異世界満喫編

■37.おとぎ話の翌日は

昨日はまるでおとぎばなしのお姫様になったような一日だった。

机の上に置いてある髪飾りなどの装飾品を見て、改めて夢じゃなかったんだなぁ…と実感する。

緊張しっぱなしだったし筋肉痛にも靴擦れにもなったけど、そこは回復魔法で今日に引きずることは無かった。…体力的には。

体力的には大丈夫でも、やはり緊張しまくっていたせいで精神的に疲れていたらしく、布団に潜った瞬間から記憶がストンと無くなっている。

それもひと晩寝てスッキリとしたので、今朝は気持ちよく目覚めることが出来た。


そして今日は異世界に来て初めての女子会。

夕方まではいつも通りレストランで仕事をし、今回場所を提供してくれるミンシア、そしてアルティと三人でミンシアの家へ向うことになっている。

今日シフトの入っていないカーティは現地集合。合計四人でのお泊り女子会だ。


宝くじが当たり、山小屋に引っ越してきたときには、まったりスローライフを…なんて考えてもいたのが嘘のように毎日目まぐるしく動き回っている。


昨夜、帰宅してからせっせとマドレーヌを作った。

一つずつ、簡易ではあるがラッピングをし、紙袋に入れて持ってきてある。

味はプレーンとチョコレート、そして抹茶味の3種類。

抹茶味はこの世界では馴染みがあるのかわからないので気に入ってもらえるだろうか。

因みに、あのガレットのようなお菓子は作り方が分からないので今回は諦めた。


今日も少し冷えるためか午前中は先日同様リキュアカファを飲みに立ち寄る騎士様が多かったが、これといった問題もなく昼休みを迎えた。


お昼の一番の混雑時は全員稼動だが、そのピークが過ぎたらホールのメンバーで順番に休憩をとっていく。

一番最後に休憩を取ると比較的店内は空いているので、まだ全メニュー食べ終えてない紫は一番空いてるこの時間に休みを貰うことが多い。

(混んでる時間に私が注文するのは何だか悪い気がするからね)

今日もレストランのメニューをオーダーし、自分で休憩室に持って行く。

従業員特典としてソフトドリンクは無料で飲み放題だ。


「お、今日はアグラン煮にしたのか」


ユカリが休憩室で食事をしていると、背後から声を掛けられた。

振り向けばロッシュさんが自分用のご飯を持ってこちらの料理を覗きこんでいた。


「ロッシュさんは何にしたんですか?」

「俺はギーウとアグランのプレート」

「おぉ、ガッツリ系」


ギーウは牛肉のようなお肉でアグランは豚肉のようなお肉。

どちらも食用魔獣。

身近な討伐魔獣だそうで、見た目も牛と豚にそっくり。

ただしその目は赤く、やはり「魔獣」なのだという。


ロッシュさんは目の前の席に座ってご飯を食べ始めた。


「すっかり店に馴染んだな。常連客からの評判も悪くない。まぁ、あと1か月もしたら貴族のお客様の対応も任せる事が出てくるだろうから、そのつもりでな」

「はい、分かりました」

「にしても馴染むの早かったなぁ。今日女子会やるんだろ?」

「あれ、何で知ってるんですか?」

「アルティが鼻息荒く話してきた。ユカリのアレやコレ聞くんだーって張り切ってたから…まぁその、ガンバレ?」

「棒読み&疑問系のガンバレをありがとうございまーす」


ロッシュさんはハハハと笑いながらもガッツリ系プレートを噛んでるのか疑いたくなるスピードで平らげていく。


「まぁアルティが鼻息荒くなるのもわからんでも無いな。俺たちだって気になってるんだぞ?お前と暁隊の関係。俺は根掘り葉掘り聞くつもりもないがな」


そこで紫はうーん…と考える。

以前、ガルロスさんに「魔術師は一般的に少し忌避されてる部分がある」「隠す必要もないけど、かといって聞かれてもないのに『魔術師です』なんて言う必要も無い」と言われたことを思い出す。

暁隊との関係を打ち明けるとしたら、自分が魔術師としてカード登録していることも伝える必要が出てくるだろう。


「そうですね、今はあまり時間がないので、ロッシュさんにも時間が出来たらゆっくりご説明させてもらいます」


今はどう伝えようかまだ考えが纏まっていないため、いったん逃げさせてもらうことにした。


「はいごちそうさん、と。まぁなんだ、言いたくないことは無理して言わなくてもいいが、接客にかかわってくるような事があるようなら教えてくれ」

「え、食べ終わるの早っ!…分かりました。その時にはすぐにお伝えします」


紫より後に食べ始め、ボリュームも多かったというのにあっという間に食べ終えたロッシュは、サッと自分の座った席周辺を綺麗に片づけるとそのままどこかへ行ってしまった。

片づけの手際の良さは流石だと感心して見ていた紫も食事と片づけを済ませ、午後の仕事の準備にかかるのだった。


午後の仕事をしながら紫はさきほどロッシュさんに言われたことを考えていた。

「接客にかかわってくること」

ベルナルドさんに連れられて『魔術師の登録カード』を作りに行く際、治癒師は遠征に同行を依頼されることがある、と聞いた。

つまりその間、レストランのシフトに穴を空けてしまう可能性が高いということだ。

そのことに今更ながら気が付いた。

オーナーのアランさん、そして昼の部ホール責任者をしているロッシュさんにはその事を事前に伝えておく必要があるなと考える。

国からの依頼になるとはいえ、レストランの従業員に迷惑をかけてしまう事に変わりはない無いのだから。


考え事をしながらも問題なく仕事をこなし、今日も一日無事に定時を迎えた。

ミンシアとアルティに少しだけ待ってもらってアランさんの執務室へと行く。

トントン、とドアをノックをして返事を待つと、中から女性の声で「はーい」と聞こえたので「村崎です」と言うと、ドアが開いた。


「あら、ユカリちゃん。どうしたの?今日はこれからアルティと女子会なのよね?あの子のことよろしくね」


ドアから顔を出したのはオーナーの奥様であるサティさんだ。


「はい。これからアルティさんたちとミンシアのお宅にお邪魔する予定です」


お菓子も作ってきたんですよ、と少しだけおしゃべりをしてから本題に入る。


「実は、アランさんとロッシュさんにお伝えしておきたいことがありまして、お時間をいただくための日程を組んで欲しくてお伺いしたんです」

「あらまぁそうなのね。今アランは出ていていないから、伝えておくわ」

「助かります。よろしくお願いします」

「ええ。今日は女子会、楽しんで来てね」

「ありがとうございます!それでは、今日はこれで上がらせていただきます」

「お疲れ様。気を付けて行ってらっしゃい」

「はい。行ってきます!」


サティさんに頼めたのでこの件は大丈夫だろう。

「行ってらっしゃい」と言ってもらい、嬉しくて頬が少し上気しているのを感じながら階段を降りていくと、既に帰宅準備の整った二人が待っていた。


「ユカリ、うちらは準備完了よ」


私服に着替え、大きいカバンを持ったアルティがドヤ!という表情で声を掛けてきた。


「アルティ、ミンシア、ごめんね、すぐ支度するわ!」

「転ばない程度にゆっくりでいいよ」


慌てて躓きそうになってる紫を見てアルティはクスクスと笑いながらも気を遣ってくれた。


紫の支度が終わり、三人そろってお店を出る。


「そういえば今日、カーティは何時くらいに来るって聞いてる?」


アルティがミンシアに問いかけた。

カーティは本日シフトに入っていない。


「だいたい私たちのシフト上がり時間より少し遅めに家に来るって言ってたよ」


今は午後6時45分。

私たちの仕事上がりは6時半。


「あ、私が遅らせちゃったね。カーティさん待たせちゃってるかも」


この世界には携帯電話やスマートフォンのような機器は無いので、こういう時に「ちょっと遅れる」なんてメッセージを送ることが出来ない。

しまった失念していた、と紫は内心焦る。


「んー、大丈夫だと思うよ。カーティ仕事じゃない時はまったりスローペースな子だから。見た目通りまったりおっとり。仕事になるとスイッチ切り替わったかのような手際の良さ、スピードになるんだけどね」


アルティがクスクス笑いながら教えてくれた。


「え、そうなんだ」


紫は以前カーティと一緒にシフトを組んだ際、カーティの手際の良さ、仕事の速さを目の当たりにしていためそのイメージがついてしまい、「見た目通りのまったり」が逆に想像つかない。


「それに一応、私たちより先に着いたらマンションのロビーで待ってて、って言ってあるから大丈夫だよ。ロビーには椅子もあるし、部屋もあったかいから心配無し!」


暖かいロビーで待っててもらえるなら良かった、と胸をなでおろす。

それにしても、と紫は考える。

やっぱスマホって便利よね。文明の利器。

これ、魔道具で普及してくれないかなぁ…せめてメールのやりとりでいいんだけど。

でもそうすると、郵便局(?)で働いてる人たちの仕事が無くなっちゃったりするかなぁ、など考えながら、既に別の話に夢中になっているアルティとミンシアの後ろをついていく。


ほどなくして、一つの大きいお屋敷のような建物に着いた。

どうやらこの建物が日本でいうところの「マンション」にあたるらしい。


「ここの三階に私の部屋があるの」

「いつ見ても素敵なマンションよねぇ。外観だけでもいくらでも見ていられちゃう」

「でしょでしょ~。私も外観が一目ぼれだったのよね。もちろん中も素敵だし、セキュリティもしっかりしてるのも嬉しいけど。自分の財力じゃとてもじゃないけど住めないわ。その点では叔父様に感謝しまくりよ」


『楽しみにしていた女子会の会場前に到着なう』


二人の会話を聞きながら、紫は思わず脳内でSNSに投稿するような文章を思い浮かべ、その建物に足を踏み入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る