながら言った。
「ああ、それなら」
紫は両手をポン、と叩いて皆に提案する。
「私が温めるよ」
みんなが「え?」と紫を見る。
「私、魔術使えるから」
実は今日、みんなには自分が魔術師であることをカミングアウトしようと思っていたのだ。
ただ言うより、実際に見てもらう方がいいだろうととっさに思った。
数秒遅れて、紫以外の三人が「「「えぇーーーーーっ」」」と声を上げた。
三人が驚いてるのをお構いなしに、紫は考える。
『対象物は机の上の料理。できたてほやほやみたいな温かさで、でも水分が飛んじゃうとパサパサになっちゃうから、イメージ的にスチームレンジで!』
両手をいただきますのポーズのように胸の前で合わせ唱える。
「スチームレンチン」
机の上の料理に両手を翳して美味しく程よく温まれ!と思いながら呪文を発動する。
すると、シュッと音がすると同時に料理から湯気がたちのぼる。
「ユカリ、すごいわ!」
カーティが両手を頬に添えて目をキラキラさせている。
「え、何?え、今の魔術?」
ミンシアがまだ頭に「?」マークを浮かべながら料理に見入っている。
「ユカリに聞くべきことがまた一つ増えたようね」
アルティはユカリを見てニヤリと笑った。
三者三様の反応に紫はアハハ、と笑う。
「取り敢えずこれであったまたから、また冷めちゃわないうちに食べよう!」
アルティがまだ呆けてるミンシアの代わりに場を仕切る。
「アルティ、その前に乾杯しましょう?今日はユカリの歓迎会なんだからぁ」
カーティが空のグラスを持ち上げてみせる。
「あっ!そうだったわ!あまりにもビックリして忘れるところだったわ。皆何飲むー?」
そこで驚いたのは紫も同じだった。
「え?歓迎会?」
「そうよぉ。せっかく可愛くて働き者の女の子が入ってきたんだから、歓迎会しましょ、ってアルティが声かけてきてくれたのよぉ。本当はレストランの皆を誘いたかったけど、急だったのもあるし、まずは気軽に集まれるメンバーでやりましょうって」
歓迎会なんて想像してなかった紫は涙目になる。
「知らなかったわ…アルティ、それにカーティもミンシアもありがとう!!!」
「どういたしまして!ということではい、みんな飲み物入ったね?ここはお店の代表として私が仕切らせてもらいます!」
アルティが炭酸ジュースの入ったグラスを持って立ち上がる。
同じく炭酸ジュースを持ったミンシアも立ち上がったので、赤ワインをグラスに満たした紫とカーティも立ち上がる。
「ユカリ、我がベルベス亭へようこそ!心より歓迎します。これからも私たちと切磋琢磨し、共に頑張ってお店を盛り上げていきましょう!これからよろしくね!乾杯!!」
「「「乾杯!!!」」」
皆グラスをクイッと傾け飲む。
「みんな、ありがとうございます。まだまだ教えてもらうことが多いと思いますので、よろしくお願いします」
紫はペコリと頭を下げた。
「よし、ではせっかく温めなおしてもらった料理が冷めないうちに食べよー!」
ミンシアは既に着席し、ヨダレが出てそうな表情で料理を小皿に盛り始めた。
女子会のスタートだ。
「んで、食べながら聞いてもいい?ユカリ」
「うん、いいよ。あ、これ美味しい~!これカーティのお母さまの作った肉料理最高!作り方教わりたいなぁ」
「ええ、いいわよ。今度母に頼んでレシピ聞いてきてあげる」
「やったぁ!よろしくお願いしますっ!」
「あ、それ私もレシピ欲しい!私の分もお願いしますっモグモグモグモグ」
「ええ。ミンシアの分も用意するわね」
「やったーモグモグありがとーゴックン」
「んもぉミンシア、口のもの無くなってからしゃべってよー。それでユカリ、ユカリは火魔法が使えるの?」
「うん、そうだね。火魔法も使えるよ。今のところ八属性使えるかな」
そこで紫以外の三人の動きが止まる。
「は、はち?」
アルティはポカーンと口を開けている。
「はち…ってブーンて空飛んでる?」
「それは蜂ねぇ」
「植木に使う…」
「それは鉢ねぇ」
ミンシアとカーティはまるで漫才だ。
「八種類ね。えーっと、何だっけなぁ」
ユカリは自分に見えるように登録カードを出した。
「えーっと、土・水・火・風・雷・光・治癒・空間の八種類」
ミンシアは考えるのを放棄したのか、またごはんをモグモグと食べ始めた。
紫も負けじと温かいミートパイをいただく。
うん、美味しい。
それを見てアルティもカーティも食事を再開する。
「つまり、ユカリは魔術師ってことかしらぁ?」
「はい、一応魔術師登録してあります」
「あ、ユカリ。前から思ってたんだけど、私もアルティやミンシアみたいに敬語じゃなく話してくれた方が嬉しいわぁ。名前もさん付しないで呼んでね」
「はい、じゃないやうん。分かったカーティ」
二人でにこっと笑いあう。
「え、なんで魔術師登録できる人がうちのレストランで働いてるの?」
「だって求人広告に魔術師募集が無かったんだもの。かといってギルドに登録するのはクエストとか面倒そうだし、王国魔術師とかなっちゃったらお休みがあんまり無さそうだしさぁ」
「モグモグゴックン。なるほど、魔術師が変わり者っていうの、本当だったんだね。魔術師として働いた方が絶対給料いいのに、ユカリ変わってるぅ~」
今度はちゃんと口のものが無くなってから口を開いたミンシアは、才能あるのにもったいなーいと言っている。
「暁団の人たちともその関係で話をすることがあったの」
「あぁ!グレス様が迎えに来た日ね」
あの日の皆様もとっても素敵だったわぁ、とアルティは思い出したのかうっとりした表情をしている。
「うん、その日も魔術の話で暁隊の人達に話があって」
「暁隊の方たちとご縁があるなんて羨ましいわぁ。私はその日非番だったから、最近全然お顔を見れてないのよねぇ」
「でもその前、ベルナルド様がいらした時にはカーティがいた日だったのよね?」
「ええ。女性が一緒だった日ねぇ。でもよく思い出してみると、その女性って…」
ミンシアの質問にカーティが答えながらチラッと紫を見る。
「あー…はい、それ私です」
「「「やっぱり!」」」
「ユカリばっかずーるーいー」
アルティは今にも机をバンバンやりそうな勢いだ。
「ずるいとは思わないけど、羨ましいわねぇ。眉目秀麗に加えてあの逞しいお方たちと気軽にお話が出来るなんてぇ」
カーティがほぅっと、ワインを飲みながらどこか遠くを見ている。脳内に騎士様を思い描いているのだろう。
因みにドリンクも皆でお金を出し合って、前もってアルティとミンシアが用意しておいてくれた。
「アルゼン様に名前呼ばれてるのを見て、どんだけ羨ましかったことか…ムギギギギ」
ミンシアはお肉と格闘しながらも頬が赤くなっている。アルゼンさんに自分が名前を呼ばれたところを想像しているんだろうな、と分かる表情だ。
「やっぱり、暁団の皆さんは人気があるんですね。格好いい方達だとは思ってたけど、皆にそこまで羨ましがられるとは」
「「そりゃそうよ!」」
これはベルナルドさんと二人で乗馬したことなんて話そうものなら女子の敵とみなされる気がしてきた。
そこからアルティとミンシアは鼻息荒く、暁団だけでなく色んな団の憧れの騎士様の話をし始めた。
歓迎会兼女子会は始まったばかり。
今夜は楽しく長い夜になりそうです。
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