■36.実験材料を作るのは得意ですか?
着替えが済み、案内された部屋でベルナルドさんとグレスさんを待ちながら紅茶をいただく。
ベルナルドさんが目配せをすると、使用人の方々は部屋を退出していった。
ん?何故だ?と思っていると、少し声を落としてベルナルドさんが話し掛けて来た。
「ユカリ、転移魔法は複数人でも可能ですか?」
「え?いえ、試したことが無いので分からないです…」
「ではちょっとだけ試してみましょう」
何故か急にそう言われ、ベルナルドさんに言われるまま席を立った。
そうか、ワープができることはベルナルドさんとグレスさんにしか話をしていないので、使用人の方々を下がらせてくれたのだろう。
けれど何故ここで急にワープの話なんだろう。
「何かあるんですか?」
どう考えても理由が思いつかなかったので、聞いてみた。
「グレスからの贈り物のドレス、陛下からの贈り物のアクセサリー、それらをユカリ一人に持たせるのは難しいのではないかと思いまして。城下町の外、ユカリがいつもワープしている地点まで私もグレスも一緒に行きますが、そこから先はグレスを連れて一度家までワープしていただきたいのです。もし魔力に余裕があればでいいのですが、その後にまたグレスを森の入口まで送っていただけると更にありがたいです」
ああ、そうか。ドレスもアクセサリーも靴も頂き物だから持って帰るのは当たり前なのに失念していた。
そしてドレスだけを考えても一人で持つのは難しいだろう。
一人でワープしているとき、魔力は殆ど減っていない。自分以外を連れてワープした際、どのくらい減るか分からないがおそらく何往復かしても問題ないだろう。
理由が分かればベルナルドさんの言う事に異論はない。
脳内では色んなシミュレーションをしてみる。ワープ中に下手をして変な失敗でもしたら怖い。
「まずはコレで試してみましょう」
そう言ってベルナルドさんが持ってきたのは、部屋の隅に置いてあったクマの大きいぬいぐるみだった。
『クマ』を見て思わずグレスさんを思い出したのは内緒。
クマのぬいぐるみを抱っこして部屋の端から端までワープしてみた。
無機物だからか、全く何も問題無かった。
かといって次にいきなり人と一緒にワープするのはまだ怖い。
ベルナルドさんはふむ、と言った後、一度部屋を出てすぐ手に籠を持って戻ってきた。
籠の中には綺麗な青い羽をした鳥が一羽、止まり木におとなしく留まっている。
クマのぬいぐるみをソファに座らせ、鳥かごを両手で抱きしめるように持った。
鳥ちゃん、実験台にしてごめんね。
いつも以上に集中した結果、ワープは問題なく成功した。
鳥ちゃんの具合も多分、問題なさそうでほっと胸をなでおろした。
「では、最後に私で試してもらえますか?」
ベルナルドさんが爆弾を投下した。
ベルナルドさんで実験ですか。侯爵様の御子息様がなぜそんなに身体を張るのですか!
ああ、この人は手の甲を自分で切って『実験材料』を作る人でしたね…。
怖さはあるものの、脳内でシミュレーションをしまくる。
手を繋いでやれば大丈夫な気がする。
あ、でも
ぱっと閃いたので実践してみる。
自分より背の高いベルナルドさんの腰に両手を回し、ワープを発動する。
部屋の端から端まで無事ワープすることが出来た。
ほっとしてベルナルドさんの具合は悪くなっていないか見上げると、何故か耳まで赤くなったベルナルドさんが横を向いて片手で口元を隠している。
あれ?
そこで気付き、バッと手を離し距離を取った。
な、なんという痴女行為を…!
ベルナルドさんに思いっきり抱きついていたという事実に今更ながら気付き、絵に描いたようなジャンピング土下座を初披露することとなった。
「すすすすみませんでしたぁっ!」
「ユカリ、そのポーズは何か分かりませんが床に座り込まないで頭を上げてください」
自分のしでかした事に若干涙目になりながら、少し焦った様子でしゃべるベルナルドさんを見上げるとまだ目元は赤いものの、怒った様子がなくてほっとした。
手を差し出してくれたのでそれを取り、立ち上がる。
「今のは役得ですよ。気にしないでください」
私の失態も笑って流してくれる。さすがジェントルベルナルドさんだ。
「しかし、抱きつかないと出来なさそうですか?それだと少し面倒そうですね」
「いえ、多分手を握ったりすれば出来る気はします…けど、初めて人が相手だったので、少しでも密接してた方が失敗もしないで済むと思ったんです、すみません…」
尻すぼみに声が小さくなってしまう。
「では、今度は手を繋いで試してみましょう。魔力は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。やってみます」
今度はベルナルドさんと向かい合わせに両手を繋いでワープをする。
ワープした後、ベルナルドさんの顔色をうかがうが特に変わった様子はないようだ。
「ベルナルドさん、気持ち悪くなったりとか、どこか具合が悪かったりしませんか?」
「いえ、どこも問題ありません」
「それなら良かったです」
ほっとして手を離した。
その後、片手を繋いだ状態、片手を触れさせた状態でも試したが、問題なくワープすることが出来た。
そうこうしているうちに、グレスさんもベルナルドさんの邸宅にやってきて三人で話をする。
「…ということで、当初の予定通りグレスには一度ユカリの家まで行ってもらう事になります」
「分かった。ユカリ、魔力量は大丈夫か?少し甘い物を食べろ。精神が落ち着いて魔術の発動がしやすくなるはずだ」
そう言うとグレスさんはすすすと皿のクッキーを勧めてきたので一枚いただく。
甘い物にはそんな効果があったのか。知らなかった。
クッキーを口に入れながら登録カードを表示し、魔力量を確認する。
――――
レベル:3
HP(体力):31/35
MP(魔力):540/650
力:15
魔導力:370
守備力:13
敏捷:13
運:7777
属性:土・水・火・風・雷・光・治癒・空間・時間
――――
あれ、またレベルが上がってる。
どこらへんのステータスが上がったのか、前のステータスを覚えてないな。
体力が減ってるのは疲れたからか、足の靴擦れのせいか。先ほど治癒魔法をかけた後にまた靴擦れをしてしまっている自覚はあったが、それだけで4も減るものなのか…。
いや、今はそこより残りの魔力量。
治癒魔法も少し使ったし朝もワープしたのを考えると、思ったより減っていないようだ。
「魔力量は全く問題無いのですが、少し実験してもいいですか?」
そう断りをいれ、二人の許可を得てから1人で部屋の端から端へとワープをしてみた。
――――
MP(魔力):530/650
――――
おぉ、10減った。
次にベルナルドさんに手伝ってもらい、手を軽く添えて部屋の端から端へワープ。
――――
MP(魔力):518/650
――――
あ、12減った。
やはり、1人でワープするより対象物が増えると消費魔力が増えるようだ。
ベルナルドさんにお礼を言ってから二人に今の結果を告げた。
「そうですか。おそらく距離によっても変わってくるでしょうね。今の減少した数値が最低限必要な魔力なのでしょう」
「なるほど…取り敢えずグレスさんと一緒に往復は全く問題なさそうです」
「そうか、それは助かる」
「いえっ!荷物を持ってもらう身ですので、ありがたいのは私の方ですよ!?」
「そこは気にするな」
また頭にぽん、と手を置かれる。
ベルナルドさんといい、お二人とも私の年齢本当にわかってるんですよね?と疑問に思うが、嫌ではないので拒否はしない。
「さて、ではそろそろ行きましょうか。ユカリもこの後用事があるようですし、残念ですがまた今度皆で食事でもしましょう。今日来れなかったサムルとアルゼンも誘わないと後から文句を言われそうですしね」
メイド長のワートンさんを始めとする使用人の皆さんにお礼を言ってから馬車に乗り込む。
馬車には既にいただいた荷物が運びこまれていた。
ドレスではなくなったのでゆったりと座り、目の前の座席に積まれた荷物を眺める。
ドレスの他に陛下から賜ったアクセサリーはベルベットの箱に入れられていた。
他にも箱があったので何だろうと思って開けてみると、中には今日使った髪飾りが入っていた。
「え、これもプレゼントだったの?」
ピアスとネックレスは陛下からというのは聞いた。
しかし髪飾りまでとは聞いていない気がする。聞き逃したか、陛下が言い忘れたのだろうか。
疑問に思っている間にも馬車はゆっくりと城下町を進み、気がつけばいつもの検問所、タッチ&ゴーの近くまで来ていた。
今朝、馬車に乗った場所まで来るとドアが開き、グレスさんが手を差し出してくれたのでゆっくりと降りる。
今日一日御者をしてくれた二人にお礼を言うと、いつの間にか降ろされた荷物をグレスさんが持ち、馬車はゆっくりと帰っていった。
グレスさん1人に持たせるのは悪く思い、私も持ちます、と言ったのだが持たせてもらえず、ベルナルドさんが小物を持った。
「森からはユカリに持ってもらいますから、今は持たせてください」
「すみません…ありがとうございます」
そこで髪飾りのことを思い出してベルナルドさんに聞いてみる。
「そういえば、この髪飾りもいただいていいのですか?」
「ああ、言ってませんでしたっけ。この髪飾りは私とサムル、アルゼンの三人からのお礼の品ですよ。いきなりの訪問者に美味しい料理と温かい寝床を快く提供してくれたユカリへの感謝の気持ちです。どうかそのまま受け取ってくださいね」
なんてこった。こんなに皆から恩返ししてもらえるなんて。逆にお礼されすぎな気が本当にする。
けれどこれも素直に受け取った方がいいのだろう。
「ありがとうございます。本当に嬉しいです」
そう言うと、ベルナルドさんに頭をなでなでされた。
…ですからお二人は…いや、もういいや。うん。
サムルさんとアルゼンさんにもお礼を伝えてもらって、と思ったけど、直接言う機会はあるだろうからその時に自分でちゃんと伝えようと思いなおした。
森の入口まで来ると、ベルナルドさんは手に持っていた箱を渡してくれた。
こうして箱に入っている物を改めて持つと、ずしりと重い。
箱の重さもあるだろうけど、身につけていた時よりも明らかに重く感じる。
それでも何とか片手で持ち、片手はグレスさんの腕に添える。
「それでは、家に置いたらすぐ戻ってきますね」
「はい。気をつけて」
グレスさんを見上げると、コクリと頷いたのでワープを発動させた。
目の前の景色が一瞬歪み、ピントが合うように視界が明瞭になると、いつも通りの我が家が目の前に。
片手でなんとか鍵を出して玄関を開け、グレスさんにも一階のリビングまで荷物を運んでもらった。
地下の作業机の上でいい、と言ったのだが、上に運ぶのだろう?と言われ、頑として譲らなかったのだ。
しかし自分の部屋はまではちょっと、と思い、二人の妥協点がリビングだった。
「この家に来るのは二度目だが、やはり何と言うか…落ち着くな」
「嬉しいです。ありがとうございます。私も初めてこの家に来た時…なんとなく落ち着く感じがしてすごく気に入ったんです。もしかしたらグレスさんも、この家と相性がいいのかもしれないですね」
「家と相性?」
「はい。無機物にだって相性の有無はあるでしょう?例えば…剣士のグレスさんだったら剣とか装備するような物でも」
「ああ、なるほど。分かる気がする」
良かった。つい相性、なんて言ってしまったが変に思われずに済んだようだ。
「名残惜しい気もするが、戻るか。あまり遅くなるとベルナルドに怒られるしな。あいつは静かに怒るから面倒なんだ」
思わず笑ってしまった。何となく分かる気がする。
「はい。では怒られる前にお送りしますね。でもまた今度いつでも遊びに来てください」
「ああ、ありがとう。では頼む」
そしてまたワープを発動させた。
目の前には先ほどと変わらぬ佇まいのベルナルドさん。
「おかえりなさい」
「無事、家まで運んでもらいました。お二人とも、今日は本当にありがとうございました」
「それではユカリ、またワープするのも大変かもしれませんが、気をつけてお帰りくださいね」
「はい、ありがとうございます。ベルナルドさんもお気をつけて」
「ユカリ、困った事があればいつでも俺らを頼れ。いいな?」
「え?あ、はい。ありがとうございます。グレスさん、ドレス本当にありがとうございました」
「ああ」
「またお二人ともお店に来てくださいね。待ってますから」
そう言って手を振ってからワープを発動させた。
二人は笑顔で見守っていてくれた。
視界がぼやけ、山小屋の前に到着する。
さて、疲れてダウンしている場合ではない。今から明日に向けてお菓子を作らなくては。
部屋に入って一度自分に回復魔法をかけてから、お菓子作りに取り掛かる。
今日一日あった御伽噺のような出来事を思い出しながら。
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